第7話 縁は異なもの味なもの(6)


 婚礼の日がやってきた。

 さすがマスケドニア王宮。当日になってバタバタ走りまわるような者は誰もいない。

 大掛かりな式が控えているというのに、働いている者の様子は、かえっていつもより落ちついているほどだ。

 挙式のあれこれは全て、天才軍師ショーカが手はずを整えたとのことだから、それも当然かもしれない。


 俺は落ちついてたち働く人々の中で、なぜか一人だけ気合いが入った様子のショーカを廊下で捕まえ話しかけた。


「ショーカさん、おはようございます」


えい……、ああ、シローさん、お早うございます」


「ええと、今日の式ですが……」


「はい、控室までのご案内は、それぞれのお部屋へ係の者を遣わします。

 式まではお部屋でおくつろぎください」


 俺が知りたいこと尋ねる前に、弾むような足取りでショーカは去っていった。

 目の縁が少し赤くなっている彼は、あまり寝ていないのかもしれない。

 彼には珍しく、その様子が空元気からげんきっぽい。

 そのことが気になって、式で俺のことを『英雄』と呼ばないよう念を押しそこねた。


 廊下で肩を落としている俺の腰に、ドンドンと何かがぶつかる。

 振りむくと、ナルとメルがいた。


「パーパ、このお花キレイでしょ?」 

「メルも?」


 二人は、その銀色に輝く髪を頭の上に編みあげており、そこに形がヒナギクに似た青い花が一輪、飾られていた。

 彼女たちは、地味な薄い茶色のローブを羽織っていたが、それでも凄く可憐だった。


「お花も綺麗だけど、二人はもっと綺麗だよ」


 娘の「ハレ姿」を見た俺は、なぜか涙がこみあげてきた。


「やれやれ、今からこれじゃ、ナルとメルがお嫁に行くときは大変ね」


 コルナの声がしたので、振りかえる。

 そこには、やはり、髪を編みあげ、そこに青い花を一輪ずつ飾った、ルル、コルナ、コリーダがいた。

 やはり、茶色のローブを羽織った三人は、息が止まるほど美しかった。

 いつもはほとんどお化粧をしない彼女たちだが、今はそれぞれに合わせた薄化粧をしており、思わず見とれてしまう。

 それを手掛けただろう王宮のメイドさん、グッジョブ!


「シロー、まだ眠気が覚めないようですが、大丈夫ですか?  

 

「あ、ああ、ルル、君たちに見とれてただけだから」


「あははは、相変わらずシローは、面白いわ」


 笑ったコリーダが口に手を当てる。


「お兄ちゃん、これで見とれてたら、後でもっと『デレちゃう』わよ」


 コルナも笑ったが、彼女はまた親友の舞子から地球の言葉を習ったようだ。


『(*'▽') コルナさん、ぱねー!』

「ミミー!」(ぱねー!)


 点ちゃん、ブラン……まあ、コルナの言語習得能力は、確かに凄いんだけどね。


「シロー、そろそろ案内があるそうですから、お部屋に戻っていましょう」


「ああ、ルル、そうするよ」


 俺はナルとメルに手を引かれ、『英雄部屋』に戻った。

 くそう、なんで部屋にまで『英雄』なんて名前つけてるんだ!


 ◇


 部屋に戻っていた俺たちは、上品な初老の侍従に導かれ、控室へやってきた。

 控室は、『英雄部屋』よりやや狭く、茶色を中心とした落ちついた色合いの調度が印象的だった。

 

 そこへ、メイド衣装を着た女性たちが入ってくる。十人以上いる彼女たちが、ルル、コルナ、コリーダの周囲に集まった。

 彼女たちは着替えもあるだろうし、俺も一つすることがあったので、あらかじめ陛下に頼んで用意してもらった隣室へ移る。

 そこは六畳ほどの簡素な部屋で、恐らく普段は侍従かメイドの控室として使われているのだろう。

 頼んでいた通り、テーブルなどの家具は片づけられており、部屋はがらんとしていた。


 部屋の中はもちろん、その周囲にも人がいないことを、点ちゃんに確認してもらってから、ある魔法を唱えた。


 ◇


 式典は、王宮前に広がる石畳の広場を前にした、階段の上、王宮の入り口が舞台となる。

 野球場ほどある広場は、手前から、上級貴族、騎士、貴族がとり囲み、その向こうに民衆が詰めかけていた。

 どうやら王宮の外まで人が溢れているようだ。


 階段の下左右には椅子が並び、そこには外国からの賓客が座っていて、畑山さんや舞子たちの席もここにある。


 ミツさんと加藤が『焼却の魔道具』で襲われたとき、加藤を背負って駆けあがった階段を、俺は感慨深く眺めていた。

 

「シロー、そろそろ始まりますぞ」


 リーヴァスさんが、注意をうながす。

 俺たち二人は、外から見て王宮入り口の左側、マスケドニア王の親族つまり王族は、入り口の右側に立っている。

 並んでいるのは男性ばかりで、女性は後から登場する式次第だ。


 王族側の下手に立つ、軍師ショーカが、青色の通信クリスタルを口に当てた。


「皆様、『神樹の月』の目出度き今日、晴れて国王陛下とヒロコ殿の華燭の宴がひらけますことを、神樹様に感謝いたします。

 では、参列の方々をご紹介いたします」


 ショーカは、王族を一人一人簡潔に紹介していく。

 その中には、前夜祭で娘の暴挙を謝罪した公爵も含まれていた。


 王族側に立つ男性たちの紹介が終わると、大扉が開き、女性たちが出てくる。

 来賓席や貴族たち、民衆から拍手が上がった。

 王族の女性たちは、落ちついた中にも華やさがある衣装を着ていた。昨日、ヒロ姉に暴言を吐いた娘だけは、これでもかというほど多色を使った、派手なドレスだ。

 きっと、ヒロ姉より目立とうと狙ったのだろう。


 しかし、彼女の目論見は、すぐに潰えてしまった。

 なぜなら、大扉から俺の家族が出てきたからだ。


 ◇


「ヒロコ殿のご友人であり、英雄シロー殿の娘御でもある、ナル様、メル様」


 ショーカが紹介する声を合図に出てきたナルとメルは、なんとそれぞれピンクのカバ、ポポラとポポロに乗っていた。

 一瞬音が消えた広場が、すぐに凄い拍手に包まれた。


 それぞれが薄いピンクと薄緑のドレスに身を包み、髪に青い花を一輪あしらった娘たちは、もの凄く可愛かった。

 派手な格好で目立とうとした貴族の娘が、悔しさに顔を歪めている。

 おいおい、小さな女の子にまで対抗意識を燃やしてどうする。

 

「そして、英雄シロー殿の奥方であらせられる、ルル様、コルナ様、コリーダ様」


 三人が出てくると、広場に静寂が広がった。

 それはそうだろう。ただでさえ美しい三人が身にまとっていたのは、竜王様から頂いた、『竜の羽衣はごろも』なのだ。

 輝く薄い衣が、ふわふわと彼女たちの身体を取りまき、三人は、まさしく天女のようだった。

 コルナが金色、コリーダが黒色、ルルが薄紫の羽衣をまとっているが、その三つの色が並ぶことで、さらにその美しさを際立たせていた。


 驚いた顔のショーカが、やっと動きだす。


「以上、陛下とヒロコ殿に近しい皆さまでした」


 その声で、まるで広場が爆発したような歓声が上がった。

 先ほど悔しそうな顔をしていた貴族の娘は、呆然とした顔で口を開けたままだ。


『(・ω・)ノ ご主人様ー、あの顔が「あんぐり」ってやつ?』

 

 そうだよ、点ちゃん。まさにあの顔が「あんぐり」だね。


「ミー!」(あんぐりー!)


 ブランも楽しんでいるみたいだね。


 ◇


「お待たせしました。

 マスケドニア国王陛下、ヒロコ殿です」


 ショーカの簡潔な言葉は、いかにも陛下とヒロ姉の婚礼に合っているように思えた。 

 一度閉まっていた大扉が開き、いよいよ陛下とヒロ姉が姿を現した。


 王冠を頭に乗せた陛下は、サテンのような光沢があるローブ、真珠のティアラを頭に乗せたヒロ姉は、ふわふわした襞が幾重にも重なった、ゴージャスなドレスを着ていた。

 いずれも抜けるような青色で色が揃えられている。

 二人の片手は、いわゆる「恋人つなぎ」されていた。

 この二人、どんだけ好きあってるんだよ。


 ショーカが、陛下に青い通信クリスタルを手渡す。


「今日は、余とヒロコの婚礼にはるばる足を運んでいただき、ありがたく思うぞ。

 そしてなにより、この祝いの席に、ポータルズ世界群を救ってくれた英雄二人が来てくれたことを光栄に思う」


 これって、凄くやばくない?


『(*'▽') チョーヤベー!』

 

 また点ちゃんが、変な言葉を……って、それどころじゃないよね、これ!


 陛下がこちらに近づいてくる。

 それだけで、俺は倒れそうになる。


黒鉄くろがねの冒険者であり、世界を救ってくれた英雄の一人、リーヴァス殿!」


 陛下の紹介に歓声をあげた貴族、民衆に、リーヴァスさんが手を振って応える。

 さすがに落ちついてるなーって、それどころじゃなかった!


「そして、パーティ『ポンポコリン』のリーダーであり、メンバーのミミ殿、ポルナレフ殿を率い、世界を救った英雄シロー殿!

 彼は、我が国の勇者、カトー殿のご友人でもあります」


 後ろに控えていたミミ、ポルが両側から俺の腕を取り、前に押しだす。


「ボー、しっかりしろ!」

「リーダー、気を確かに!」


 ふらつく俺の後ろから、加藤とミツさんが声を掛けてくるが、その声がほとんど聞こえないほど、広場からの歓声が高まっている。

 そして、俺はほとんど気を失いかけていた。


「シロー、しっかり!」

「お兄ちゃん、がんばって!」

「私たちに任せて!」


 暗くなりかけた俺の視界に、『竜の羽衣』をまとったルル、コルナ、コリーダの背中が見えた。

 

「「「おおお!」」」


 会場から、凄い拍手が沸きおこる。


「「「白猫様ー!」」」

「「「ニャンニャン様ー!」」」

「「「ありがたやーっ!」」」


 明るくなった俺の視界に飛びこんできたのは、片手を上げたポーズの白猫を肩に乗せたルル、同じく、招き猫のポーズを取った黒猫を肩に乗せたコルナ、そして、コリンが変化へんげした、巨大な白い招き猫の肩に乗るコリーダだった。

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