第6話 縁は異なもの味なもの(5)

 ヒロ姉を伴い会場に入ってきた、マスケドニア国王の一言で始まった、結婚披露パーティは、華やかで、しかし、肩ひじ張らなくて済むものだった。

 恐らく俺の家族に気を遣ってくれたのだろう。


 広間の前に立つ、陛下とヒロ姉の所に、貴族が次々とお祝いの言葉を伝えにいく。

 それに混じり、俺の家族も二人に挨拶していた。


 本当は、ヒロ姉から結婚に至った事の顛末を聞きだしたいところだが、それは式が終わってからということになるのかな。

 

 突然、広間の扉が勢いよく開くと、五人の娘が足音高く会場に入ってきた。

 ブロンド髪を無数のロールにした娘が、着飾った彼女たちの先頭に立っている。

 吊りあがった目がぎらつく、彫りの深い顔立ちには、ある種の美しさがあった。

 緋色のスカートを左右の腰のところでぐっと握りしめた彼女は、取りまきを背後に従え、陛下とヒロ姉の前に立った。


「おお、エリザベート!

 来てくれたのか」


 陛下が娘に声を掛ける。

 それに対し娘は黙って頷くと、ヒロ姉を正面から睨みつけた。


「あんたが、泥棒ゴブリン?」


 うわっ、「泥棒ゴブリン」とは、また酷い言い方だね。地球なら「泥棒猫」とでも言うところなんだろうけど。 

 どうやらこの娘が加藤が話していた、陛下とヒロ姉の結婚に反対している貴族らしいね。


「あんた、誰?」


 無礼な相手に対しては、ヒロ姉も礼を守る気はないらしい。

 ドリル娘が、すぐに反撃する。


「どこのオークの骨か分からない、成りあがり者めっ!」


 ほう、日本では「馬の骨」っていうけど、ここじゃ「オークの骨」って言うのか。これは勉強になる。


「ちょっと、そこのあんたっ! 

 なに、にやついてんのよっ!」


 ドリル娘が、それこそ「オーガのような」顔をして、俺を睨みつける。

 おや、こっちにとばっちりが来ましたか。


「いや、これ、俺の地顔」


 俺の答えに、ドリル娘の後ろにいた、取りまきの女性四人がぷっと噴きだした。もともと赤かったドリル娘の顔が、トマトのようになった。


「なんですって!」


 白い手袋をつけた手をしならせ、娘が俺の頬を張ろうとした。

『物理攻撃無効』の加護がある俺は、それを見てもじっとしていた。

 しかし、彼女が俺の加護によって痛い目を見ることはなかった。

 なぜなら、振られかけた娘の手を、ヒロ姉が右手でパシリと止めたからだ。


 そう言えば、彼女は『聖騎士』に覚醒してたっけ。それより、彼女って合気道を習ってたよね。

 俺がそう思う間もなく、ドリル娘の身体は、ヒロ姉が取った手首を起点に綺麗な弧を描いた。

 宙を舞う派手なドレスは、まるでそこに赤い花が咲いたようだった。


「ぐふっ!」


 床に倒れたドリル娘は、裾がまくれ上がり、太ももの辺りまで露わになっている。

 白目をむいているから、気を失っているようだ。

 彼女の取りまきが、心配する声を上げる中、一際大きな声が聞こえた。

 

「おう!

 ヒロコっ!

 なんて美しい!」


 陛下が、ヒロ姉の技に感嘆の声を上げる。

 いやいや、違うでしょう!

 ここはドリル娘を心配するところでしょ?

 どんだけヒロ姉に惚れてんだよ。


 俺は思わず声を掛けた。


「陛下、この女性は?」


「心配せずともよいぞ、シロー殿。

 余もヒロコに百回以上投げられておるからな、わはははは!」 


 おいおい、笑い事じゃないよ。ヒロ姉は、一国の王様を投げまくったってこと?


「もう、ジーナス、人前でそんなこと言っちゃヤダ!」


 おいおい、ヒロ姉、この場面でなにデレてんの?

 なんだよ、この二人。

 そういや、俺、陛下の名前なんて初めて知ったよ。

 

『(*'▽') ヒロ姉、ぱねー!』 

 

 点ちゃんの「ぱねー」頂きました。

 ところで点ちゃん、このドリルちゃん大丈夫?


『(Pω・) 気を失ってるだけですよ』


 それならいいんだが……。


「う、ううん、な、なに?

 ここ、どこ?」


 気絶から覚めたが、どうやらドリル娘は、ショックで自分がどこにいるか分かっていないようだ。

 血相を変えた背の高い中年男性が、足早にこちらへ近づいてくる。


「エリザベート!」


「お、お父様……」


 どうやら、背の高いおじさんは、ドリル娘の父親らしい。

 彼は、まっ青な顔で俺の前にひざまずいた。


「英雄殿!

 どうか我が娘にお慈悲を!

 我が命に代えて、命に代えてお願いいたします!」


 おいおい、俺って冷酷非道の何かだと思われてないか?

 だけど、ここはその前に言っておくことがある。


「聖樹様の名において命ずる。

 俺の前で、『英雄』という言葉を禁ずる」


「「「ははーっ!」」」


 な、なんで陛下までひざまずいてるのっ!

 立ってるの俺とヒロ姉だけじゃん!

 

 泣きそうになった俺の肩を、誰かが後ろからポンポンと叩く。

 振りむくと、加藤が訳知り顔で立っていた。


「まあ、この場は収めてくれや、英雄殿」


 だから、『英雄』って言うなーっ!


 ◇


 パーティが終わりしばらくたち、シローが泊まる『英雄部屋』の扉がノックされた。

 ルルが扉を開くと、リーヴァスが立っている。


 彼は部屋に入ると、小声で尋ねた。


「ルルや、シローは大丈夫かな?」

 

「はい。

 かなり落ちこんでいましたが、ナルとメルに頭を撫でてもらい、今は休んでいます」


 シローは娘たちから「いい子いい子」されたらしい。

 ルルは、天蓋からカーテンを下ろしてあるベッドをチラリと見た。

 

 リーヴァスが来たことで、椅子から立ちあがっていたコルナとコリーダが、困ったような顔で微笑んでいる。

 彼は、ルルたち三人に椅子へ座るよう身振りで促した。

 丸テーブルに着いた四人が、顔を見合わせる。

 彼らは、シローを起こさないよう、小声で話しはじめた。


「シローらしいとはいえ、こうも『英雄』と呼ばれることに抵抗があるとはな」


「おじい様、どうすればよいでしょうか?」


 ルルが真顔でリーヴァスに尋ねる。 


「そうだな。

 徐々に慣らしていくしかないのだろう」


 真剣な顔をしたコルナが口を開く。


「おじい様、明日の結婚式は大丈夫でしょうか?」


「うむ、それが心配だな。

 マスケドニア王は、きっと彼を『英雄』として皆に紹介するだろうからね」  


 思案顔で俯いていたコリーダが、ぱっと顔を上げる。


「おじい様、私に考えがあります」


 四人は顔を突きあわせ、しばらく小声で何か話しあっていた。

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