第5話 縁は異なもの味なもの(4)


 次の日は、翌日の挙式に向け、つけの準備をする。大勢の侍従、メイドが手伝ってくれたので、それが思ったより早く終わり、俺たちは家族だけで街へ出かけることになった。 


 白猫ブランは俺の肩、黒猫ノワールはルルの肩に乗り、猪っ子コリンはコリーダの足元をうろちょろしている。

 ナルとメルは、もちろんそれぞれがポポに乗っている。なんか魔獣の割合が凄く高い「パーティ」だね。

 動物を連れていない、リーヴァスさんとコルナが手持ち無沙汰に見える。


 王宮の裏門から外に出たのだが、それほどしないうちに人々に囲まれてしまった。


「英雄様ーっ!」

「リーヴァス様ーっ!」

「パーティ・ポンポコリン!」


 それに混ざり、魔獣たちについてのコメントが聞こえてくる。


「おい、あのピンクの魔獣、一体なんだ?」

「知らないの?

 アリストの『ポポ』って言うの。

 有名よ」

「あの黒い魔獣、カワイイ!」

「なになに、あのぷりぷりした小さな四本足の魔獣?」


 ところが、一匹だけ、取りたて注目を集めるものがいた。


「おいっ!

 あれって、もしかして……」

「間違いないわ、リアル白猫様よ!」

「おおっ!

 やっぱりそうか!

 ありがたや~、ありがたや~」


 なぜか、多くの人が白猫を拝んでいる。

 なんだこりゃ?


『(*'▽') ブランちゃん、ぱねー!』  


 点ちゃん、確かにそうだけど、どうなってるのかね、これ?


 ◇


 以前、俺が訪れたことがある、料理自慢の大衆食堂を訪れる。


「いらっしゃい。

 おや、お兄さん、また来てくれたんだね!」


 ふくよかな女将おかみさんが、奥から出てくる。


「こんにちは。

 ずい分前に一度来ただけなのに、よく覚えていましたね」


「ああ、勇者様のことについて尋ねたお兄さんだろ?

 あんときゃ、余分に頂いてありがとうね」


 そう言えば、以前来た時、チップをはずんだんだっけ。


「あれっ!

 その肩に乗ってるのは……」


「ブランって言うんだよ。

 猫っていう動物なんだ」


「も、もしかしてニャンニャンかい?」


「ニ、ニャンニャン!?

 ま、まあ、そうだけど」


「ははーっ、白猫ニャンニャン様、ご利益りやくありがとうございますーっ!」


 女将さんが手を合わせ、ブランを拝みだした。

 なんだ、こりゃ?


「ほれほれ、これ見ておくれよ!」

 

 そう言いながら女将さんが指さした飾り棚には、高さが三十センチくらいの置物があった。細身の白い招き猫が、右手を挙げて肉球を見せている。


「ほれ、ここのところ、ニクキュウって言うらしいんだけど、こう触るとぷにぷにするだろう?

 そうすると幸運を招きよせる、ってんだから凄いもんだろ!

 この子がウチに来てから、ぐっとお客さんが増えてね。

 もう、白猫サマサマさ!」


 彼女は置物の肉球をぷにぷにすると、「にゃんにゃん♪」と呪文のように唱えた。

 

「女将さん、もしかして、これ買ったのって……」


「『ポンポコ商会』ってところだよ。

 ポンポコさんにゃ、足を向けて寝られないよ」


 ……ミツさん、何やってんの!

 ポンポコ商会のマスケドニア支店長は、彼女だからね。

 しかし、マスケドニアのポンポコ商会支店が、とてつもなく儲けてるって話は聞いてたけど、こんなものまで売ってたとはね。


 食堂でマスケドニアの郷土料理に舌鼓を打った俺たちは、最後に勇者の関係者だとバレてしまい、女将さんが勘定を払わなくていいと言いだしたので困ってしまった。

 結局、食べたより多めにお金を置き、逃げるように王宮へ戻った。


 ◇


「ああ、『白猫ニャンニャン招き猫』ね。

 あれ、私のアイデア」


 王宮に帰り、食堂であったことを話すと、ヒロ姉があっさり白状した。

 あんたが原因か!


「ミツさんからは、商品のことでよく相談受けてるんだよね」


「……そ、そうですか。

 とりあえず、ありがとうございます。

 まあ、ほどほどによろしくお願いします」


 陛下やショーカがついているから、社会を混乱させるようなアイデアは、そこで止まると思うけど、ヒロ姉の事だから何があってもおかしくない。

 彼女が無茶をしないよう、軍師ショーカに釘を刺しておこう。無駄かもしれないけど。


 ◇


 白猫ニャンニャンの件で疲れた俺が昼寝から覚めると、すでに夕方だった。

 今宵は、陛下とヒロ姉に近しい者だけでパーティが開かれる。前夜祭のようなものかもしれないね。

 部屋で一人寝ていた俺を起こしたのは、加藤だった。


「ボー、ちょっといいか?」


「何だ、加藤?」


「ああ、何もなければいいんだが、姉貴と陛下の結婚に反対してる貴族がいるらしい」


「ふうん。

 そんなの、式に呼ばなきゃいいんじゃないか?」

  

「そうもいかないらしい。

 当の貴族が公爵家とかで、陛下といえども断れないらしいんだ」


 なるほどねえ。

 そういうしがらみはあるだろうね、王族なら。


「あとな、これは別の話なんだが、今から謝っとくぞ」


「いったい何にだ?」


「お前の友人に失礼な事をするかもしれん」


 どういう意味だろう?

 まあ、加藤の事だ。理不尽な事はしないだろう。


「じゃ、行くか?」


「おう!」


 俺は左手に白猫を抱えると、右手で加藤と肩を組み、王宮内の会場へと向かった。


 ◇


 加藤に案内された広間は、玉座の間ほど広さがあった。

 部屋の内装はそれほど華美ではないが、マスケドニア王宮らしい趣味のよい上品さがあった。

 部屋の壁に近い所には料理とテーブル、椅子があり、中央が空いている。きっとダンスか何かのためだろう。たくさんのメイドが、きびきびとたち働いていた。

 俺の家族、友人もすでに会場に来ており、みんなおしゃべりに興じている。


 娘たちは、さすがにポポを部屋に置いてきたようだ。それぞれ、エメラルド色とルビー色のドレスで着飾ったナルとメルは、なぜかマスケドニアの若い男性にとり囲まれている。

 そいつらを追いはらうため、俺はそちらに向け歩きだそうとした。


 パーン!


 爆竹が鳴るような音がしたので振りかえると、空けてある部屋の中央にピエロッティが倒れており、加藤がゆっくり彼に近づいていく。

 魔術の師匠でもあるピエロッティに、翔太が駆けよった。


「せ、先生っ!

 大丈夫ですか?!」


 ピエロッティは、倒れたまま黙って頷いている。

 彼は顔の左半分が黒いが、白いほうの右頬にハッキリと手の痕が残っていた。

 加藤が左手で叩いたのだろう。


「か、加藤さんっ!

 どうしてこんなことをっ!?」


 翔太が、珍しく必死の形相で加藤を睨んでいる。

 加藤がどうしてそんなことをしたか分かっている俺は、何もせず黙っていた。

 ピエロッティが、静かな声で翔太に話しかける。


「ショータ、以前私は、魔術を誤ったことに使ったことがあると話しただろう。

 彼が怒っているのは、それが原因なんだ。

 私は、彼を殺そうとしたことがある」


「そ、そんな……」


 翔太の声は、震えている。


「勇者加藤殿、あの時は済まなかった」


 ピエロッティは、膝を床に着いたまま頭を下げた。


「俺が怒ってるのは、自分が狙われたからじゃないぞ。

 お前らがミツにした事に対してだ」


 確かにね。彼の関係者がミツさんを殺しかけたのは、紛れもない事実だ。


「ただ、お前は俺の親友であるボーの知人であり、同じく友人である翔太にとっての恩人だ。

 すでに、お前が改心したのも知っている。

 俺は、これでお前を許す」


 加藤が、まるで宣言するかのように、大きな声ではっきりそう言った。

 青いドレスを着たミツさんが、加藤の横に立つ。


「あなたを許します」


 ミツさんの言葉を聞いたピエロッティは、膝を着き彼女の顔をじっと見たままだ。その目から止めどなく涙が溢れていた。


「立ちなされ」


 同じくピエロッティに深い遺恨があるはずのリーヴァスさんが、彼の手を取り立たせる。 

 ピエロッティは涙を流しながらも、背筋を伸ばして立った。

 三人に一度ずつゆっくり頭を下げる。

 

 背後から近づいた舞子が、ピエロッティの手を取る。もう片方の手は翔太が取り、三人は壁際に下がった。


「くぅ、これでは計画が実行できませんね」


 振りむくと軍師ショーカが微笑んでいる。


「計画って何です?」


 俺の問いに、彼の目がキラリと光った。


「ピエロッティ氏を暗殺する計画ですよ」


「えっ!?」


「陛下を狙われたこちらとしては、当たり前だと思いますがね」


 まあ、それはそうだが……怖い、怖すぎるよ、この天才軍師!


「もしかして、加藤、それを分かっててやったのか?」


「恐らくは。

 彼は、ああ見えて思慮深いですから」


 おいおい、加藤が思慮深いと言われる日が来るとはな!

 しかし、この場合、まさにその言葉がぴったりだろう。


「明日の婚礼に泥をつけることが避けられて、私もホッとしています」


 ショーカは、ニッコリ笑うと俺の横を離れた。

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