第3話 点ちゃんと銀髪の少女


 ご主人様と一緒にギルドでお風呂を造った日、お昼過ぎにナルちゃんとメルちゃんがいつものように学校から出てくる。

 どうやってそれを見てるのかって?


 これは、ナルちゃんについてた『・』から分かれた『・』なの。 

 ナルちゃんの頭から少し上に浮いて、二人を見ているんだよ。


 今日も、二人は仲良しの女の子と一緒に帰ってるね。

 

「ナルちゃん、パン屋さんで新しいお菓子を買ってかえろ!」


「うーん、買いたいけど、私もメルもお金を持っていないのよ、キャシー」


 ぽっちゃりした背が低い女の子が、目を大きくする。


「えーっ?

 ナルちゃんち、お金持ちでしょ?」


「よく分かんない」


「おこづかい、もらわないの?」


「うーん、欲しいときに買ってもらうの」

「買ってもらうー」


「そっか……じゃあ、私が買ったら分けたげる」


「でも、学校の行きかえりには、お菓子を食べちゃダメって言われてる」


「あははは、メルちゃんは、よく食べるもんねえ」

 

「食べるー」


 女の子たち三人が、そんなことをしゃべりしながら歩いているところに、二人の男性が近づいてきた。


「あっ、デロンチョだっ!」


 メルちゃんが、大きな声を上げる。


「デロリンさん、チョイスさん、お帰りなさい」


 ナルちゃんが挨拶したこの二人は、ご主人様の家で働いているの。

 デロリンさんは太った人族のおじさん、チョイス君はエルフの青年だよ。


「ナルちゃん、メルちゃん、ただいま。

 二人とも学校から帰るところ?」


 デロリンさんが、丸い顔にお日様のような笑顔を浮かべて話しかける。

 

「デロリンさん、ナルちゃんにお菓子買ってあげて!」


 彼と顔見知りのキャシーちゃんが、いきなりお願いしてるね。


「えっ?

 どうしたの?」


 そう尋ねたのはチョイス君。


「ナルちゃんがね、お金を持ってないんだって。

 だから、お菓子が買えないの」


「うーん、キャシーちゃん、それはナルちゃんとメルちゃんのマンマがダメって言うと思うな」


 チョイス君は、エルフという種族に特徴的な長い耳をぴくぴくさせた。


「えーっ、ちょっとくらいイイじゃない!」


「だめだよ!

 そんなことしたら、俺たち、ルルさんから叱られちゃう」


 チョイスさんは、なぜか顔色が青くなってる。

 キャシーちゃんは、まだまだ言いたいことがあったみたいだけど、それはできなかったの。

 なぜなら、小さな青い旗を持ち、冒険者服を着たお姉さんが、話しかけてきたからなんだ。

 青い旗には、座った姿の白猫が描かれてる。その白猫は、なぜか右手を肩の辺りに上げた格好をしていた。


「あのう、ちょっとお尋ねしますが……」


 お姉さんは、なぜか大人のデロリンさん、チョイスさんにではなく、ナルちゃんに話しかけている。


「はい、なんでしょう?」

 

 ナルちゃんは、すぐそれに答えたの。子供なのに、凄くしっかりしてるでしょ。父親であるご主人様が自慢するわけだよね。


「あのう、私、マスケドニアから来た、『白ネコ旅行社』の者ですが――」


「すみません、何のご用でしょう?」


 さすがに、デロリンさんが話に割りこんだね。


「あのう、今日は『ポポの散歩』はないんでしょうか?」


「ないよー」


 答えたのは、メルちゃん。


「ポポロの散歩は、休養日と『水の日』だけだよ。

 今日は『風の日』だよ」


 メルちゃんが言ってる『水の日』『風の日』と言うのは、一週間六日の内、三番目と四番目に当たるんだ。

 人間は、どうしてわざわざ、日にちに名前をつけるんだろう?

 あれ? メルちゃんの説明を聞いた、お姉さんが座りこんじゃった。


「ど、どうしよう!

 大変なことになったわ!」


「一体、どうしたんです?」


 青い顔をしたお姉さんに、チョイス君が話しかけた。


「私、ミネリと言います。

 マスケドニアの王都から、有名なポポの散歩を見に来ました」


 女の人はそう言うと、道の脇にある公園を指さしたの。

 おばさんやおじさん、お婆さんやお爺さん、合わせて三十四人がそこにいた。

 みんな、チラチラこちらを見ている。

 きっと銀髪の少女がポポを散歩してるっていうのは、聞いたことがあるんだね。

 他の人たちはブロンドの髪なのに、ナルちゃんとメルちゃんは、銀髪だから目立つんだよ。


「このままでは、お客さんに申し訳がたちません。

 どうか、散歩の日を今日にずらしていただけませんか?」


「ダメ!」


 あら、メルちゃんは厳しいなー。

 お姉さんが泣きそうになってる。


「ポポはね、「せんさい」な魔獣だから、散歩は決めた日にするようにって、パーパから言われてるの」


 ナルちゃんが、きちんと理由を話してる。


「そ、そんなあ……」


 まだ座り込んでいるミネリお姉さんがしくしく泣きだしちゃった。

 デロリンさんと、チョイスさんも困った顔をしてる。

 しょうがないなあ。

 ご主人様に念話しよう。


『(・ω・)ノ ご主人様ー!』


『あれ、これはナルと一緒にいる点ちゃんだね?』 


『(^ω^) そうですよー。ナルちゃんたちがちょっと困ってるの』 


『どうして?』


『(・ω・)ノ かくかくしかじかです』


『あー、そういえば、ミツさんがマスケドニア支店に旅行部門を作ったって言ってたね』


『(・ω・) そういえば、『白ネコ旅行社』ってご主人様の会社だった』


『そうだね。

 ポポの散歩が見たいのか。

 点ちゃん、こういうアイデアはどう?』


 それからご主人様と、「遊び」の打ちあわせをした。


『(^▽^)/ わーい、面白そう!』


『ナル、メル、聞こえるかい?』 


 ご主人様は、ナルちゃんとメルちゃんに念話であることを伝えたの。


「やったー!」

「わーい!」


 突然、二人の子供たちが歓声をあげたので、ミネリって女の人も、キャシーやデロリンさん、チョイス君も驚いてる。


「ナルちゃん、メルちゃん、どうしたの?」


 キャシーちゃんが尋ねてる。 


「今から空を飛ぶの」

「ベンちゃん、ベンちゃん!」


 二人が何を言っているか分からないキャシーちゃんが、キョトンとした顔をしてる。

 地面に大きな影ができたね。

 上空を二匹の大きな魔獣が飛んでる。

 彼らの棲み処、『黒い森』から、ご主人様が二匹を瞬間移動させたんだよ。


「な、なんだありゃっ?!」

「おい、あれって……」

「ま、まさか、ワ、ワイバーン!」

 

 公園に集まってた旅行者が、悲鳴を上げる。

 そんな人たちに、ナルちゃんが声をかけてる。


「今日はポポの散歩をしないかわりに、ワイバーンと空中散歩をします」


「さ、散歩!?」

「ワ、ワイバーンと!?」

「ど、どういうことだ!?」


 旅行者のおじさん、おばさんが騒いでいる広場の中、彼らから少し離れた所に、二匹のワイバーンが静かに着地した。

 ナルちゃんとメルちゃんが、そこに駆けていく。

 二人が近づくと、ワイバーンたちが首を地面に着けた。


「「いい子いい子ー!」」


 ナルちゃんとメルちゃんがワイバーンの頭を撫でている。

 ワイバーンは、気持ちよさそうに目を細めてる。

 おじさん、おばさんは、みんな凍りついたように動きを停め、それを見ている。

 ナルちゃんとメルちゃんはワイバーンの尻尾しっぽを伝い、その背中に乗った。


「ベンちゃん、飛んで!」


 メルちゃんが、ワイバーンに声を掛ける。

 二匹のワイバーンがぴゅーって、空に舞いあがった。

 ワイバーンは公園の上空で大きな円を描くように、ゆっくり飛んでいるよ。

 とっても気持ちよさそう。

 それ気づいた街の人たちが騒ぎだしたみたい。


「な、なんだっ!?」

「ワイバーンかっ!」

「あっ、背中になんか乗ってるわ!」

「ナルちゃんとメルちゃんだね」

「なーんだ」

「いつものことだな」

「ふう、よかった」


 街の人たちの騒ぎが急に収まったの。

 みんな、ナルちゃんとメルちゃんが魔獣に乗るのを見慣れてるからね。

 街の人たちが静かになると、今度は旅行者たちが騒ぎだしたの。


「ホ、ホントにワイバーンに乗ってる!」

「なんてこった!」

「凄いわっ!」


 公園の上を飛んでいたワイバーンが降りてきたよ。

 ナルちゃんとメルちゃんを地面に下ろした二匹の魔獣は、ぴゅーってお空に消えちゃった。

 棲み処にしている『黒い森』に帰ったんだね。


 おじさん、おばさんが、二人の周りに集まってきた。


「二人とも凄いわ!」

「お名前は、なーに?」

「お菓子食べない?」


 旅行者のおじさん、おばさんが手渡すお菓子で、ナルちゃんとメルちゃんの両手は一杯になってる。

 デロリンさんに肩車してもらって、友達二人が飛ぶのを見ていたキャシーちゃんが笑ってる。


「お菓子いっぱいもらえたね」


「うんっ!

 んぐんぐ」

「メルったら、まだ食べちゃダメだよ!」


 ナルちゃんとメルちゃんは、真竜が人化している姿だから、人間の食べ物が彼女たちに害にならないか、いつも『・』がチェックするんだよ。

 今回もらったお菓子は、どれも大丈夫みたい。


『(・ω・)ノ 二人とも、食べていいよ』


「わーい!」

「マンマに怒られないかしら?」


 メルちゃんはすぐにお菓子を食べだしたけど、ナルちゃんはマンマが気になってるみたい。


『(・ω・)ノ ナルちゃん、マンマに話したら、食べてもいいって』 

 

「やったー!

 キャシー、これ上げる!」


 三人の子供がお菓子に夢中になっているのを、デロリンさんとチョイスさんは微笑んで見守っている。


 旅行者は、まだ座りこんでいる案内役のお姉さんをとり囲んだ。


「こんな刺激的な旅行は初めてじゃよ!」

「ほんに、孫に自慢できるわのう!」

「でも、ワイバーンに乗って空を飛ぶ少女って、信じてもらえるかしら?」

「そりゃそうだ、あはははは!」

「ええ旅行に案内してもうたわ」


 どうやら、ミネリさんは、案内役の務めを果たせたみたい。

 よかったね!

 やっと立ちあがった彼女が、ナルちゃんとメルちゃんにぺこぺこ頭を下げている。


 でも、なんで頭を何度もさげるとき、「ぺこぺこ」って言うのかな?

 そんな音なんかしていないのに。

 今度ご主人様に尋ねてみよう。


 ◇


 デロリンさん、チョイス君、ナルちゃん、メルちゃんは、四人並んで『くつろぎの家』まで帰ってきた。

 大人たち二人は、中庭を通って離れの『やすらぎの家』へ向かったね。


 ナルちゃんとメルちゃんは、お庭を見て驚いている。

 お庭にピンクの魔獣ポポロ、ポポラが見える。黒猫ノワール、白猫ブラン、猪っ子コリンもいるね。


「あれ?

 ポポロとポポラがお庭に出てる!?

 カギ閉めるの忘れてたかなあ」


 ナルちゃんは、そう言うと、ポポロとポポラを『ポポのおうち』へ連れていく。

 メルちゃんは、ノワールに何か話しかけてる。


 みんな家の中に入っちゃったから、お庭の神樹様たちとおしゃべりでもしようかな。

 神樹様と話すのは好き! 

 だって、すっごく楽しいんだよ。

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