第2話 点ちゃんとお友達

 ご主人様がギルドでお風呂を造っている頃、おうちでは家族のみんなが忙しくしてた。


「「「おじい様、行ってらっしゃい」」」


 人族のルルさん、獣人のコルナさん、ダークエルフのコリーダさんが、玄関でリーヴァスさんを見送っている。

 リーヴァスさんは、今日お城に呼ばれてるんだって。

 リーヴァスさんは黒鉄の冒険者で、建国の英雄でもあるから、国が大事なことを決める時には、お城に呼ばれることが多いんだよ。


 えっ? 

 

「点ちゃん、なんでこっちにもいるの?」


 そう思ったね?

『・』はいくらでも分裂できるから、同時に二つの場所にでも居られるんだよ。

 ご主人様が「並列処理」だとかなんだとか言ってたけど、自分にしてみればこれが普通だから。


 あっ、ブランちゃんが起きたみたい。

 この『・』は、三階のベッドであくびしているブランちゃんについてたのがオリジナル。

 今は分裂した方の『・』が、こうして一階にもいるけどね。 

 

 ◇


 一階に降りたブランちゃんの目の前に、いきなりメルちゃんが飛びだした。


「ミニャッ!?」(な、なにっ?)


 ブランちゃん、跳びあがって驚いてる。

 メルちゃんは、三階の子供部屋から一階のリビングに繋がっている滑り台を降りてきたんだね。

 

「ブランちゃん、お早う!」


 メルちゃんが、元気に挨拶している。


「ミー……」(やれやれ)


 驚かされたブランちゃんは、ご機嫌斜めだね。

 彼女はご主人様がいないと、こうなることがあるの。


「マンマー、コー姉、リー姉、おはよー!」


 メルちゃんは、玄関から部屋に戻ってきた三人にも、元気な声で挨拶した。


「「「お早う」」」


 ルルさん、コルナさん、コリーダさんの声が揃った。この三人は、種族も性格も全く違うのに、凄く仲がいいんだよ。


「う~……お早う」


 おや、ナルちゃんが、階段を降りてきたみたいだね。

 寝ぼけまなこだから、まだちょっとおネムみたい。


「ナル、メル、顔を洗ってきて」


「「はーい!」」


 子供たち二人は、ルルさんの言うことをよく聞くんだよ。

 

「今日は、私が朝食作ろうかな」


 コリーダさんがそう言うと、すかさずコルナさんが続けた。


「わ、私も作るわ」


 コリーダさんって、あまり料理が得意じゃないみたい。コルナさんは、彼女を助けたいみたいだね。


「じゃ、二人で作りましょ」


 コリーダさんとコルナさんは、二人並んでキッチンに立った。

 ルルさんは、外へ出ていった。彼女はお庭にある花壇と菜園に水をやる仕事があるからね。


 ◇


 ルルさん、コルナさん、コリーダさん、ナルちゃん、メルちゃん、そして、ブランちゃん、ノワール君、コリン君が朝食を食べている。


 このメンバーでの食事は珍しいんだよ。いつもはデロリンとチョイスっていう二人が家事をしているし、リーヴァスさん、ご主人様も食卓に着くからね。

 デロリンとチョイスがいないのは、二人が休暇中だから。

 ダートンっていう街に、温泉に入りに行ってるんだって。

 温泉ならおウチにもあるのにどうしてって、ご主人様に尋ねたら、デロリンとチョイスにとって、このお家は仕事場だから、本当にくつろぐには、そうした方がいいだろうって。

 人間って複雑だね。

 

「ルル、お兄ちゃんはどうしたの?」


 コルナさんは、形のいいお鼻の先にクリームをつけてるね。

 ルルさんは、それを布で優しく拭いてあげてから答えた。


「前から頼まれてたお風呂の改築をしに、ギルドへ行ったみたい」

 

「お風呂か。

 じゃあ、シローは夕方まで帰らないかもね」


 コリーダさんは、お風呂の事になるとご主人様が夢中になるって知ってるね。


「ねえ、コルナ、コリーダ。

 今日は、お昼を外で食べない?」


「いいわね、ルル!」

「それがいいわ!」


 すかさず、ナルちゃんとメルちゃんも声を上げる。


「カラス亭?」

「カラスー!」


「あはは、ナル、メル、あなたたちは学校があるでしょ?」

 

 コルナさんが指を振った。


「あ、そうだった」

「えーっ!

 カラスに行けないの!?」


「メル、今日は我慢なさい。

 休養日にみんなでカラス亭に行こうね。

 パーパにも頼んでおくから」


 コリーダさんが優しく言いきかせているね。


「わーい!

 じゃ、パーパとカラスに行く!」


 朝食が終わると、ナルちゃんとメルちゃんは学校へ、ルルさん、コルナさん、コリーダさんは少し後で街へ出かけた。

 家には、二匹の猫、ブランちゃんとノワール君、そして猪っ子コリン、そして彼ら専用の大きな平屋に住んでいるポポラとポポロが残ったの。

 あれ、これってお家に魔獣しかいないんじゃないの?


 ◇


 こんなことはめったにないから、魔獣たちみんなでお庭に集まった。この広いお庭は短い草が一面に生えていて、ご主人様の友達が「緑のカーペットみたいねえ」って言ってたよ。

 青空には雲がぷかぷか浮かんでいて、柔らかい陽ざしが注いでいる。

 ご主人様が「ピンクのカバ」って呼んでるポポたちが、大きなお腹を草に擦りつけ、気持ちよさそうにしているの。


『(・ω・) ポポラちゃん、それ、気持ちいいの?』

 

『ぽぽぽ、お腹の所がね、とっても気持ちイイっぽ。

 点ちゃんもやってみるっぽ?』

  

『く(u ω u) うーん、やってみたいけど、お腹が無いからできないかも』


「ミー、ミミー」(お腹の所がチクチクして、それほど気持ちよくないよ)


 ブランちゃんは、気持ちよくないのか。 


「ブヒッヒ!」(これ、最高!)   


 コリン君は、お腹を草にこすりつけるのが大好きみたい。


「ミー、ミー!」(背中をこすれば気持ちいいよ!) 


 黒猫ノワールちゃんは、気に入ったみたいだね。


 みんなそれぞれの格好で、草の感触を楽しんでる。

 のどかだなあ。

 柔らかい風が吹くお庭は、ご主人様がここにいたら、きっとお昼寝してたと思う。


『(*ω*) あれ?』  


『ぽぽっ!?

 点ちゃん、どうしたっぽ?』 


『誰か、来たみたいだよ』


 ◇


「おい、トル。

 本当に誰もいねえんだろうな」


「しっ!

 声がでけえぞ、ショト!

 静かにしろや」


 外壁がない、ただ巨木や木々が立ちならぶ境界を越え、道から敷地に入ってきたのは、二人の男だった。

 一人はやけに背が高くガリガリに痩せた男で、もう一人は、背が低い代わりに横に広い男だった。

 二人の男は滑らかな動きで木々の陰を渡り、母屋である『くつろぎの家』に近づいた。


 この二人、隣国マスケドニアにある大きな盗賊ギルドの構成員で、ある事件でそのギルドが壊滅してから、食いつめた挙句、この国に流れついた。

 ギルドでも凄腕の盗賊として鳴らした二人は、最後にでかいヤマを踏んで、裏家業から足を洗おうと考えていた。

 そのため目星をつけたのが、高ランクの冒険者が三人も住むこの家だ。

 情報によると、信じられないことだが黒鉄くろがねランクの冒険者が二人、きんランクの冒険者が一人住んでいるというではないか。

 黒鉄ランクのほうは眉唾だとしても、金ランクの冒険者が住んでいるとなれば、それなりの蓄えがあるはずだ。


 二人は近所に小さな家を借りることまでして、長いことこの家を見張ってきた。

 そして、とうとう、家人が全員外出するという絶好の機会を捉えたのだ。


「お、おい、ありゃ、なんだ!?」


 ノッポの男トルが低くしていた姿勢をやめ、棒立ちになるほど驚いている。

 背が低い男ショトが、トルの指さす方を見る。


「な、なんだありゃっ?!」


 街中とは思えないほど広い庭は、背丈の短い草の緑で覆われていたが、その中央辺りに数匹の魔獣がいた。


 まず目についたのがピンク色をした大きな丸っこい生き物で、短い四本足で立っている。大きな口からは、二本の牙らしきものが見えていた。

 そして、その周囲を駆けまわる、横縞のある茶色の魔獣。

 目立たないが、しなやかな体つきの小さな魔獣が二匹。これは黒いのと白いのがいた。


 そいつらが、じゃれあったり、顔を見合わせたりしている。そこには確かに意思の疎通らしきものが見られた。

 

「お、おい、あの白いの……」


 トルが唇を震わせている。


「まさか、白ネコかっ!?」


 彼らが所属していた盗賊ギルドを壊滅させたのは、白ネコだという噂がある。

 その上、その街では、白ネコの置物まで売られていた。

 目にしている魔獣を白ネコかと疑ったのは、その姿に白ネコの置物を連想させる特徴があったからだ。

  

「なんでえ、ちっせえ魔獣じゃねえか。

 あんなのにウチのギルドがやられるワケがねえ」


 小柄な身体だが、ショトは気が強いようだ。


「だ、だけど……」


 トルがそこまで言ったときだった。

 彼は何かを感じ、背筋が凍りついた。

 身体の芯を何かで撫でられたような感覚だった。


「お、おい、ここはやめようぜ!

 なんかやばい気がする」


 しかし、ショトはトルの言葉に耳を貸さなかった。


「なに言ってんだ!

 準備と手間にどんだけ掛かったと思ってる!

 今さら引けるか!」


 ショトが、庭からリビングに続く扉に手を掛けた。


「ひいっ!」


 トルの叫びと、彼に肩を強くつかまれたことで、ショトが振りむく。

 そこには、いつの間にか庭の中央から彼らのすぐ前までやって来た、五匹の魔獣が並んでいた。


「げっ!」


 さすがにショトも声を上げる。

 腰を抜かしかけた彼は、なんとか踏みとどまり、腰の大型ナイフをすらりと抜いた。

 幸い五匹の魔獣の中から近づいてきたのは、小さな黒い魔獣だ。

 その魔獣にむけ、ショトがナイフを突きだした。


「なっ!?」


 彼が驚いたのも無理はない。

 胸に深くナイフが刺さった黒い魔獣は、あくびをしたのだ。

 ナイフの周囲からは血すら流れていなかった。

 まるで元々ナイフが魔獣の一部だったようにも見える。

 ショトが強くナイフを引いたが、それはびくともしなかった。

 手を放した彼に、ナイフが突きささったままの黒い魔獣が近づく。


「ひ、ひいっ!」


 ショトは思わず走りだした。

 パニックに陥った彼は、木立に駆けこまず、草が生えた広い庭をつっ切るように走っていく。


 ドンッ


 背中に強い衝撃を受け、ショトが突きとばされた。

 草の上をコロコロ転がり、停まった彼が最後に見たのは、顔の上に降りてくるピンク色をした足裏だった。

 

 相棒の顛末をの当たりにしたトルは、魔獣の方に背を向けないよう、じりじり後ずさった。

 あと少しで木立に入るというところで、思いもかけない事が起きた。

 足が宙に浮いたのだ。

 そして、そのままゆっくり魔獣たちがいる方へ動いていく。


「ひ、ひいいいっ!」


 声にならない叫びを上げ手足をばたつかせるが、それを聞いているのは当の魔獣たちだけだ。

 魔獣たちの目と鼻の先に下ろされた彼は、我を失った。

 小さな茶色の魔獣に、素手で殴りかかる。

 

 次の瞬間、トルは草の上を何度かバウンドしながら転がっていた。

 痛みで痺れた身体で、無理に首を捻ると、巨大な魔獣が立っているのが見えた。

 ピンクの魔獣より十倍は大きいだろうそいつは、体側の横じまから、さっきまで小さかった魔獣が大きくなった姿だと推測できた。

 もっとも、彼がそんなことを考える前に、ピンクの魔獣が倒れた彼の上を踏みつけていったのだが。


 動かなくなったトルに近づく、黒く小さな魔獣。

 それはトルの身体にぴょんと登ると、形が崩れとろりとしたジェル状となり、彼を覆った。


 ◇


「あれ?

 ポポロとポポラがお庭に出てる!?」


 学校から帰ってきたナルが驚く。


「カギ閉めるの忘れてたかなあ」


 彼女はそう言うと、二匹のポポを彼らが住んでいる大きな平屋に連れていった。


「みんなお庭に出てたの?」


 メルが、彼女の足に擦りよる、猪っ子コリンの頭を撫でる。 

 黒猫は肉球を舐め、毛づくろいを始めた。


「あれ?

 ノワールちゃん、何か食べちゃった?」


 メルは、ノワールの仕草を見てそう言った。


「ミー」(まあね)


「虫とか食べたら、お腹が痛くなっちゃうよ」


 黒猫を抱きあげたメルが、母屋に入っていく。

 その後に、ブランとコリン、ナルが続いた。


 誰もいなくなった庭は、穏やかな陽の光を浴び、明るい緑に輝いていた。  

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