第12話 ダンジョンと冒険者(7)


 絶体絶命の冒険者たちの前に立った三人。  

 その一人、黒ローブを身にまとったプリンス翔太が空に向け手を突きあげると、彼を中心に光の輪が広がった。


「う、動けるぞっ!」

「やったっ!」

「武器を取れっ!」


 それまでは言葉すら封じられていた冒険者たちが、気勢を上げはじめる。

 しかし、彼らの態勢が整わないうちに、ゴブリンが襲いかかった。


「ひいっ!」


 ゴブリンに棍棒を振りおろされ、冒険者が悲鳴を洩らす。

 しかし、その棍棒は彼に当たることはなかった。

 なぜなら、そのゴブリンは首から血を流し、立ったまま絶命していたからだ。

 冒険者側の陣地内に入った全てのゴブリンが、一体の例外もなく同じように死んでいた。やがて、そいつらがパタリパタリと倒れていく。


「な、なんだ、何が起こった?!」


 一人の冒険者が、そう叫んだのも無理はない。


「兄貴!

 助かりやしたぜ!」


 マックのその言葉で、冒険者たちは今しがた起こったことが、リーヴァスのおかげだと知った。

 しかし、リーヴァスその人は、最初現れた位置に静かに立っているだけだ。

 腰に剣は下げているが、それは鞘に入ったままだ。


「い、一体、どうやって?」


 中堅どころの冒険者が、今だに納得できないという顔をしている。

 

「雷神リーヴァス、さすがだわ」


 ベテラン女性冒険者が、うっとりした顔でリーヴァスの方を見ている。


「今のはリーヴァス様が?」

「「カッコいーっ!!」」

「最高!」

「素敵っ!」


 ゴブリンの咆哮と恐怖のせいで、動きが停まっていた『プリンスの騎士』たちがやっと動きだす。


「「「プリンスーっ!」」」


 その声に、翔太がこちらを振りむき手を振る。


「「「「「きゃーっ、素敵ーっ!」」」」」


 つい今しがた命を失いかけたというのに、五人の騎士は、プリンスを目にした途端こうだ。

 頭に茶色の布を巻いた青年、シローがゴブリンキングの方へ歩きだす。

 肩に白猫を乗せたその姿は、近所に買い物に行くような気軽さだった。

 ゴブリンキングが後ずさる。 

 シローは足を停め、ゴブリンキングに何か話しかけているようだ。

 驚いたことに、ゴブリンキングがぺこぺこ頭を下げ、お辞儀のようなことをしている。

 

 シローは無警戒にゴブリンキングに背を向けると、冒険者たちの方へ戻ってきた。


「マックさん」


「何だ、シロー」


「彼は、元の棲み処に帰って二度と出てこないって約束しました」


「お、おい、お前、ゴブリンと会話できるのか?」


「ええ、まあ」


 実際には、彼の魔法に宿る魔法キャラクターとでもいうべき存在が、会話を受けもったのだが。


「……だが、ヤツが約束を守るって保障があるのか?

 大暴走スタンピードが起こると、街どころか国が危ねえぜ」


 マックは、まだ安心できないようだ。


「ああ、それは大丈夫です。

 このダンジョンから出たら、動けなくなるようにしておきますから」


「ど、どうやってだ?

 ヤツら、もの凄い数がいるぞ?」


「まあ、その辺は俺のスキルで適当に」


「おいおい、適当にってな……」


 シローの言葉にマックは呆れ顔だ。

 

「翔太」


 シローが翔太少年に耳打ちする。

 翔太は頷くと、呪文を唱えた。

 少年の前に、握り拳大の白く光る玉が浮く。


 シューッ


 翔太が手を振ると、それが山なりの曲線を描き、ゴブリンたちの方へ飛んでいく。


 ドンっ


 突然、その白い玉が弾け、空中に巨大な火球が生まれた。

 それがゴブリンキング目掛け、落ちていく。


 ゴブリンたちの顔に恐怖が浮かんだ。


 シュポッ


 着弾する直前に、火球はそんな音を立て消えてしまった。

 ゴブリンたちは、キングを始め、全員恐怖で腰を抜かしている。


「今の、『メテオ』ですよ」


 シローが、マックだけに聞こえるよう囁いた。

 それは、かつてポータルズ世界群最高と言われた、伝説の魔術師だけが使えたと伝えられる特殊攻撃魔術だ。

 翔太は、若干十二歳にしてその大魔術師と肩を並べたことになる。

 マックは目と口を大きく開いたが、黙っていた。 


 ただ、『プリンスの騎士』は、黙ってなどいなかった。

 翔太をとり囲み、口々にはやしたてる。


「プリンス、今の何ですっ?

 すっごい魔術!

 しびれちゃうーっ!」

「「プリンス、すっごーい!」」

「完璧!」

「愛の魔術は、シュ~シュポン♪」


 桃騎士の言葉を聞き、しばらく額に手を当てていたシローがようやく話しはじめる。

 

「まあ、これだけ脅しとけば、ヤツらも無茶をしないでしょう」


「……そ、そうかもな」


 驚きから覚めきらないマックが、やっとのことでそう言った。


 ◇


 こうして、新人のダンジョン体験として始まった冒険は、地下にあるゴブリン王国の発見という大事件で幕を閉じた。

 そして、『古の洞窟』は、アリスト王国から禁足地の指定を受けることになった。

 参加した冒険者たちは、それぞれ国とギルドから多額の報酬をもらい懐が潤った。

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