第13話 騎士の帰還


 ダンジョンで例の事件があった二日後、『プリンスの騎士』五人は、アリストの町へ繰りだし、市場いちばで買い物をしていた。


 白騎士はアリストの郷土料理に興味をもったらしく、大量の食材を買いこんでいる。


「ねえ、素敵なお兄さん、これ、三つで銅貨五枚でしょ。

 十個買うから銅貨十枚に負けて~」


「し、仕方ねえな。

 この歳になって『お兄ちゃん』なんて言われちゃ、負けるしかねえじゃねえか」


 野菜を売っている痩せたお爺さんが、苦笑いしながらカゴに入れた商品を手渡す。 

 

「カゴ代は?」


「負けといてやるよ」


「やったーっ!」


 白騎士にキスされ、老人が頬を染めたのは見ものだった。


 ◇


「「カ~ワイー!」」


 指輪やブローチなど、身に着ける小物を売っている店先では、黄緑騎士の二人がかん高い声を上げていた。

 テーブルの上に並んだ木彫の小物は、素朴だが味のあるものが多い。 


「そ、そうかな?」


 店主の若い男性が頬を緩める。この店で売っている品物は、全て彼のお手製だ。


「ところで、その髪どめ、凄くいいね。 

 見せてもらえるかな?」


 商売柄、店主はいいところに目をつける。緑騎士が右の髪どめを外し、それを手渡す。


「ほう、魔獣のデザインか。

 斬新だな」


「ううん、それって猫っていう動物だよ」


「ねこ?」


「うん、ニャンニャンだよ」


 これは黄騎士。


「そっか、ニャンニャンか……。

 これ、ウチの商品半分と、交換してもらえないか?」


「ええっ!?

 そんな……いいの?」


「あんたら、迷い人だろう?

 異世界の品は、高く売れるのさ」


「じゃ、私もこれ上げる」


 黄騎士も片方の髪留めを渡す。


「おう、色違いかい!

 こりゃいい!

 ほれ、この商品、二人で全部持っていきな!」


「「わーい!」」


 二人の髪留めを参考に売りだした『ニャンニャン髪留め』でこの若い店主が大儲けするのだが、それはまた別の話。


 ◇


 見かけによらず、かわいい置物や動物に目が無い黒騎士は、素焼きの置物を売っている店に来ている。

 

「素敵!」


「ありがとうね、綺麗な黒髪のお嬢さん。

 あんた、迷い人かい?」


 黒騎士の言葉に、店主のおばあさんがそう尋ねた。


「はい、そうです」


「おおっ!

 息子が世話になってる方も、迷い人でね。

 シローさんって、有名な冒険者なんだけど。

 なぜか息子のことを『ゴリ』って呼んで、可愛がってくれてるんだ」


「えっ!?

 シローは、私たちのリーダー(社長)!」


「ええっ!?

 そうなのかい。

 あんたたちの(パーティ)リーダーかい」


 お互いに微妙な誤解はあったが、二人は意気投合したようだ。


「あんた、お金はいくら持ってる?」


 ダンジョンの件で報奨金としてもらったお金を、黒騎士はテーブルに並べた。

 

「ほうっ!

 あんた、お金持ちだね。

 じゃ、これだけもらっとこう」


 彼女は、黒騎士が並べたお金の半分ほどを手にした。


「この店に置いてある品物は全部持ってかえんな」


「ありがとう!

 でも、持てない」


「ははは、あんたシローさんの知りあいなんだろ。

 あの人に頼めばいいよ」


「それもそう!」


 黒騎士は、シローが無尽蔵にものを収納できるのを思いだした。

 彼女は地球に帰り、この店で手に入れた品物から自分の気に入ったものを除き、『ポンポコ商会』からオークションに出すことになる。

 それらの品物は、どれも一千万円以上の値が付くことになる。


 ◇


 桃騎士は、シローから紹介された魔道具屋に来ている。

 彼女は、本物の魔法杖が欲しかったのだ。


 しかし、小型の杖であるワンドも大きな杖も、実用一点張りの物が多く。装飾が付いているものでも、「カワイイ」が基準である桃騎士の審美眼を満たすものはなかった。

 仕方なくローブを手にする。

 小さなローブが並んだ棚には、色とりどりの装飾が付いた可愛いものもあった。

 

「これ、いくらです?」


 手の込んだ白いレースで襟や袖が縁どられた、淡いピンクのローブを彼女は手にしている。

 職人気質らしい、気難しい顔をした中年の店主が口を開く。


「金貨十枚です」


「ええっ!?」


 それを聞いた桃騎士が、地声で悲鳴を上げる。

 なぜなら、その金額が日本円で約一千万円だと分かったからだ。 

 物価については地球世界で予習してきている。

 金貨一枚がおよそ百万円の価値がある。

 ダンジョンの一件で多額の報酬をもらったが、それでは全然足りない。


「この店にあるローブは、魔術で祝福してあるものだけですからな。

 祝福が付与されていないものでしたら、衣服店に行けば、同じようなものが安く手に入りますよ」


 おじさん店主が、慰めるように言う。   

 しかし、桃騎士はどうしてもそのローブが欲しかった。

 悔しい顔でローブを眺めている彼女に、もう一人だけいた客が話しかけた。


「失礼ですが……」


「えっ? 

 はい、何でしょう」


 黒いローブを着た上品な紳士に話しかけられ、桃騎士が戸惑う。


「その服装、その髪。

 失礼ですが、あなたは迷い人ではありませんかな?」    


「え、ええ。

 そうですが」


「私、隣国から来たノテンと言う者ですが、その杖と服装なら、金貨二十枚で買いとらせていただきましょう」


「えっ!?」


 まさか、ウニフロで買った服(子供用というのはみんなに内緒)と、百均で買ったビニール製のおもちゃが二千万円?


「どうですかな?」


「え、ええ、そちらがそれでよろしければ」


 こうして桃騎士は、念願の可愛いピンクローブを手に入れることになる。

 店主も紳士も、最後までそれが安眠の祝福がついた、貴族の子供用寝間着だと告げることはなかった。


 このノテンという名の紳士、隣国にある魔術学院の学長で、桃騎士のハート杖を学院まで持ち帰ることになる。調べてもその材質も魔術的機能も分からない杖は、『謎の異世界杖』として学院のシンボルとなり、校章も凝った意匠のものから、ピンクのハートへと変わることになるのだった。


 ◇


 アリスト城の噴水がある中庭には、女王陛下、プリンス翔太、シローの三人と、これから地球世界へ帰る『プリンスの騎士』五人がいた。

 騎士たちが一人一人、女王陛下に別れの挨拶をしているとき、白騎士がシローに尋ねた。


「シローちゃん、あたし、どうもに落ちない事があるのよね」


 白騎士は、いつになく真面目な顔でシローを見つめている。


「なんですか?」


「ダンジョンの外で、最後の戦いがあった時、あなたたちが助けに来てくれたでしょう?」


「ええ、それが何か?」


兄貴マックさんが、『星の卵』の三人をギルドへ報告に向かわせたのだけど、どうみても、彼らがギルドに着くより、あなたたちが来た方が早かったのよね」


「え、ええ?

 そ、そんなことありましたかね?」


「あなた、点ちゃんに、私たち見張らせてなかった?」


「ぜ、全然ギクっ!」


「……まあいいわ。

 それより、例の件は終わったの?」


「ええ、終わりましたよ」


 例の件というのは、お土産全てにポンポコ印のマークをつけることだ。

 

「じゃ、準備はいいかな」


 シローの言葉で、五人の騎士が翔太の周囲に集まる。

 翔太は、一人一人と握手した。


「みんな、気をつけて帰ってね。

 その内、また、こちらの世界に来るといいよ」


「プリンスー、また来るわ~!」

「「プリンス、またねー!」」

「元気で!」

「愛の魔法がクルクルしゅぽーん♪」


 シローと五人の騎士が姿を消す。

 後に女王陛下、プリンス翔太が残された。  

 実の姉弟でもある二人が、打ちとけた様子で話しはじめる。


「お姉ちゃん、だけど、あれって最後まで言わなくてよかったの?」


「言わなくていいのよ、あんな事」 

 

 彼らが話しているのは、シローが騎士たちに着けた魔法の『点』で、ダンジョンの一件を一部始終見ていたことだ。

 だから、思わぬ事態が起きたとき、絶好のタイミングでシローたち三人が救援に駆けつけられたのだ。

 ちなみに、女王陛下はアリスト城の『王の間』に、貴族だけでなく、隣国の王、軍師、勇者まで招き、壁に貼ったスクリーンで冒険鑑賞をしていたのだ。冒険者たちがギルドを出発してから『古の洞窟』で起きたことまで、プライバシーに関する部分を除き、彼らから見られていたことになる。テレビなどの娯楽がないこの世界では、それは大変な衝撃をもって受けとめられた。鑑賞していた人々の歓声は、城を揺るがすほどだった。


「そうだね、言わぬが花だね」


 翔太が微笑みながら小声で言う。

 森から巨大な白ウサギが二匹、跳びだしてくる。

 ウサギを撫でながら、二人は姉弟水入らずの時間を過ごすのだった。

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