第11話 ダンジョンと冒険者(6)


 こちらはダンジョン『古の洞窟』の外。

 盛り土や、丸太で作った急ごしらえの陣地でマックが指揮をとっていた。


「前衛は、A、B,C班が可能な限り交代しながら戦う。

 後衛の魔術師は、ポーションを飲みに下がるとき、きちんと声を掛けろよ。

 弓師は、弓矢の残量を確認しながら戦え。

 敵の数が多いから、無駄な矢を射るんじゃねえぞ」


 マックの太く落ちついた声が、上ずりがちな冒険者たちの気持ちを鎮める。

 頼りがいのある指揮官は、集団の戦闘力を引きあげるものだ。


 チリンと鈴が鳴る。


「仕掛けが反応しました!

 ヤツらが出てきます!」


 盗賊スキルを持つ冒険者が洞窟入り口近くの通路に仕掛けた細糸を、そこを通過したゴブリンが切ったのだ。   


「総員用意っ!!」


 マックの号令を待っていたかのように、二体のゴブリンがダンジョンの入り口から飛びだしてきた。

 火の玉が一体の顔に命中し、矢がもう一体の胸を貫く。

 声も無く絶命した二体は、ダンジョン内部のように地面に溶けることもなく、そのままになっている。

 さらに、二体、三体と、後続のゴブリンが出てくる。


 パパパーン!


 五体一団となって出てきたゴブリンは、破裂音がすると、なぜかバタバタと倒れた。


「やるじゃねえか!」


 マックが黒騎士に声を掛ける。五体のゴブリンを倒したのは、彼女の魔銃だ。


「楽勝!」


「落ちついてるようだな。

 頼もしいぜ!」


 マックがニヤリと笑う。


「「停まれっ!!」」


 黄騎士、緑騎士の言霊スキルで足を停めたゴブリンを、ベテラン冒険者が袈裟懸けに切りすてる。

 ダンジョンの入り口から、一度に十体ほどのゴブリンが出てくる。


「愛の魔法が、あなたにビリビリン♪」


 ハートが先端についたプラスティック杖が円を描く。

 桃騎士が地面に左手を着いた。


 ジジッ


 何匹もの蛇が地を這うように、光の筋がジグザグに走ったかと思うと、それがゴブリンたちの足にまとわりついた。

   

「「「キキッ?」」」


 十体以上いるゴブリンが石のように固まる。

 ヤツらは『電魔士でんまし』として覚醒した、桃騎士が放った雷系統の魔術により、身体が痺れてしまったのだ。


 飛びだしていった白騎士が、人間なら急所に当たる箇所を狙い、ゴブリンに拳、肘、膝、足をくり出す。

 白騎士は、元特殊部隊教官で体術はお手のものだ。それに加え、『拳闘士』として覚醒し、スピードも攻撃力も上がっている。

 十体はいたゴブリンが、わずかの間に全て倒れた。

 

「「「すげーっ!」」」


 冒険者から声が上がる。

 そこでダンジョンから飛びだすゴブリンの波が、パタリと途絶えた。


「こりゃ、まずいぜ」


 マックの表情が硬くなる。

 白騎士は、その言葉の意味が分からず首を傾げたが、すぐにその答えを知ることになる。


 ◇

 

 ダンジョンの入り口から出てきた四体のゴブリンは、手に盾を持っていた。しかも、四枚のそれをぴったり並べ壁を作っている。

 それはダンジョンの大部屋で、冒険者の壁役がとった作戦だった。

 ゴブリンは知性があると言われているが、それが高いとは思われていない。 

 それだからこそ、彼らのこの行動に、冒険者たちは驚いていた。


 しかし、その驚きは、ダンジョンから現れた大型のゴブリンを見て別のものに変わった。すなわち、更なる驚愕と納得、そして恐怖だ。

 そのゴブリンは、海賊帽のようなものを被り、小綺麗な上着とズボンを身に着けており、上着の胸には飾りまで並んでいた。

 

「ゴブリンジェネラル……」


 冒険者の一人が、絞りだすような声を漏らす。

 ゴブリンの群れに稀に現れる上位種で、知能が高いことで知られる個体だ。


「やっぱり、こう来たか!」


 マックはこの展開が読めていたようだ。

 

「こりゃ、まずいぜ」


 彼がそう漏らしたのは、盾役のゴブリンの後ろに杖を持ち、ローブを羽織った個体が並んだからだ。


「ゴブリンメイジだ!

 魔術が来るぞっ!」


 ベテラン冒険者が警戒を促す。


「マジやばいわよ、これは」


 白騎士の横に立つ女性冒険者が、緊張した声で言った。

 ゴブリンメイジの長い呪文詠唱は、これから使われる魔術が上位のものだと嫌でも知らせてくれる。


 ゴゴゴゴゴ


 地鳴りがする。

 攻撃魔術に備え、身を低くしていた冒険者たちの顔に「?」が浮かぶ。

 しかし、その魔術はどんな攻撃魔術よりたちが悪かった。


 冒険者たちの退路を断つ位置に、石壁が立ちあがったのだ。

 石壁は高さが五メートルほどもあり、それを越え逃げられそうになかった。

 

「「と、閉じこめられちゃったの?」」


 黄緑騎士二人の声は、恐怖で震えている。

 ダンジョンでゴブリンと遭遇してから初めて、マックの表情に焦りが見られた。

 

 ダンジョンの出口から出たゴブリンは、次々と隊列を組んでいる。

 盾を構えたゴブリンも、すでに十体以上に増えており、こちらから散発的に飛んでいく矢や魔術は、全てそこで食いとめられている。

 

「グオオオオオッ!」


 地を揺らすような不気味な咆哮に続き、巨大な個体が入り口から這いだす。

 立ちあがったそいつは、普通のゴブリンと較べ身長が三倍はあった。

 ゴブリンジェネラルと較べても、遥かに大きい。

 その目には、知性と残忍な光があった。


「ぐう、よりによってゴブリンキングか……」


 マックの声に絶望がにじんでいる。

 さきほどゴブリンキングの叫び声を聞いたことで、冒険者たちの動きが鈍くなっている。これはゴブリンキング固有のスキル『ゴブリンの咆哮』によるものだ。

 悪い事に、今回ここに来ている冒険者たちの中には、その効果を打ちけす呪文が唱えられる者がいなかった。


「グオオオオオッ!」


 ゴブリンキングが上げた二度目の雄たけびが、周囲を威圧する。

 冒険者たちの動きが極端に悪くなる。


「グオオオオオッ!」


 三度目の咆哮。

 ゴブリンキングが、その剥きだしの太鼓腹を両手で叩いた。

 冒険者たちは身体が痺れ、ほとんどが口も開けないあり様だ。

 そして、それを合図に、盾役のゴブリンが足並みを揃え前進してくる。


「ぐうっ!」


 マックの口から漏れた、声とも言えぬそれが、冒険者たちの無念を表していた。

 

 ドーン!

 ドーン!

 ドーン!


 ゴブリンメイジが唱えた魔術で生まれた火の玉が、冒険者が重ねておいた丸太へ続けざまに命中し、それを破壊した。

 丸太の破片を跳びこえ、ゴブリンたちが、冒険者側の陣地へなだれ込んでくる。

 もはや、冒険者たちに生きのこるすべはなかった。


 全ての冒険者が絶望したその時、三つの人影がゴブリンと彼らの間に立った。

 それは、プリンス翔太、リーヴァス、シローだった。 

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