第7話 ダンジョンと冒険者(2)


 ギルドを出発した一行は、三時間ほどで『霧の森』に到着した。

 名前の通り、森に近づくにつれ霧が薄くかかり、見通しが悪くなる。

 湿度が高いため、木々や落ち葉の匂いがはっきりと感じられた。

 霧の中は、気温が少し低いようだ。


 ベテラン冒険者の号令で、各自が装備の点検を始める。

 ほとんどがパーティ単位で参加していた先輩冒険者は、自分たちのパーティごとに集まった。

 それぞれのパーティが、何か打ちあわせている。


 二つの新米パーティ、『プリンスの騎士』と『星の卵』合わせて八人は、緊張もあり、皆が二の腕を手でこすっている。

 騎士たち五人は、ギルドから配られた皮鎧を着け、短剣と小型の盾をぎこちなく手にする。

 一方、『星の卵』は、スタンが長剣と盾、スノーがワンド、リンドが短剣と小型盾を慣れた手つきで持っている。この三人は初心者とはいえ、草原や森での狩りは経験ずみだ。

  

「そういやあ、お前ら役割分担はできてるか?」


 マックの言葉に騎士たちが戸惑う。


「役割分担?」


 白騎士が代表する形で尋ねかえす。


「キャロから説明は受けてんだろ?

 パーティの構成メンバーは、それぞれ前衛や後衛という役割を担うんだ」


「あ、そういえば、そんなこと聞きました」


 緑騎士が、ツインテールを振りながら答える。


「で、どういう役割を決めてんだ?」


「い、いえ、まだです」


 白騎士が正直に答えた。


「なにっ、まだだと!?」


「ひいっ!」


 マックの剣幕に、白騎士が一歩下がる。


「そうねえ、白騎士と黒騎士が前衛。

 他の三人が後衛でいいんじゃないかしら」


「「「おおー!」」」


 珍しくまじめな桃騎士の口調に、他の騎士から声が上がる。


「あんた、よく分かってんな。

 このパーティならそれでいいだろう」


 マックが太鼓判を押す。


「ここからは、視界が悪いから気をつけて」


 弓を背中に担いだ冒険者の女性が、守るべき冒険初心者に注意を促す。

 一行は、木立の中に踏みこんだ。

 

 ◇


 アドバイスされた通り、森の中は霧と木々で視界が悪く、慣れない騎士たちは、へっぴり腰でゆっくり進んでいく。


「きゃっ!」


 地面から突きでた木の根に足をとられ、黄騎士が落ち葉の上に倒れた。


「周りはアタイらが見張ってんだから、あんたらは足元にだけ気をつけな!」

  

 黄騎士の手を取って立たせながら、頬に傷がある女性冒険者が厳しい口調でそう言った。 

「あ、ありがとう」


 お礼を言う黄騎士は、顔が青くなっている。


「私が守る、大丈夫」


 黒騎士に肩を抱かれ、黄騎士は頬が赤くなる。

 

「ダンジョンに着いたぞー!」


 前を行く冒険者から、声が上がる。

 

「よし、お前ら、これを頭につけろ」


 マックがバッグパックから出したのは、丸く薄いガラス板のようなものを縫いつけた黒い布だった。

 彼はそれを黄騎士の頭に着けてやる。

 残りの四人がそれをまね、鉢巻の要領で頭に布を着けた。


「ダンジョンの中は暗いからな。

 これはシローからのプレゼントだ」


 言われてみれば、頭の布から突きだしたガラス板が虹色の光を放っている。


「これって『枯れクズ』じゃあないの?」


 一度それを見たことがある白騎士が、呆れたように言う。

 ある世界に生えている『光る木』という植物が枯れると、その幹が割れ円盤状の板になる。これが『枯れクズ』だ。陽光を蓄え光を発するという特徴がある。

 マックが白騎士の問いに答えた。


「ああ、そうだぜ。

 それ一つで金貨三枚はするってしろもんだ」


「金貨三枚って……三百万円!」


 緑騎士が驚く。

 

「ガハハハ、気にすんな。

 シローのやるこたあ、いつでも非常識だ」


 マックに背中をバンバン叩かれ、緑騎士がむせている。

 だが、彼のおかげで、パーティの緊張が少しほぐれたようだ。


 ◇


 一行は目的地に着き、足を停めた。

 冒険者たちの前には土を盛った小さな塚のようなものがあり、それに方形の穴が開いている。高さ、横幅とも一メートルほどだ。穴の縁は灰白色の石で縁どられていた。

 中の暗闇を覗きこんだ桃騎士が悲鳴のような声を上げる。

 

「えっ!?

 こ、ここに入るの?」


「そうだよ」


 そう答えた比較的若い冒険者が、手に持ったカンテラのようなものを指でつつく。ポウとそれに灯りがともった。灯りの魔道具だ。

 冒険者たちは、手に持つ松明たいまつか魔道具に火を点けた。


「では、入るぞ!」


 魔道具を掲げた若者が、入り口を潜る。冒険者が次々にダンジョンへ入っていく。

 三人の新米冒険者『星の涙』も後に続いた。

 

「さ、おめえらの番だぜ!」


 マックの言葉で、青い顔をした白騎士が、短剣を鞘から抜こうとする。


「馬鹿野郎!

 こんなところで慣れねえもん出すんじゃねえ!

 ケガするのが落ちだぜ。

 剣はモンスターが出るまで抜くなよ!」


「は、はいっ、兄貴!」


「「白騎士ドジ!」」


 黄騎士と緑騎士が声を合わせる。


「じゃ、ワシの後をついてこい!」 


 マックの背中を追う形で、五人の騎士がダンジョンの入り口を潜った。

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