第8話 ダンジョンと冒険者(3)

 ダンジョンは入り口を抜けてすぐに、通路の幅と高さが広くなり、立って歩けるようになった。

 五人の騎士は、へっぴり腰で必死にマックの後を追う。


 マックが大股で進むので、騎士たちは小走りになっている。

 幸いダンジョンの通路は、岩床が比較的平坦になっており、走るには支障がない。


「ハアハア、こ、これ、軍隊の訓練よりキツイ……」

「「も、もうダメ……」」

「いい運動」

「ひいっ、わ、若いからこのくらい平気なんだから!」


 黒騎士を除き、騎士たちは、かなり疲れが溜まっているようだ。

 その理由の一つが、前方の暗闇から時々聞こえてくる声と音だ。


「マノン、そっち行ったぞ!」

「右から来るぞ!」

「ライン、弓、頼む!」

「おい、新米!

 よく見ておけ!」


 闇の向こうから冒険者たちの声と金属がぶつかるような音が聞こえてくる。

 明らかに、何かと戦っている音だ。

 騎士たちより先を進んでいる『星の卵』の三人も、戦いに参加しているようだ。

 そんな音が聞こえることで緊張を強いられた五人の騎士は、彼女たち自身が思っている以上に消耗していた。


 通路は分かれ道があり、冒険者たちは複数の経路で前に進んでいるらしい。

 分岐点に来ると左右の通路から戦う音が聞こえてくるから、それが分かるのだ。

 白騎士は、手にしたマップに目を落とし、頭にくくりつけた水晶灯の明かりで浮かびあがった線を指でたどる。


「今、私たちがいるのはここね。

 あと少し進むと、広い部屋があるみたい」


 やっと心に余裕が出てきたのだろう。

 白騎士は落ちついた声でそう言った。


 ◇


 通路の左手に開いた、扉のない入り口を潜ると、体育館ほどある広い空洞に出た。

 先行していた冒険者たちも、みんなそこに集まっているようだ。


「ここは、モンスターが現われない部屋だ。

 たっぷりくつろぐといいぜ、ガハハハ!」


 マックはそう言うと、冒険者たちがたむろしているところに向かった。

 今日のダンジョン体験は、この部屋がゴールと決まっている。

 後は来た道を引きかえすだけだ。


「結局、モンスターの姿は見なかったわねえ」


 白騎士のホッとした表情には、少しだけ残念な気持ちが混ざっている。


「「安全第一だよねー!」」


 冒険者から渡してもらったお茶とお菓子を両手に持ち、黄緑姉妹が笑っている。


「物足りない」


 黒騎士は、汗一つ書いていない端正な顔で、ぼそりとつぶやいた。


「愛の魔法でモンスターよ出てこーい、ドーン!」


 それまで疲れて壁際に座っていた桃騎士は、お茶とお菓子で元気が出たのか、立ちあがり、ハートがついたプラスチック杖を振りまわしている。

 勢いあまってハート形の先端が洞窟の壁面を叩いた。

 その瞬間、壁面に幾重かの光る円陣が現れた。

 

「な、な、なんなの、一体!?」


 桃騎士は驚き、後ずさりする形で、よろよろと壁から遠ざかった。

 魔法陣を目にしたベテラン冒険者の顔が強張ると、彼はマックたちがいる所に走っていった。

 数人の冒険者と一緒にやって来たマックが、光る魔法陣を目にする。


「お、おい!

 いってえこりゃなんだっ!?」


「わ、私の杖が壁を叩いたら、そ、そうなっちゃった」

 

 珍しく桃騎士の声が震えている。

 魔法陣を調べていた、革鎧姿の女性冒険者が青い顔で振りむいた。


「トラップね。

 それも、今まで知られていないタイプよ。

 これじゃ、何が起こるか分からないわ」


「ふむ、全てに備えろってことだな」


 マックは、こんな時でも落ちついたものだ。

 彼が、かつてアリストギルドのギルマスをしていたのは伊達ではない。


「おい、部屋の中央に集まれ!

 新米を囲むように円陣を組むぞ!」


 マックの指示は明確だった。

 冒険者たちが素早く動く。

 グズグズしていた白騎士は、マックに首根っこをつかまれ集団の中に放りこまれた。


 壁にある魔法陣の光が次第に強くなる。外側を円形に取りかこむ光る文字が回転を始める。


「来るぞっ!

 油断するなっ!」


 マックが鋭く叫ぶ。

 魔法陣の回転が目に見えないほど速くなる。

 そして、突然、魔法陣が消えた。


 なにも起こらない事にざわつきだした冒険者を、マックが黙らせる。


「静かにしねえかっ!」


 冒険者たちが息をひそめると、カリカリという小さな音が聞こえてきた。

 それは、ひな鳥が卵の殻を割り、外へ出てくるときの音に似ていた。



 ピシッ


 そんな音がしたかと思うと、魔法陣があった壁にひびが入いる。

 ガラガラと音を立て、壁が崩れた。

 壁の向こうは、なぜか薄ぼんやり明るくなっている。


「こりゃ、まずいわね……」


 黒騎士の前に立つ女性冒険者が、緊張した声を漏らす。


「あ、兄貴、ど、どうなってるんです?」


 白騎士がマックに尋ねる。


「あれを見ろ。

 崩れた壁から、奥の通路が見えるだろう?

 それがぼんやり光ってるのが分かるか?

 あれは、高レベルダンジョンに多く見られる通路だ」


「ええっ!?」


 崩れた壁の向こうから漏れでる光に影が映る。

 どうやら、何かが通路の奥から出てくるようだ。

 しかも、それは一匹や二匹ではなかった。


 ◇


 開いた壁の穴からわらわらと小さな人型の生き物が出てくる。

 腰布を巻き、手にはナイフや手斧、棍棒を持っている。

 

「ゴブリンだっ!」


 冒険者の青年が叫んだ。

 

「やばいぜ、数が多い!」


 顔に向う傷がある、中年の男性が声を上げた。

 崩れた壁の辺りは、通路から湧きだすゴブリンに埋めつくされている。


「なんなのあれっ!」

「「こ、怖いっ!!」」

「平常心!」

「愛の魔法が、愛の魔法が……」


 騎士たちは、一人冷静な黒騎士を除き、パニックに陥った。

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