プリンスの騎士編

第1話 騎士たちの異世界旅行

 ここは地球世界日本、近畿地方にある小都市。そこにある人気のカフェ『ホワイトローズ』は閉店の札を戸口に掛けていたが、その中では四人が約束の時間を待っていた。


「あー、楽しみだな~」


 褐色の髪をツインテールにした、セーラー服の女子高校生が、テーブル席で声を躍らせる。

 猫の顔をかたどった緑の髪留めが揺れる。


「もう、緑ちゃん、遠足じゃないのよ!」


 カウンターを拭きながら、鍛えられた長身のマスターがうわついた少女をたしなめる。

 ところで、彼は「緑」と呼んだが、この少女の名前は「緑」ではない。いわば、あだ名のようなものだ。「緑」という名は、この少女が「緑騎士」と呼ばれているところから来ている。つまり、あだ名のあだ名のようなものだと言える。


 緑騎士は白騎士にとがめられたのが不服らしい。


「白騎士って、どうもお母さんっぽいのよね~」

「姉さん、私、白騎士がお母さんなんて絶対イヤ!」


 そう言ったのは、「緑」と呼ばれた少女にそっくりの女子高生だった。セーラー服も同じなので、二人を区別するのは、一見すると髪留めの色だけだ。

 こちらの少女もツインテールを猫の髪留めでまとめていたが、その色は黄色だった。

 細かく見ると、ネイルの絵柄やスマートフォンに着けたアクセサリーが異なるのだが、外見は本当にそっくりな二人だった。


きいちゃん、その言い方だと、白騎士が可哀そうでしょ」


 そう言ったのは、カウンター前のストールに座っている小柄な女性だ。問題はその服装で、いわゆる魔法少女の格好をしている。白とピンクのひらひら衣装の足元は、白いニーソ、赤いエナメルの靴を履いている。頭には白いベレー帽を載せていた。紅茶が香るティーカップの横には、先端にピンクのハートが着いた四十センチほどの魔法杖ワンドが置かれている。二十台後半から四十代まで、その年齢は見た目からだとはっきりしなかった。いわゆる年齢不詳というやつだ。


「桃ちゃん、ありがとう。

 黄緑きみどりちゃんは、冷たいわ~」


 マスターが首を左右に振る。


「「黄緑って言うな!」」


 セーラー服の二人が、ぴたりと声を合わせる。

 その時、入り口の土鈴が鳴り、黒に近い紺色のスーツで上下を固めた、長身の女性が入ってきた。左手で臙脂えんじ色のキャリーケースを引いている。


「「黒騎士、こんちはー!」」

   

 少女たちの声が、再び重なった。


「こんにちは」


 少女二人から「黒騎士」と呼ばれた二十台後半だろう女性は、滑らかな動作での隣に座った。

 宝塚の男役を思わせるシャープな顔の輪郭は、表情が動かない。肩までの黒髪が金髪なら、マネキンになぞらえることもできただろう。


「黒騎士、用意はできた?」


「できた」


 魔法少女の問いかけに黒騎士は短く小声で答えた。

 

「桃騎士、準備は?」


「……私はいつでもオッケーよ」


 魔法少女の顔に寂しそうな影がよぎったが、黒騎士はそれに触れなかった。


「私たちも、いよいよ異世界デビューね」


 グラスを拭きながら、白騎士が片目をつむる。


「「デビューって、ふっる~い!」」


 二人の少女が、蔑むような目を白騎士に向ける。


「リーダーは?」


 桃騎士が白騎士に尋ねる。


「それが、まだなのよね。

 大体、予定が今日の夕方ごろって大まかなものだったからねぇ」


「リーダーが帰ってくるのも、久しぶりよね」


 黄色の髪留めを着けた少女が、感慨深げに言った。

 

「あら、最近帰ってきたのよ。

 なんでも、向こうでバーベキューをするって。

 お肉を買いにきたの」


「ええっ!?

 どうして私たちに声を掛けてくれなかったの?」


 緑色の髪留めを着けた少女が、不満げな顔をする。


「だって、プリンスは帰ってこなかったんだもの」


 プリンスというのは、この五人のが守るべき存在だ。

 彼は小学六年生の男の子だが、現在、異世界の魔術学院に留学中だ。

 そして、今日、騎士たちが「リーダー」と呼ぶ青年が異世界からやってくる。彼女たちを異世界旅行に連れていくためだ。もちろん、彼女たち五人にとり、この旅行における最大の目的はプリンスとの再会だ。異世界旅行も、彼女たちがリーダーにひつこく頼んで勝ちとったのだ。

    

「リーダーはどうでもいいけど、プリンスに早く会いたいわ~」


 引きしまった男らしい顔つきで、白騎士が女性らしい本音を漏らした。


「ほう、俺はどうでもいいと?」


 カウンターと客席の間に、のほほんとした顔の青年がぱっと姿を現す。それはまさに、空間が人間を生みだしたように見えた。

 青年はくすんだカーキ色の上下を着ており、なぜか頭に茶色い布を巻いていた。 

  

「リ、リーダー……」


 白騎士が、あ然とした顔をする。

 彼はすでに何度かリーダーの瞬間移動を目にしているのだが、それが目と鼻の先で起こると、やはり常識が揺さぶられるのだ。


「「シローさん、こんちはー!」」

「歓迎!」

「おっひさー!」


 二人の少女、スーツ姿の女性、魔法少女がそれぞれ青年に挨拶する。


「リーダー、白騎士は留守番役にしたら?」


 魔法少女が、楽しそうな声でそう言った。


「ダ、ダメっ!

 ねえん、シローちゃん、私だけ置いてくなんて言わないわよねぇ」


「「白騎士キモーイ!」」

「みじめ!」


 仲間にこき下ろされ、マスターの目に涙が浮かぶ。


「連れていくよ、心配しないで」


 それを聞いたマスターがカウンターから走りでると、青年に抱きついた。


「あーん、シローちゃん、ありがとう……」


「「白騎士、ますますキモイ!」」


 セーラー服の少女二人が、かなり引いている。


「じゃ、みんな、家族にはきちんと伝えてあるね?」


 五人が頷く。


「みんな、荷物を出して」


 青年の前に、五人分の荷物が並べられた。

 それは一瞬で消えた。

 青年が魔法的空間に荷物を収納したのだ。

 彼の非常識な能力を今まで何度も目にしてきた五人は、それに驚かなかった。

 

「では、みんな輪になって」


 シローと呼ばれた青年が音頭を取る。

 六人が手を繋ぎ輪になった。


「じゃ、行くよ」


 その声と共に、六人の姿がカフェ『ホワイトローズ』から消えた。

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