第11話 元皇太子のたくらみ


 対抗戦で『ウンディーナス』に出場していたタルス魔術学院の六人は、驚くほど軽いケガで済んだ。

 一人が手の指を骨折していたが、これは倒れた時、手をチームメイトに踏まれたからだ。


 対抗戦で最後に作った大きな水玉の先端には、小さな風魔術の玉をつけておいたんだ。

だから、水玉が彼らにぶつかる前に風魔術の玉がゴールにぶつかってはじけ、選手たちは外側に弾きとばされた。

 風魔術の授業で失敗して、いろんなものを吹きとばしちゃったことから考えた工夫なんだけど。

 あのサイズの水玉があの勢いで誰かにぶつかったとしたら、軽い怪我なんかじゃすまないから。


 競技場では、閉会式が始まっていた。

 並んでいるのは、ボクたちアーケナン魔術学院の生徒だけだ。


 タルス側は、『ウンディーナス』に出場していた六人以外、誰もケガをしていないはずなのに、なぜか一人も競技場に現れなかった。

 お姉ちゃんの横に座った、キンベラの国王だろうおじさんも、困った顔をして周囲の人と話をしている。


「閉会のお言葉を、キンベラ国王タリラン陛下から賜ります」


 場内に進行役の声が流れる。

 閉会式が始まり、太ったおじさんが立ちあがる。

 やっぱり、彼がキンベラ国王だった。


「今日は、皆々の競技を興味深く見させてもらった。

 特に、『ウンディーナス』は、生涯忘れることができぬであろう。

 選手のみな、よく頑張った。

 これからも精進して魔術の腕を磨き、自国のみならず、他国の役にも立ってほしい」


「ははははは!」


 この時、突然場内の片隅から、場違いな笑い声が聞こえた。

 ボクが振りかえると、選手入場口に太い槍のようなもの手にした、元皇太子エリュシアスが立っていた。


「父上! 

 あんたは甘すぎる!

 他国を従えてこその国だろう! 

 この場で、そのことをとことん分からせてやる!」


 彼はそう言うと、槍をバズーカ砲のように構え、詠唱を始めた。


 観客の一部も立あがり、詠唱をしているようだ。

 ボクには、緑色と赤色のマナがどんどん槍に吸いこまれるのが見えた。


 エリュシアスの腰に着けたポーチからも、マナが流れだしている。きっと魔力を補う魔道具を使っているのだろう。ボクが皇太子から感じた違和感はこれだったのか。


 観客席で呪文を唱えていた一団が、一斉に出口へと向かう。

 彼らの最後尾が消えた時、エリュシアスが構えた槍の穂先が、シューっと空中に撃ちだされた。それを見届けると彼は、入場口からさっと姿を消した。

 競技場中央の空高く上がった、白く輝く槍の穂先が突然はじけると、大きな火の玉となった。


 ボクが『ウンディーナス』で最後に作った水玉くらいはある。


 それが、ゆっくり高度を下げるのが見えた。

 このままだと、お姉ちゃんやキンベラ国王がいる辺りに落ちそうだ。

 観客席から悲鳴が上がる。


 ボクは、とっさに火魔術で玉を作った。


「「「熱いっ!」」」


 周囲に並ぶチームメイトから悲鳴が上がるが、今はそれどころではない。


 ボクは上空にある火の玉を狙い、それを撃ちだした。ボクの火の玉は、エリュシアスが作った火の玉に下からぶつかった。


 火の玉は、サイズが同じくらいだけど、向こうの方が色が薄い。

 きっと、あちらのほうが温度が高いんだろう。


 ボクの火の玉は、だんだん小さくなっていく。

 このままでは、二つとも観客席に落ちる。


 とっさに風魔術の玉を作り、それを自分が作った火の玉にぶつけてみた。

 風魔術の玉が、火魔術の玉を後ろから押した。

 ボクの火の玉が急に大きくなり、色も白くなった。

 こちらの火の玉が向こうの火の玉より大きくなった瞬間、あちらの玉がバラバラに砕けて宙に散った。

それは、まるで大きな花火みたいだった。


 ボクの火の玉は、しゅっぽっと音を立てて消えてしまった。ボクがやったのではない。

 きっとシローさんの魔法だと思う。

 観客席は、大騒ぎだ。


「皆の者、騒ぐでないわ! 

 余興の花火であるぞ!」


 すっと立ったお姉ちゃんが、威厳のある声でそう言った。

 観客席からパラパラと、拍手が起こった後、それは嵐のような歓声に変わった。


 閉会式が終わり、競技場から観客と選手が引きあげた後、お姉ちゃんとキンベラ国王、警護の騎士たちが客席に残った。

 なぜかボクも呼ばれお姉ちゃんの横に座っている。そして、ボクの隣には、白猫を肩に乗せたシローさんもいた。

 彼の家族は先に帰ったようだ。


 お姉ちゃんが、シローさんに頷く。その合図で、シローさんが指を鳴らした。

 そのとたん、誰も居なかった競技場のまん中辺りに、三十人くらいの一団が現れた。

 皆が青いローブを着ているから、タルス魔術学院の関係者だろう。

 全員、自分がどこにいるか分からないようで、キョロキョロしている。


「エリュシアス!

 その方の企み、もはや全て露見しておる。

 観念せい!」


 キンベラ国王が重々しく言った。


「ち、父上、な、なぜ生きている!?」


 一団の中にいた元皇太子が幽霊でも見たような顔をしている。


「冒険者ギルドから、お前たちの企みは知らされていた。

 複合魔術『メテオ』を使うことまで含めてな」


「そ、そんな馬鹿なっ!」


「親の情けで、一度過ちを犯したお前にチャンスを与えたが、それは間違いであったな。

 ワシのみならず、アリスト女王陛下、罪もない観客まで殺そうとするとは!」


 彼は、深々とお姉ちゃんに頭を下げた。


「タリラン殿、家族を思う心は理解できます」


 そう言いながら、お姉ちゃんがボクの肩に手を置く。


「ま、まことに申しわけないっ!」


 キンベラ王は頭を上げようとしない。


「頭を上げてください。

 あなたから知らされていたからこそ、準備もできたというもの。

 今回のことで、両国の絆は強まりこそすれ、ほころびたりはしません。

 彼らの事は、王に任せます」


 お姉ちゃんのその言葉でやっとキンベラ王が顔を上げた。


「ところで、塩に関する関税の件ですが……」


 お姉ちゃんは、なぜか国同士の込みいった話を始めてしまった。

 ボクは全然分からない話に退屈して、シローさんを見上げた。

 シローさんは、肩をすくめてウインクした。


 こうして、波乱続きだった魔術競技会は幕を閉じた。

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