第40話 大きなるものの国(3)


 俺は、『大きなるものの国』の森で、巨人族の老人を前にしていた。 

  

「あなた様は、もしかしてシロー殿では?」


「ええ、そうですが、どうしてそれを?」


「私は、ここの里長さとおさでバルクと申します。

 神樹様から、あなたのお話をうかがっております」


「神樹様から?」


 俺は驚いた。

 この里にも、神樹様がいらっしゃるのだろうか?

 それにしても、どうやって神樹様から俺の事を聞いたのだろうか?


「この度は里の者を連れもどしていただき、誠にありがとうございます。

 このディガは、この十年の間、必死でその子を探しておりました」


 彼は、地面に横たわる巨人とチビを順に指さした。


「とにかく、私の家までおいで願えませんか?」


 見上げるほど大きなおじいさんが頭を下げる。


「バルクさん、俺にそんな態度は取らないでください。

 チビを連れてきたのは、彼が俺の友達だからです」


「しかし――」


 彼がまだ何か言いそうなので、俺は彼の言葉に乗ることにした。


「では、お宅にうかがいましょう。

 案内をお願いします」


「承りました。

 おい、お前たち、ディガを担いでいけ」


 老巨人は、槍を持っていた男たちにそう指示した。


「ああ、それには及びませんよ」


 俺は大きめのボードを取りだし、点で吊りあげたディガをその上に降ろした。


「こ、これは!?」


「ああ、これ、俺のスキルなんです。

 では、案内を頼みますよ」


「は、はい」


 バルクは、俺とチビを連れ、森の中を歩きだした。


 ◇


 バルクの先導で森の中を歩く。周囲の森が次第に深くなり、木々が大きくなってくる。 

 俺はエルファリア世界、『聖樹の島』にある巨木の森を思いだしていた。


 やがて、今まで幾度となく感じたことがある気配が近づいてくる。これは、神樹様の気配だ。

 しかも、その気配が、かつてなかいほどに濃い。

 

 木立の中から、いきなり開けた場所に出たとき、その理由に気づいた。

 そこには巨人族の集落だろう、大きなログハウスがたくさん建っており、集落の向こうには、大小の木々がこんもりと集まった小さな丘のようなものが見えた。

 濃厚な神樹様の気配は丘の方角、つまり、集落の中心から感じられる。

 

「バルクさん、あの木々ですが――」


「やはり、気がつかれましたか。

 我々がお守りしている『鎮守ちんじゅもり』です。

 あの杜の木は、全て神樹様です」


 ◇


 巨人族の大きなログハウス、その中でも特に大きな棟に招きいれられた俺は、バルクさんに確認してから、点ちゃん一号に待機していた仲間をそこに瞬間移動させた。

 突然現れた彼らに、しかし、バルクさんはあまり驚かなかった。

 一方、仲間たちは、巨大なログハウスの中にいきなり現れ、自分たちが小人こびとになった感覚なのだろう、みなキョロキョロ周囲を見まわしている。 


「どうぞ、こちらにお座りください」


 通された部屋の中央には、囲炉裏と言うには大きすぎる、焚火用の区画があり、六畳ほどもあるそこでは、キャンプファイアーほどもある火が燃えていた。

 

 木造の家で、これほどの火を起こすのは、危険なのではと思ったが、すぐにバルクさんが、その疑問に答えてくれた。


「我々巨人族は、あまり魔術が得意ではありませんが、子供の頃から一つだけ鍛える属性魔術がありましてな。

 それは水の魔術です。

 この家は、水の魔術による結界に守られています。

 そして、『鎮守の杜(もり)』は、さらに三重の結界に守られています」


 仲間たちは、大きな火にじっと見入っている。  


「文化祭のキャンプファイヤーを思いだすなあ」  

  

 体育座りをした加藤が、そんなことをつぶやいている。

 

 やがて、小さなお盆を両手に一つずつ載せた巨人族の若い女性が数人、部屋に入ってきた。

 彼女たちは目をキラキラさせ、俺たちの方を見ている。 

 一人一人の前に、お盆を置いていく。

 小さく見えていた木製のお盆は、目の前に出されると、とても大きく、畳み半畳ほどもあった。

 そのお盆の上には、これも木製のお椀とスプーンがあり、お椀に入ったスープからは、湯気とともに食欲をそそる匂いが立ちのぼっている。


「この日ために、細工師につくらせました。

 どうぞ召しあがってください」


 口にして大丈夫か、念のため点ちゃんに成分チェックをしてもらってから、スープを味わう。それは、とても繊細な味がした。


「旨いですねえ!」


 お世辞ではなく、言葉が出る。


「外の森で採れる様々な植物の根や、ドーと言う、動物の脂が入っております」


「バルクさん、私たちがここに来ると分かっていたのですか?」


「ええ、おばば様から、そううかがっておりました」


 ふ~ん、「おばば様」というのは、神樹の巫女かな?


「俺の事も、その方が?」


「はい、そうです。

 シロー殿、かなり前から、あなたのご活躍はうかがっておりました」


 周囲の景色に圧倒され忘れていたが、遅ればせながら仲間を順に紹介する。


「紹介が遅れましたが、こいつは俺の友人で加藤です」


「こんにちは、加藤です」


「おお、あなたが勇者ですか」


 どうやら、おばば様は、『初めの四人』についても知っているらしい。

 

「こちら、ドワーフ皇国の皇女デメルと皇女シリルです」


「おお、小さき人よ、長い間、我らを守ってもらいありがたく思う」


「お、おおそうか?」


 シリルが照れている。


「こちらの四人は、竜人という種族です。

 ドラゴニアという世界から来ました」


「ほう、竜が棲むという世界ですな」

 

「ええ、そこから来ております」


「何か目的があるのですかな?」


「そのへんは、おいおい詳しくお話しします」


「シローよ、例の話をせずともよいのか?」


 デメルが口をはさむ。


「ええ、今から説明します。

 バルクさん、今日ここに来たのは、チビ、ああテガでしたか、彼を連れてくることのほかに、大事なお話があったからなんです」


「この里の安全が、脅かされているのですな?」


「どうしてそれを?」


「おばば様から、うかがっております。

 英雄が訪れるのは、すなわち、そういう危機が訪れるときだと」


「シロー、英雄とはたれじゃ?」


 シリルが尋ねるが、ここは無視しておく。


「ご存知でしたか。

 今までここを守っていたドワーフ皇国で、クーデターが起きました。

 人族の国でもです。

 その二国が、共にここを攻めようとしています」


「なんと!

 やはり、災禍の時代がまた来るのか」


「長、災禍の時代とは?」


「二百年ほど前に、やはり小さき人が、ここを攻めたことがありましてな。

 我々の祖先が半数ほども死んだ、と伝えられておるんです。

 小さき人は、北の森で採れる石を、たくさん持ちだしたと言われております」


 きっと、竜の動きを封じるドラゴナイトの事だな。


「デメル、君、ドラゴナイトの事を知ってるか?」


「ええ、もちろんよ。

 ポポや竜人奴隷を大人しくさせるために使う石でしょ。

 産出量が少ないから、非常に貴重なものなの」


 なるほど、それの鉱脈が森の中にあるとすると、それだけでもここが狙われる理由になるな。


「神樹様の事も知っているかい?」


「ええ、竜人奴隷の首輪には、ドラゴナイトと神樹の繊維が使われているそうよ」


 なぜ争いが盛んな時代ほど神樹様が多く伐採されたのか、その理由がやっと分かった。

 学園都市世界が獣人世界に広がる森を伐採したのも、その辺に理由があったのだろう。膨大な数の首輪を作るために。


「おい、ボー、何とかするんだろ?」


 加藤が真剣な顔でこちらを見ている。


「ああ、この際だ。

 シリルが体験したことを、この世界の人々に体験してもらおうか」


「しょうがねえなあ」


「まあ、一時的な事だし、子供たちには手を出さないから」


「シロー殿は、何をしようとしているのです、勇者殿」


「ああ、こいつは、子供を除くこの世界の住民全てに首輪を着けるつもりなんだよ。

 まあ、あんたら巨人は除くんだろうけど」


「そ、そんなことが可能なんですか?!」


 長が大きな目を丸くしている。


「まあ、ボーのやることに一々驚いてたら、身がもたないよ」


 その時、ドタバタ音がして、入り口からチビが入ってきた。

 足元には、ピンクのカバ、ポポもいる。


「ご主人様ー!」


 彼は、俺を見つけると、すぐに側に来た。


「チビ、お母さんにも会えたかな?」


「うん、会えたー!」


 部屋に、ディガと一人の巨人女性が入ってくる。

 女性は、バルクさんに頭を下げた後、俺に話しかけた。


「あなたが、シローさんですか?」


 女性の声は、深く優しいものだった。


「ええ、そうです」


「私は、テガの母親チーダです。

 この子を救ってもらい、本当にありがとうございました」


「お母さん、俺と彼は友達です。

 だから、恩に着る必要はありませんよ」


「そうは言っても――」


「チーダよ、英雄殿のお言葉じゃ。

 有難くお受けしなさい」


 バルクさんが、取りなしてくれる。


「はい」


「シロー、お主が英雄なのか?」


 シリルの純真な目が痛い。


「あー、シリル様、その事は後ほど」


「え、英雄様とは知らず……」


 チビの父親ディガが、蒸しかえそうとする。

 着けておいた点で、彼を森の中に瞬間移動させた。


「あ、あの人は?」


 チーダさんは、突然夫が姿を消したので慌てている。


「大丈夫です。

 森の中に移動しただけですから。

 すぐに戻ってきますよ」

 

『(・ω・)ノ ご主人様、容赦ないですね~』      


 とにかく、俺のことを英雄と呼ぶような芽は、早めに摘んでおくに限るからね。


『(・ω・) うまくいけば、いいですけどね』


 点ちゃん、怖い事、言わないでよ。

 みんなから英雄なんて呼ばれたら、俺、引きこもっちゃうよ。


『(?ω?) 引きこもるって何ですか?』


 あー、それも説明が面倒だから、また今度ね。

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