第27話 コリーダの帰郷
真竜の母三人の内、最も長い道のりを越えなければならないコリーダは、馬の背に乗り、北東を目指していた。
彼女は、前を行くリーヴァスを追うのに必死になっていた。
小さなころ習っただけの乗馬技術で、ベテラン冒険者を追うのは、大変な苦行だった。
しかし、これには竜人たちの、そしてきっとナルとメル、そして子竜たちの命が掛かっている。
彼女は歯を食いしばり、馬の手綱にしがみつくのだった。
大陸中部にある砂漠を迂回し、狐人領へたどり着くのに十日もかかった。
神樹の根元に築かれた巨大な城にたどり着くと、コリーダは気を失ってしまった。
リーヴァスが彼女を背負い城の中へ向かう。
前もってギルドから知らせを受けていたため、城の入り口でコルネが出迎えた。
「リーヴァス様、お久しぶりです」
「ああ、コルネ殿、彼女を休ませたいのだが」
「はい、お部屋を用意してあります」
コリーダを丸一日休ませたリーヴァスは、その間にコルネに彼女の姉コルナの近況を知らせた。
「そうですか、姉さんは猫賢者様と修行をしているのですね」
「そうです。
これからの事を考えると、どうしても必要な修行ですが、コルナにしかできそうにありませんでしたからな」
「修行が終わると、姉はこちらに帰って来れますか?」
「うむ、あなたにはすまないが、シローがいる世界へ、ポータルを潜ることになると思う」
「そうですか。
シローが聖樹様のお導きで動いている限り、それが最善なのでしょう……。
どうか、姉上をよろしくお願いします」
そう言うと、コルネは目を閉じ、祈るように手を合わせた。
「うむ、分かりましたぞ」
到着してから二日後、コリーダが目を覚ますと、リーヴァスは彼女と共に神樹の幹に開いたポータルを渡った。
◇
ポータルから出ると、そこは清々しい朝の森だった。
「お父さん!
どうなってるんです?」
エルファリア世界側の出口である神樹の前には、リーヴァスの娘であるエレノアが待ちかまえていた。
「エレノアや、落ちつけ」
「でも、ルルが……」
「ハニー、ルルのことだ。
心配ないさ。
俺たちは、お父様をお助けすることに全力を尽くそう」
ルルのことがあるので、動揺しているかと思っていたレガルスは、かえって冷静だった。
「あ、あなた、そうは言っても――」
「ルルが向かう先には、あの『黒鉄シロー』がいるんだよ。
それに、彼女は、自分の娘たちを助けにいくんだ。
俺たちが心配する必要はないぜ」
普段のルルに対するダメパパ振りが信じられないほど、レガルスは落ちついていた。
「レガルス、ルルが心配させてすまぬな」
「いえ、彼女ならきっと大丈夫です」
「このような時は、お主がいてくれて頼もしいぞ」
「ははは、いつもは、だらしないですからね」
レガルスには、その自覚があったらしい。
そのとき、朝もやを抜け黒い馬車が現れた、黒いローブを着た高齢の女性が降りてきた。
「リーヴァス、元気かい?」
スラリと立つこの女性は、ギルド本部の
「お久しぶりです。
この度は、ギルドにひとかたならぬご助力をいただき、ありがとうございます」
リーヴァスが彼女の前に膝を着く。
「ほほほ、相変わらず堅いねえ、あんたの挨拶は。
それより、シローはどうしてるんだい?」
ミランダは誰よりシローの情報に精通しているから、これは形式的な質問だ。
「スレッジ世界にさらわれた竜人を追い、ポータルを渡ったと考えております」
「まあ、あの子は、自分より人を先にするタイプだからねえ。
あんたが、もうちょっと何とかできなかったのかい?」
「……」
これには、リーヴァスも返す言葉がない。
「シローは、フットワークが軽すぎるからね。
今回は、それが裏目に出なきゃいいが……」
彼女は少しの間、黙って目を閉じていたが、それを開けたときには、すでにギルド長の顔になっていた。
「コリーダ姫を連れて、エルフ国へ行くんだろ。
うちの『エスメラルダ』を使いな」
『エスメラルダ』はギルド本部自慢の高速帆船だ。
「はっ、ありがとうございます」
ミランダはローブから黒いワンドを取りだすと、呪文を唱えた。
キラキラした光が、コリーダを包む。
彼女の顔色が目に見えて良くなった。
「聖女様のようにはいかないけどね」
「ありがとうございます」
ミランダは、馬車にリーヴァスとコリーダを招きいれると、セントムンデの港に向け、進路を取った。
◇
セントムンデの港からエルフの国へ一週間の船旅、その後は馬車で二週間かけ、二人はやっとのことでエルフ国へ着いた。
コリーダは、旅の疲れで倒れようとしたところを、お后である母親に抱きかかえられ、そのまま寝室へと運びこまれた。
リーヴァスは、浴室でさっと身を整えると、友人でもあるエルフ王と会った。
謁見の形をとらなかったのは、事が国の秘密に関わることだからだ。
リーヴァスは、王にエルフ国に来るでの大まかな経緯を説明した。
「な、なんと!
それでは、コリーダは、真竜の母親となっておるのか!?」
「陛下、その通りでございます」
「……とんでもないことだな。
しかも、シロー殿を追った子竜にコリーダの『子供』が入っておるのか?」
「その通りでございます」
「ふう、えらいことになっておるの」
「実は、もう一つ報告がありまして」
リーヴァスは、この旅で、ギルドから内々に一つの指名依頼を受けている。
それは、ポータルズ世界が崩壊の危機に瀕していることをエルフ王に知ってもらうことだ。
もちろん、これは国王だけが知る秘密としなければならない。
「ポータルズ世界群の消滅……」
話を聞いたエルフ王は、あまりのことに言葉を失う。
「今まで、シローが動くたびに世界群の危機が軽減されております」
「どうして、それと分かる?」
「細かいことは山ほどあるのですが、聖樹様がそうおっしゃったこと、そして彼が覚醒した職業で、はっきりしております」
「覚醒?
彼は、すでに魔術師に覚醒しておったではないか」
「聖樹様、神樹様のお導きで、再び覚醒いたしました」
「……相変わらず常識外れじゃな、シローは。
で、何に覚醒したのじゃ?」
部屋は人払いがしてあり、国王とリーヴァスの二人だけだったが、リーヴァスは、わざわざ国王の耳元でささやいた。
「なっ、え、英雄……」
思わず王が漏らしてしまった言葉が、驚きの大きさを示していた。
「うーむ、それならば今までの事も、その方が申した事も、全てうなずけるの」
ノックもなしにドアが開くと、コリーダが入ってきた。
王妃や、四人の姉妹もそれに続く。
「今は、リーヴァス殿と大切な話をしておる!
そちらは、しばし控えておれ!」
国王が厳しい声で告げる。
話している内容が内容だけに、これは仕方がないことだ。
「お父様、そのような余裕はありません。
至急、『黒竜の角笛』をお貸しください」
「なんだと?!
コリーダ、お前は、なぜあれの事を知っておる?」
「子供のころ、宝物庫で手に取りました」
「ぬう、宝物庫を管理していた者たちは、何をしておったのだ!」
「父上、その者たちを罰してはなりません。
そのおかげで、世界群が救われるかもしれないのですから」
コリーダにとっては、シローがいない世界など意味はないから、それはまさに言葉通りだろう。
「……よかろう。
お主の望みどおり、『黒竜の角笛』を下賜いたそう」
「お父様、お貸しいただくだけで十分です。
下賜など――」
「まあ、そう言うな。
コリーダ、さきほどお前は私を父上と呼んだな。
下賜する理由には、それだけで十分だよ」
「お父様……」
「リーヴァス、すぐにスレッジ世界へ向かうのだろう?」
「はっ、一刻の猶予もございません」
「途中の宿は、こちらで用意する。
事が終われば、コリーダを連れ、また来てくれ。
これは、友人としての頼みだ」
「はっ、分かりました。
では、良い風を」
リーヴァスは王族向けの挨拶ではなく、友人としての挨拶を返した。
「コリーダ!」
「「お姉様」」
「お姉ちゃん」
四人の王女がコリーダにまとわりつく。
彼女は姉と抱きあい、妹の頭を撫でた。
「みんな、元気でね。
また来るわ」
「本当よ、絶対また来てね!」
最後に、お妃がコリーダと向きあった。
「コリーダ、また帰ってきてちょうだい」
コリーダは、母親の体に軽く腕をまわした。
「また来るわ、お母様」
初めてそう呼ばれ、嬉し涙にくれる王妃と、四人の姉妹を残し、コリーダとリーヴァスは部屋を後にした。
◇
「なに?
リーヴァスとコリーダ姫が城に来ている!?」
口ひげを生やした、大柄な貴族が大声を上げる。
「はっ、間違いありません」
「シローという冒険者はどうじゃ?」
「今回は、二人だけのようです」
「そうか、ちょうど良い。
目にもの見せてくれるわ!」
このエルフの貴族は、かつて史郎たちがエルフ国の危機を救った際、いちいち邪魔をしようとしたことで、今では爵位を下げられ、細々と毎日を生きている。
この男は、もしリーヴァスたちに何かあれば、世界群が消滅するかもしれないなどとは、夢にも思っていない。
エルフ王城から西海岸まで続く街道沿いにある街の郊外には、王族の別荘があるが、リーヴァスとコリーダが旅の足をここで休めた夜、そこを二百人にも及ぶエルフ兵が取りかこんだ。
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