第10シーズン 奴隷世界スレッジ編

第1部 再覚醒

第1話 再覚醒

 読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。

 このお話から、『ポータルズ』第十シーズン、『奴隷世界スレッジ編』開始です。

 例のごとく、最初にポータルとここまでの粗筋がありますから、それを読むのが面倒な方は、二つ目の『◇』からお読みください。


――――――――――――――――――


『ポータルズ』 


 そう呼ばれている世界群。


 ここでは各世界が『ポータル』と呼ばれる門で繋がっている。

『ゲート』とも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。

 この門には、様々な種類がある。


 最も多いのが、二つ対になった『ポータル』で、片方の世界からもう一方の世界へ通じている。

 このタイプは、常に同じ場所に口を開けており、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般市民の行き来にも使われる。

 国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。


 他に一方通行の『ポータル』も存在する。

 このタイプは、前述のものより利便性が劣る。僻地や山奥に存在することが多く、きちんと管理されていない門も多い。

 非合法活動するやから、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。


 また、まれに存在するのが、『ランダムポータル』と呼ばれる門だ。

 ある日、突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。そして、長くとも一週間の後には、跡形もなく消えてしまう。


 この門がどこに通じているかは、まさに神のみぞ知る。なぜなら、『ランダムポータル』は、ほとんどの場合、行く先が決まっていないだけでなく一方通行であるからだ。

 子供が興味半分に入ることもあるが、その場合、まず帰ってくることはない。

 多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われている。


 ◇


 ある少年がポータルを渡り、別の世界に降りたった。

 少年の名は、坊野史郎ぼうのしろうという。

 日本の片田舎に住んでいた彼は、ランダムポータルによって、異世界へと飛ばされた。


 そこには、中世ヨーロッパそっくりの社会があった。

 違うのは、魔術と魔獣が存在していたことだ。


 特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。

 現地では、それを覚醒と呼んでいた。


 転移した同級生四人のうち、他の三人は、それぞれ『勇者』、『聖騎士』、『聖女』というレア職に覚醒した。しかし、史郎だけは、『魔術師』という一般的な職だった。

 レベルも1しかなかったが、なにより使えるのが『点魔法』だけだった。この魔法は、視界に小さな点が見えるだけというもので、役に立たない能力しか持たない彼は城にいられなくなってしまう。


 その後、個性的な人々との出会い、命懸けの経験、そういったものを通じ、彼は少しずつ成長していった。


 初め役に立たないと思っていた点魔法も、その人格ともいえる存在『点ちゃん』と出会い、少しずつ使い方が分かってきた。

 それは、無限の可能性を秘めた魔法だった。


 史郎はこの魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした国王一味を壊滅させた。


 安心したのもつかの間、幼馴染でもある聖女が、一味の生き残りにさらわれ、ポータルに落とされてしまう。



 聖女の行先は、獣人世界だった。

 後を追いかけ、獣人世界へと渡った史郎は、そこで新しい仲間と出会い、その協力で聖女を救いだすことに成功する。


 しかし、その過程で、多くの獣人たちがさらわれ学園都市世界へ送られていることに気づく。


 友人である勇者を追い、史郎は学園都市世界へ行き、彼と力を合わせて、捕らわれていた獣人たちを開放する。



 ところが、秘密施設で一人の少女を見つけたことから事態は新たな展開を見せる。

 その少女は、エルフの姫君だった。彼女から、エルフの世界への護衛を頼まれ、史郎は彼の家族と共にポータルを渡る。

 エルフの世界で、彼らはエルフ、ダークエルフ、フェアリスに係わる多くの謎を解き、三種族の争いに終止符を打つ。



 エルフ王からもらった恩賞の中には竜人世界に由縁のある宝玉が含まれていた。

 そして、この貴重な宝玉を奪おうとした者が史郎の仲間をさらう。仲間を救出したまではよかったが、史郎は宝玉が開いたポータルに巻きこまれてしまう。


 ポータルによって送られた先は竜人が住む世界ドラゴニアだった。その世界を支配する暴君一味に打ち勝った史郎は、後から合流した仲間と共にドラゴニアの空に浮かぶ大陸、天竜国へ向かう。


 天竜国は、竜が住む世界だった。天竜と真竜を苦境から助けた史郎は、聖樹の招きで再びエルファリアを訪れる。聖樹が彼に与えた能力は、世界間を渡る力という途方もないものだった。

 かつて、地球から異世界に飛ばされた史郎とその仲間は、この力を使って再び地球に戻るのだった。



 史郎とその仲間は、久しぶりに帰った故郷の世界で、様々な困難を乗りこえ、再び異世界に立ちもどった。

 彼らが地球世界から異世界に連れてきた少女が、『聖樹の巫女』に覚醒する。

 

 『聖樹の巫女』は、ポータルズ世界群が危機に陥ったとき現れる存在だった。その危機に対処するため、史郎は、異世界で、そして地球で、少女を守りながら、神樹たちの力を取りもどしていく。


 地球世界で、数多くの神樹を救った史郎とその仲間は、再びアリストがあるパンゲア世界に帰ってきた。

 

 これは、そこから始まる物語だ。


 ◇


 俺たちがポータルから現れたのは、アリストにあるルルと俺の家、『くつろぎの家』の庭だった。

 異世界転移が初めてのターニャとイリーナは、目を丸くして立ちつくしている。


「ターニャさん、イリーナ、わが家へようこそ」


 ルルが二人を連れ、家に入った。

 残りの者も、ぞろぞろと後に続く。


「おうちだー!」

「おかえりーっ!」


 ナルとメルが家に駆けこむ。

 メルは、『ただいま』をまだ覚えていないようだ。


 リビングに入ると、デロリンとチョイスが、忙しく働いているところだった。


 俺たちは、デロリンが作ってくれた絶品の軽食を食べると、早めに寝室に入った。

 ヒロ姉は、さっそくマスケドニア王宮に瞬間移動させておいた。


 ◇


 帰ってすぐは、荷物整理とお土産配りをした。

 三日後に女王陛下への報告があるから、それまでの時間を使い、イリーナとターニャさんをグレイル世界にいる聖女舞子の元へ連れていく。


 最初、俺とイリーナを交互に怪しむような目で見た舞子だったが、イリーナの体に触れるとすぐに聖女の顔になった。


「ああ、温かいです」


 治癒魔術の光に照らされたイリーナの顔色が、見ているうちにも良くなるのが分かった。


「舞子、どうかな?」


「うん、もう大丈夫だよ」


「……シローさん、これは?」


「ターニャさん、俺がイリーナを異世界につれて来たのは、聖女からの治療を受けさせたかったからです。

 彼女の体は、これで完治しました」


「……ど、どういうことでしょう?」


「ここにいる彼女こそが聖女です。

 彼女がイリーナに治癒魔術を掛けたのですよ」


「せ、聖女様……」


 涙を流しはじめたターニャさんがひざまずき、舞子の手を自分の額に押しつけている。

 舞子は微笑みを浮かべ、そんなターニャさんを見下ろしていた。


 治療後、舞子をアリストに誘ったが、ケーナイの町で定期的に開いている治療の日に当たっているということで、彼女はそれを断った。


「聖女様、ありがとう!」

「イリーナを治してくださり、感謝の言葉もございません」


 去り際、イリーナとターニャは、涙ながら舞子に感謝していた。 

  

 ◇


 アリスト城で女王陛下と謁見する日が来た。


 イリーナに水盤の儀を受けさせるよう、俺は前もって陛下と打ちあわせてあった。

 女王陛下の前にひざまずいた俺は、イリーナとターニャを紹介する。


「イリーナとやら、よう参った。

 城でゆるりと過ごすがよい」

  

「有難きお言葉」


 イリーナが、俺に教わった言葉で答える。


「では、これより水盤の儀をとりおこなう。

 ハートン」


「はっ!」


 筆頭宮廷魔術師であるハートンが、大きな体に似合わぬ機敏さで、水盤を持ってくる。

 俺はイリーナの手を取り、水盤に近づける。


 水盤が眩しく輝き、文字が浮かび上がる。

 そこには『聖女』の文字があった。

 そして、少し離れた所に、『魔術師』あと一つの文字が。

 どうやら、俺の手が水盤の上にあったため、俺の分も職業が表示されたらしい。


 ハートンの手がブルブル震え、水盤を落としそうになったので俺が支える。 

 まっ青になり、動けなくなった彼の代わりに俺が水盤を持つ。


 念話を通じ、女王陛下に頼んで人払いしてもらう。

 騎士長レダーマンだけは、どうしても残ると言いはったので放っておいた。

 

 彼以外が『王の間』から出ていくと、女王陛下の前には、床にうずくまり動けないハートン、そしてイリーナ、彼女の介添え役のターニャ、あと俺しかいなくなった。


「で、ボー、何が起こったの?」


 女王畑山が友人の顔になる。


「そうだね、あと一人だけ試してから説明するかな」 


 俺が指を鳴らすと、つい今しがた念話したルルが姿を現す。

 彼女は女王陛下に礼をした後、こちらを向いた。その表情に驚きが見られるのは、先ほど念話で知らせたことからくるものだろう。


「シロー……」


 俺は彼女に頷くと、手で支えている水盤を目で指した。

 ルルがそれに手をかざす。


 すぐに浮かび上がった文字には『剣士』の文字があった。

 剣士は、魔法使いと同じく、ごく一般的な職業だ。


 強い光を放ちはじめた水盤から、もう一つの文字が浮かびあがる。

  

『竜の巫女』


 文字は、そう読めた。

 俺は畑山さんを手招きすると、それを見せた。

 彼女の指輪は、他言語の文字を読みとる性能がある。


「こ、これは!?」


 レダーマンが近づいてこようとしたので、畑山さんに彼が動かないよう指示してもらう。

 俺はルルに水盤を持ってもらい、指を二度鳴らす。


 念話で瞬間移動を知らせておいたコルナとコリーダが、謁見用のドレスを身につけ現れる。コルナは黄色、コリーダは黒色だ。 

 

「お兄ちゃん!」

「シロー!」


 二人を手招きし、それぞれ水盤に手をかざしてもらう。

 やはり水盤が光り、『竜の巫女』が表示された。 

 コルナとコリーダが着けた多言語理解の指輪では、この国の文字は読めないから、二人は戸惑っているだけだ。


「ど、どういうことなの?」


 驚きが増す畑山さんに、手を水盤にかざすよう頼む。


『聖騎士』


 彼女の職業が表示されたが、水盤は光らなかった。

 畑山さんだけに念話で俺の予想を話す。


『おそらく特定の体験をした者だけに、二度目の覚醒が起こるらしいんだ。

 可能性がある者を全員試してもいいかな?』


 彼女が驚いた顔のまま頷いたので、俺のパーティ全員を瞬間移動させた。

 ナル、メル、リーヴァスさんは、『くつろぎの家』から、ポルとミミは報告に訪れていたアリストギルドから、エミリーと翔太はお城の一室から、この部屋に現れた。

 ナルは白猫ブラン、メルは黒猫ノワールを抱いている。

 その足元で猪っ子コリンもチョロチョロしている。


「「女王さまー!」」


 ナルとメルが猫を家族に預け、畑山さんに抱きつく。

 彼女はいつものようにナルとメルの頭を撫でてくれたが、顔からは驚きの表情が消えていない。


 俺はポルを手招きする。

 彼が水盤に手をかざすと、水盤は二度光った。


 最初の光で『剣士』、二度目の光で『魔剣士』が表示される。

 ポルは、今まで一度も水盤の儀をおこなっていなかったはずだ。


 ミミの覚醒は、最初が『料理人』、次が『軽業師』というものだった。

料亭の娘だから『料理人』は分かるけれど、『軽業師』って何だ?


 次にエミリーに水盤の儀を受けさせる。文字が光ったから、再び覚醒はしたのだろうが、『聖樹の巫女』という表示は変わらなかった。

 水盤には、『聖樹の巫女』という文字が二つ浮かんでいる。


 翔太も再び覚醒する。浮かんだ文字は、『大魔術師』

 元々、伝説の魔術師ヴォーモーンクラスだった彼が、どれほどの力を得たか、それを知るのがちょっと怖いね。


 ナルとメルが小さな手を水盤にかざすと、水盤は一度だけ光った。

 どうやら、古代竜は、一度目か二度目、どちらかの覚醒しかしないらしい。

 浮かんだ文字は『覚醒真竜』だ。


 俺はあることを思いついき、ナルとメルに猫を水盤のところまで連れてきてもらう。

 メルが黒猫ノワールの肉球を水盤の上にもっていくと、やはり水盤が一度光った。『大喰おおぐらい』と表示されている。

 ナルが白猫ブランに同様のことをさせる。こちらは、『夢喰ゆめくい』の文字が浮かんだ。

 コリーダが猪っ子コリンを抱え、その前足を水盤にかざすと、『変化者』と表示された。


 念のため、リーヴァスさんにも試してもらう。普通は三十歳くらいになると覚醒は起こらないらしいが、これは通常の覚醒ではないからね。

 思った通り水盤が光り、『魔剣士』に続き『守護者』という文字が表示された。

 水盤が光ったことで、リーヴァスさん自身が一番驚いている。


「ボー、これってどういうこと?」


 やっと驚きから覚めた畑山さんが尋ねる。  

 彼女だけに念話を繋ぎ、自分の予想を話してきかせる。


『俺たち、この前地球に帰ってた時、特別な体験をしたんだ』

 

『どんな体験?』 

  

『地球で各大陸を巡り、神樹様をエミリーが癒したんだよ』


『世界群が消滅する危険を避けるためね?』


『そう。

 で、そのとき、地球の神樹様から祝福をもらったんだ』


『ふーん、祝福って何なの?』


『それがよく分かってなかったんだ。

 パレットのスキル欄にも、「神樹の祝福」と表示されるだけで効果が書いていなかったからね』


『じゃ、祝福の効果が、さっき起こった二回目の覚醒ってことね?』


『恐らくそうだと思う』


『で、あんたは何に覚醒したのよ』


『いや、それより、レダーマンとハートンさんがこのことに気づいたかもしれないから、くれぐれもそのことを秘密にするよう念を押しておいてね』


 自分が何に覚醒したのか、それをどうしても知られたくなかったので、話を逸らしておく。


『まあ、それは、分かったけど……』


 畑山さんがさらに何か聞きたそうな顔をしたので、念話を切る。

 イリーナとターニャさんに女王陛下に対する正式な辞去の礼をさせると、家族と仲間を連れ、瞬間移動で『くつろぎの家』に帰った。

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