第50話 新天地へ



 異世界に出発する朝、ポータルを渡る者とそれを見送る者が、『地球の家』に集まった。

 異世界に渡る研究者六名は、最終面接で『・』をつけておいたから、瞬間移動で呼びよせた。


 見送りは、加藤夫妻、ヒロ姉、渡辺夫妻、畑山のおやじさん、ハーディ卿、翔太の『騎士』、柳井さん、後藤さん、それと昨日来た三人の研究者だ。

 緊急時に備え『異世界通信社』に残っている遠藤は、映像で参加する。

 驚いたことに、林先生が異世界科の生徒たちを連れ、見送りに現れた。


「生徒たちに転移を見せてやりたくてな」


 確かに、それは最高の実地研修だろう。

 生徒たちには、『地球の家』の中も案内してやる。


「うわっ! 

 なに、このお風呂の広さ!」

「この灯り、なんだろう。

 すごく心が安らぐなあ」

「それより、どんだけ広いの、この家!」


 ああ、そうそう。彼らには、出発前にサプライズが提供できるな。

 このサプライズは、今のところ俺とエミリーしか知らないから、家族も驚くはずだ。


 全員が出発に備え、『地球の家』の建物がとり囲んでいる、正方形の中庭に集まった。


 ◇


 異世界に渡る人々を庭中央に円形に集め、見送る人々を家の壁際に配置した。


 異世界に転移するメンバーに漏れがないか、中央に集まった人々を一人一人確認してく。

 俺の家族と仲間だけなら一目で分かるが、今回は研究者もいるからね。

 研究者は全員が緊張した面持ちをしているが、同時に興奮も隠せない様子だった。

 これなら安心だなと思った時、一人、そこに居てはならない人物を見つけた。

 ヒロ姉だ。


 見送り組のはずの彼女が、なぜか転移する研究者の隣に平然と立っている。

 俺と目が合うと、あらぬ方を見て口笛を吹くふりをしている。

 あんたは小学生か!


 振りかえると、加藤のおばさんとおじさんが俺に向かい、ごめんなさいのジェスチャーをしている。

 彼らが許しているなら、まあかまわないだろう。

 ヒロ姉は、向こうに居場所もあるしね。

 しかし、ただでさえぎりぎりの人員でまわしている『異世界通信社』の業務に支障をきたすではないか。


 ふと、サブローさんの方を見ると、手でオッケーのサインを出している。

 彼らがサポートするつもりなのだろう。


 全く、ヒロ姉の破天荒な行動には、毎回毎回困らされる。

 次はどこで反省してもらおうか。

 俺のそんな考えを断ちきったのは、畑山のおやじさんからの腹に響く声だった。


「おう、翔太! 

 しっかりやれよ」

「うん、お父さん、行ってきます」


 それをきっかけに、見送り組から次々と声がかかった。


「エミリー! 

 気をつけてな」

「うん、お父さん、私は大丈夫よ!」


 ハーディ卿とエミリーの心温まるやりとり。


「シロー、また高校に遊びにこいよ」


 これは林先生。


「「「ありがとー、また来てください」」」


 異世界科の生徒たち。


「「「プリンスー!」」」


 黄色い声は、翔太の『騎士』たち。


 最後に残しておいたサプライズのため、出発組が作る円の中央辺りに俺一人が出ていく。


 ◇


 出発組の中央に立った俺は、エミリーを手招きした。

 訳知り顔のエミリーが横に立つと、俺は口を開いた。


「みなさん、地球滞在中は、いろいろお世話になりました。

 俺たちはパンゲア世界に帰りますが、またこの世界を訪れたときは、仲良くしてください。

 懐かしくなったら、もうすぐ発売されるコリーダの曲を聞いてくれると嬉しいです」


 コリーダの歌を聞いたことがある異世界科の生徒、『騎士』から歓声が上がる。


「最後に、とっておきのサプライズを用意しました。

 二度と見られない光景ですから、心に焼きつけてもらえたらと思います」


 エミリーが、しゃがみこむ。

 彼女の前には、小さな双葉があった。

 俺たちが地球に帰ってすぐ、エミリーが庭に植えた神樹の種が芽吹いたのだ。

 エミリーの手が輝き、双葉も光りだした。

 地球で出会ったどの神樹様より強い光だ。


 光が収まったとき、そこには、キラキラ光る透明感に溢れた双葉があった。

 聖樹様から頂き、エミリーが植えたのは、『光る木』である神樹の種だった。


 皆がすごく驚いた顔をしたが、それは俺も同じだった。

 双葉が神樹様だという事は知っていたが、まさか、『光る木』の神樹様だったとは。

 真竜廟で『光る木』の神樹様がこの世を去るときの毅然とした態度を思いだし、俺は胸がいっぱいになった。


 まだ念話も出来ない神樹様から、あたたかな波動が皆に伝わる。神樹様の祝福だ。

 出発する者、見送る者共に、驚いたような、そして感動したような顔をしている。


「では、行ってきます。

 皆さん、お元気で」


 見送り組が声を合わせる。


「「「よい風を」」」


 転移組が、それに答える。


「「「よい風を」」」


 俺はパンゲア世界アリスト国に照準を合わせ、セルフポータルを開いた。


――――――――――――――――――

『異世界訪問編』終了 『奴隷世界スレッジ編』に続く

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