第49話 科学者たちの挑戦


 俺たち一行は、北海道に移築した『初心の家』で一泊すると、翌日『地球の家』に帰ってきた。


 今日、皆は思い思いに過ごすが、俺には大事な仕事がある。

 ハーディ卿が世界中から集めた科学者たちのチェックだ。


 審査会場は、東京、インド、エジプト、パリ、ニューヨークの五か所だ。

 書類審査を通った者だけで二千名を超えたらしいが、一次、二次、三次審査で百名程度になっている。


 俺が立ちあうのは、最終審査を兼ねた面接だけだ。

 面接の時間はこちらに合わせてもらっているから、場所によっては現地時間早朝三時などという会場もある。


 各会場には、ノーベル賞受賞者や候補者まで、有能な者が集まっていた。

 さすがハーディ卿が選抜を手掛けただけはある。


 ニューヨークを皮切りに、俺は各会場で面接を行った。

 もちろん、俺の肩には白猫ブランが乗っている。


 何の罪もない人の記憶を覗くのは許されることではないが、これには間接的に世界の命運が懸かっている。

 記憶のチェックは、点ちゃんに任せておいた。

 他人に知られたら恥ずかしいこともあるだろうからね。


 パリの審査は、ポンポコ商会が年間契約しているホテル最上階のスイートルームでおこなったが、驚いたことに、そこには何人か『エミリー研究所』のメンバーがいた。

 しかも、若い黒人所長キジーまでいる。


「キジー、君は研究所の所長だろう。

 なんで応募したんだ?」


「シローさん、ジョイたちと研究していて、異世界の科学に興味が湧いたんですよ。

 私にとっては、夢のようなチャンスなんです」


 彼は根っからの研究者なんだね。

 名誉や身分より自分の興味に忠実なんだから。


「知っているかもしれないが、今回、異世界の研究所に配属された者は、地球の科学賞から除外されるぞ」


 念のために確認しておく。


「ええ、分かっています。

 私は、『枯れクズ』の可能性に自分の全てをかけるつもりですから」


 キジーは平然とそう言った。


「そうか。

 結果は明日出るから、それを待ってくれ」


 身内だからと言って贔屓をするつもりは無いが、彼の合格はすでに決まっていた。


 異世界に派遣される六名の内、半数の三名が『エミリー研究所』の科学者という結果となった。

 キジーを含め二十代が四人、四十台が一人、五十代が一人という年齢構成だ。

 なお、学園都市世界から来たジョイとステファンは、彼らの強い希望で『エミリー研究所』に残ることになった。


 審査を済ませた俺は、『地球の家』に瞬間移動した。


 ◇


 次の日、日本時間の早朝に、異世界へ派遣される六名の研究者が発表された。


 発表は、『異世界通信社』が、海外特派員協会で行った。


 あらゆるメディアが取材に来ており、全世界に中継された。

 その反響は凄いもので、選ばれた六人は各国で英雄扱いを受けた。

 すでに、国の勲章をもらった者もいる。


 各科学賞が、彼らに対する選考を打診してきたが全て断った。

 六名には、賞を受けた場合は選考から外すと伝えてある。

 そのため、補欠選考で六名を選んでおいた。


 ◇


 次の日、異世界に帰る準備で、俺は荷造りの最終確認をしていた。


 加藤から頼まれた米一トンも、すでに米どころの県で購入済みだ。

 もっと高いと思っていたが、十万円ほどの値段だったから拍子抜けした。


 ルルはナルとメルを連れ、白神酒造をはじめ、お世話になった人々に挨拶まわりをしている。

 コルナ、ミミ、ポル、リーヴァスさんは、高校に挨拶に行っている。


 コリーダは、東京のスタジオでレコーディング中だ。

 ヒロ姉がマネージャー役としてついている。

 コリーダの楽曲販売は、柳井さんと後藤さんの勧めで決めた。

 異世界人が自分と同じ人間だと、世間に広く知ってもらうには良い方法だろう。


 夕食後、ニューヨークから翔太、エミリー、ハーディ卿を、東京からコリーダ、ヒロ姉を『地球の家』に瞬間移動させる。


 今夜は、『騎士』の面々も『地球の家』に宿泊する。

 加藤の両親、舞子の両親も見送りを希望したので、こちらは明日の朝、瞬間移動させることにした。


 家族と仲間で夕食を楽しんでいると、来客用の呼び鈴が鳴った。

 俺が出てみると、疲れきった感じの三人が地面に座りこんでいた。

 イギリスからの女性が一人、日本人の男性が一人、チリからの男性が一人だ。

 俺がなんで彼らの国籍を知っているかというと、科学者派遣の補欠選考で選ばれた人たちだからだ。


「みなさん、どうされました?」


「や、やっとここまで来れました。

 分かりにくい場所ですね」


 白人の女性が、息も切れぎれに声を出す。


「全くです。

 彼が協力してくれなかったら、たどり着けませんでしたよ」


 日本人研究者の方を指さし、チリ人の男性も力ない声で同意する。


「この場所はどこの情報にもありませんから、地元の人に尋ねまくってやっとたどりつきました」


 日本人研究者が、弱々しい声で言った。


「何のご用です?」


「な、何とか私たちも、異世界に連れていってもらえませんか」


「それはできません」


 俺は即答した。そんなことをしたら、不合格になった全員を連れていかなくてはならなくなるからね。

 すでに疲れはてた三人が、しなびた野菜のようになる。


「ただし、俺の一存で『エミリー研究所』の職員として推薦しましょう」


「「「ええっ!」」」


「ほ、本当ですか?」


 イギリス人の女性が、涙を流している。


「間違えないで欲しいのは、紹介するだけで、まだ採用と決まった訳ではありません。

 全ては、ハーディ卿が決めることです」


「ハーディ卿……次はニューヨークか」


 チリ人の男性が、がっくりうなだれる。


 俺は彼らを来客用に設けた玄関脇の小部屋に招きいれると、お茶を出してやった。


「う、うまいっ!」

「ほんとだ、なんだろう、この味」

「もしかして、このお茶は?」


「ええ、エルファリア世界のお茶ですよ」


 さっきまで疲れはてていた三人の顔に生気が戻る。


「異世界のお茶か……」


 三人は、うっとりした顔でお茶を見つめている。


「史郎さん、何でしょう」


 俺が念話で呼んでおいたハーディ卿が現れる。


「ハ、ハーディ卿……」


 イギリス人の女性が絶句する。


「えっ、この方が?」

「ハーディ卿?」


 他の二人が目を丸くする。

 俺の隣にハーディ卿が座る。


「君たち、どうやら本気で『枯れクズ』研究がしたいらしいね」


「「「はいっ!」」」


 ハーディ卿の問いかけに、研究者たちの声が揃う。


「普通、このような採用の仕方はしないのだが、たまたま『エミリー研究所』の職員が三人抜けてね。

 どうせなら、やる気がある者を選びたかったんだ」


 ハーディ卿が、俺にウインクする。

 彼には、つい今しがた念話で三人の採用をお願いしておいたからね。


「「「ありがとうございます!」」」


 三人の研究者は、涙をポロポロこぼしている。


「やっと、やっと『枯れクズ』の研究ができる…」

「夢のようね」

「貧しい南米の人々がどれだけ救われるか」


 それぞれが、感無量の様子だ。


「せっかくだ。

 今日は泊まっていくといいよ。

 異世界から来た、俺の家族や仲間にも紹介しよう」


「い、いいんですか?」

「失礼をしたのに……なんとお礼をいっていいか」

「あ、ありがとうございます」


 こうして、俺が懸念していた『エミリー研究所』の欠員補充はあっさり解決した。

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