第6部 異世界科

第27話 散歩


 ポンポコ商会地球支店、異世界通信社のメンバーに家族を紹介した俺は、家族と仲間を連れ、『地球の家』に帰ってきた。


 エミリーとハーディ卿は、客室に滞在してもらう。

 翔太は、畑山家に置いてきた。


「じゃ、みんな用意はいいかな」


 俺の家族は、今日、地元高校からの招待を受けている。

 地球に帰ってきてすぐに、『異世界科』を担任している林先生から連絡があり、高校を訪れるよう頼まれたのだ。

 俺が建てた『地球の家』は、高校がある町の郊外にあるから、散歩がてら家族に故郷を紹介しよう。


 俺の家族と仲間は、異世界にいるときの普段着に着替えている。これは、林先生からの要望でもある。


「お兄ちゃんが住んでた街ってどんなのか、とても楽しみね」


「そうね、コルナ。

 私も楽しみだわ」


 コリーダは、すっかり家族と打ちとけたようだ。


「パーパ、どこにお出かけするの?」

「美味しいお店ある?」


 ナルとメルは、楽しそうだ。

 俺は、ルルに地球の紙幣を渡した。これは、昨日、サブローさんから渡されたものの一部だ。


「シロー、この紙の束は何です?」


 ああ、そういえば、彼女はこれ見るの初めてだったね。

 この前、東京に行ったときは、カード払いだったから。


「これは、この世界のお金だよ」


「えっ!? 

 ただの紙切れがですか?」


「うん、その紙は、簡単には複製できない仕掛けがしてあるんだよ」


「こんなものに価値があるなんて……とても不思議ですね」


 ルルは、しげしげと一万円札を見ている。

 同行を希望した、エミリーとハーディ卿も参加して、俺たちは町へと出かけた。


 ◇


 五月晴れの下、俺たち一行は、町に向け郊外の道を歩いていた。

 道端の花にとまる蝶が、メルの興味を引く。


「パーパ、これ動いてるけど、やっぱりお花?」


 そういえば、アリストには蝶がいなかったな。


「メル、ナル、見ててごらん」


 俺が蝶に手を伸ばすと、それはさっと宙に舞った。


「あっ! 

 お花が飛んだ」


 メルが手を伸ばすが、すでに蝶はずっと高いところを飛んでいた。

 俺は、それを点魔法の透明な虫箱に捕え、二人の前に持ってくる。


「うわー、これ何?」


 近くで蝶を見たナルが、目を丸くしている。


「これはチョウチョといって、花のように見えるけど虫なんだよ」


「えーっ! 

 虫なの!?」


 ナルとメルは、目の前の透明な箱の中で羽ばたく蝶をじっと見ていた。

 二人が満足すると、俺は箱を消し蝶を逃がしてやった。


「さようならー」

「またねー」


 娘たちは、空を舞う蝶に手を振っていた。


 ◇


「リーダー、この道は何でできてるの?」


「ああ、ミミ、これは、アスファルトっていって、雨が降っても水たまりとかできにくくなってるんだ」


 グレイル世界の道路は、街中の石畳以外、舗装されていないからね。

 ポルがしゃがんで地面を触っている。


「なんか、硬いですね」


 その時、宅配便のトラックが俺たちの横を走りぬけた。


「あの乗り物、『車』っていうんだけど、あの黒い足のような部分が滑りにくいようにもなってるんだ」


「へえ、よく考えられていますね」


「お兄ちゃん、あの乗り物は生きているの?」


「コルナ、あれは生き物じゃないんだ。

 学園都市世界の卵型をした乗り物があっただろう。

 あれの原始的なモノだと考えるといいね」


「なるほどねえ。

 だけど、トーキョーってところには、うようよいたよね」


「ああ、あの町だけで、一千万人以上の人口があるから」


「シロー、一千万とは、どのくらいなのだ?」


 コリーダも、興味を持ったようだ。


「一万の千倍だね」


「ええっ! 

 そんなに? 

 みんなどうやって住んでるの?」


「一つの家に住んでいることもあるし、たくさんの家が集まったビルに住んでいることもあるよ」


「そういえば、高いビルが沢山あったわね」


「この町は小さいから、自分の家に住んでいる人が多いね」


 ワンッ!


「キャッ!」


 ある家の門から大型犬が顔を出し、ミミに吠えかかった。


「お、驚いたー!

 犬人に似た動物ね」


 まあね、だって犬だから。


 俺たちは、あまり人通りがない昼前の道を、のんびり歩いていった。


 ◇


「ちょっとこの店に寄ってもいいかな?」


 俺は、ある店の前で立ちどまった。


「シロー、ここは何のお店ですか?」


 ルルは、少し薄暗い店内が気になるようだ。

 俺が説明しようとしたとき、店の中から、おばさんが現れる。


「おや、変わった格好のお客さんだね」


「あのー、俺、坊野といいます。

 白神君には、『ポンポコ商会』がお世話になっています」


 俺が立ちよったのは、『白神酒造』だった。


「えっ! 

 あんた、坊野君?! 

 そういえば、小さいころの面影があるわ。

 息子ともども、ウチの店が本当にお世話になってるわ。

 ありがとうね!」


「白神君は、いますか?」


「ああ、息子は本店の方にいるわよ」


 えっ? 

 本店?


「最近、川沿いにビルを建てたのよ。

 今は、そっちが本店だから」


『白神酒造』は、順調に売り上げを伸ばしているようだ。


「頼まれてたお酒、そのうち持っていくって伝えてください」


「分かったわ。

 それより、みなさん、ジュース飲んでいきなさいよ」


「ありがとうございます」


 せっかくだから、それぞれに違うジュースを選んだ。


「ルル、ここはね、お酒やジュースを売る店なんだよ」


「凄いですね、こんなに種類があるなんて」


「そうだね、この世界は商品の種類が多いね」


「うわっ、何だこれっ! 

 苦くてシュワシュワする」


 ポルが選んだのは、黒い炭酸飲料だ。


「暑い時、よく冷やして飲むと、すごく美味しいんだよ」


「へー、不思議な味です」


「なかなか、おつな味ですな」


 リーヴァスさんが飲んでいるのはビールだ。


「おつな味だねー」

「うん、おつな味だねー」


 ナルとメルが、さっそくリーヴァスさんの言葉をまねている。

 二人が飲んでるのは、アップルジュースとオレンジジュースなんだけどね。


「お兄ちゃん、このジュース、味がしないんだけど」


 コルナが怪訝な顔をする。


「あ、それ水」


「もう! 

 からかったわねっ!」


 コルナが、俺の頬っぺたをつねる。


「ふぁ、ふぁるかった。

 はい、これあげるから」


「な、なにこれ。

 濁った水たまりみたいな色だけど」


「とにかく飲んでごらん」


「今度、からかったら承知しないんだから」


 コルナは、恐る恐るビンに口をつけた。


「あれ? 

 ミルクみたいな味がする。

 なんか苦みもあるわね。

 でも、すごく美味しい」


「それは、コーヒー牛乳といって、ミルクとコーヒーを混ぜたものだね」


「コーヒーって何?」


 横にあった自動販売機でコーヒーを選ぶ。

 出てきた缶が音を立てたので、みんながちょっと驚く。


「この飲み物だよ。

 ここをこうやって開けて飲むんだよ」


 プルタブを開け、缶をコルナに手渡す。


「どれどれ……に、にがーっ!」


 コルナが目を白黒させ、それを見たみんなが笑った。


「それ、苦みが旨いんだよ」


「はー、地球人は、凄いもの飲むんだねえ」


 コルナが残したコーヒーを、みんなが順に飲んでいる。


「シロー、私、これ好きかも」


 そう言ったのは、コリーダだ。


「君が好きなら、後で買っておくよ。

 きちんと淹れたコーヒーは、もっと旨いから」


「ありがとう」


 俺たちは、そうやって色んな飲み物の味を楽しんだ。

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