第36話 ハーディ卿
「改めて紹介させてもらうよ。
私がジョン=ハーディだ」
「初めまして、シローです」
「君の活躍は、調べられるだけ調べたつもりだよ。
まさか、異世界から帰ってきた人物に、こうして会えるとはね」
「あなたは、異世界の存在を信じているのですね?」
「もちろん、最初は信じていなかったさ。
君の友人がビルの上までジャンプする映像の時点ではね」
温和な顔にそぐわぬ、鋭い目が俺に向けられる。
「しかし、〇〇大学に持ちこまれたカードが、私の常識を覆したよ。
あれは君が作ったモノなんだろう?」
「ええ、まあそうですね」
「どうやって作ったか教えてもらってもいいかな」
「それくらいならば。
俺の魔法で作ったんですよ」
「魔法……魔法ねえ。
本当にそんなものがあるなんて」
「この世界には無いかもしれませんが、ポータルズ世界群では魔術なんか普通ですよ」
「その『ポータルズ世界群』とは何かね?」
「ポータルで繋がった世界群の事ですね」
「ポータルと言うのは?」
「世界間を結ぶドアのようなものです」
「ほう!
それなら、そこを通れば私でも異世界に行けるのかね?」
「いいえ、無理ですね。
この世界には、ポータルが一つもありませんから」
「しかし、君は異世界まで行ったのだろう?」
「この世界にも、ごく稀にポータルが開くことがあって、たまたまそれに巻きこまれたんです」
「だけど、君が再びこちらの世界に帰ってきてるってことは、ポータルが開いたってことじゃないのかい?」
「詳しくは話せませんが、ポータルが無いという事だけは言っておきます」
「そうか。
あちらへ行くことはできないのか……」
「招待状では、俺のルビーに興味があるということでしたが?」
「ルビー?
あ、ああ、そうだったな。
見せてもらえるかな?」
俺は点収納からルビーを包んだ布を出し、机の上に置いた。
ハーディ卿が合図もしないのに、「スティーブ」と呼ばれた執事が現れる。
執事は宝石商が宝石を調べる時に使う眼鏡と白手袋を着け、布を開く。
拳大の赤い宝石が現れた。
ハーディ卿が息を飲む。執事は手が震えている。
五分ほど石を調べた後、執事が大きく息を吐きだした。
「本物の自然石でございます」
ルビーは、人工で作れるらしいからね。
「という事は、世界最大だな……。
シローさん、入手経路などは教えてもらえないんでしょうか?」
「ええ、教えられません。
万一教えたとしても、地球の方には理解できないでしょう」
まあ、『真竜の
「ああ、そうでした。
ご友人方は、一緒ではないのですか?
ご招待状は、『初めの四人』宛てに送らせていただきましたが……」
「彼らをこの部屋に呼んでもいいですか?」
「ええ、それが可能なら、ぜひお目にかかりたいものです」
俺が指を鳴らすと、俺が座るソファーの後ろに畑山さん、舞子、加藤が現れた。
舞子の肩には、白猫が乗っている。
彼らには瞬間移動前に、念話で確認をとってある。
トイレにでも入ってたら大変だからね。
ハーディ卿は、突然現れた三人と一匹に言葉も無い。
「おい、ボー、この人が?」
「ああ、ハーディさんだ。
ハーディさん、これが俺の友人、畑山、渡辺、加藤です。
これは、俺が飼っている猫でブランといいます」
「はじめまして、畑山です」
「渡辺です。
こんにちは」
「加藤です。
ニューヨークは初めてです」
「ミー」
ブランも、特徴ある高く細い声で挨拶した。
「旦那様」
凍りついたように動かないハーディ卿に、執事が声を掛ける。
「あ、ああ、私がハーディだ。
すまない、心の準備は出来ていたはずなのに、あまりに驚いてしまってね。
本当に日本から来たのかい?」
「ええ、日本からです」
畑山さんが、代表して答える。
「君たちも、シローさんのような能力が?」
「すみませんが、能力の話はできないんです」
畑山さんが、穏やかな、それでいて、きっぱりとした口調で言う。
「そ、それは、そうでしょうな」
「ボー、もう用件は済んだんだろう。
カニ食いに行こうぜ、カニ!」
加藤が、いつもの傍若無人ぶりを発揮する。
「あ、ちょ、ちょっとお待ちください!」
ハーディ卿が慌てている。俺たちは一瞬で移動できるからね。
「実は、あなた方に会っていただきたい者がおりまして」
誰だろう?
「ハーディさん、そちらがご招待の本当の理由ですね」
「ど、どうしてそれを……」
どう見てもバレバレでしょう。
「じ、実はそうなのです。
しかし、それを理由にしたら、来ていただけないかと思いまして」
「俺たち、前からニューヨークに来てみたかったんですよ。
あなたからのご招待がなくても来てたと思います」
「そう言っていただけるとありがたい。
ささ、どうぞこちらへ」
彼はソファーから立ちあがると、いそいそと俺たちを案内する。
ドアが無い造りの邸内を少し歩くと、淡いピンク色のドアが現れた。
「エミリー、皆さんが来てくださったよ」
ハーディ卿がドアをノックする。
「お父様」
声がしてから少し時間をおいて、ドアが開けられた。
部屋から現れたのは、十二、三才だろうか、ブロンドの髪をした、白人の少女だった。
頬に少しそばかすがある。
そして、愛くるしい顔にあるその青い目は、どこか遠くを見つめていた。
少女が、手を前へ伸ばす。
ハーディ卿が、その手を取った。
「娘のエミリーです」
「初めまして、エミリー」
俺たちが口々に挨拶する。
「まあ!
本当にいらっしゃったのですね。
異世界に行かれた方が」
「ハーディ卿、エミリーさんは目が……」
「シローさん、その通りです。
この子は、目が見えません」
ハーディ卿の声は苦悩に満ちていた。
◇
俺たちは、エミリー、ハーディ卿と共に、明るいテラスに置かれた布を張った円筒形の椅子に座っていた。
そこは、エミリーの部屋近くにある空間で、下は板張りになっており、多くの花が、鉢やプランターで育てられていた。
よく見ると、花々に混ざり、雑草にしか見えない植物まで植えられている。
「近くの野原で、エミリーが見つけてきたものなんです」
俺の視線が鉢植えを見ていると気づいて、ハーディ卿が説明してくれる。
「娘は、植物の声が聞こえると言うのですが……」
俺はある可能性に思い至ったが、黙っておいた。
それを話しても、彼らを混乱させるだけだからだ。
エミリーは、自分で歩いて布椅子に座った。
おそらく、その椅子はいつもその位置に置いてあるのだろう。
「私があなた方に会いたいと思った最大の理由は、異世界の力で、この子の目が治せるのではないかと考えたからです」
ハーディ卿が、『初めの四人』を招待した本当の目的を明かした。
俺たちは顔を見合わせる。
確かに、舞子の力を使えばエミリーは治るかもしれない。
しかし、そのことが世間に知られたら、世界中の権力者が、ありとあらゆる手段で舞子を手に入れようとするだろう。
そうなると、取りかえしがつかない。
恐らく権力者は、舞子の家族にまで手を伸ばすに違いない。
舞子一人なら異世界に帰ってしまえば終わりだが、後に残る家族の事を思うと、到底受け入れられる事ではなかった。
畑山さんが、ゆっくりとした口調で話しはじめる。
恐らく、エミリーにも聞かせるつもりなのだろう。
「ハーディ卿、確かに我々はこちらの世界に無い力が使えます。
しかし、それとても万能ではありません。
残念ですが、お嬢様を治すことはできません」
エネルギーに満ちたハーディ卿から、それがごそっと抜けだしたように見えた。
さっきまでより小さく思えるその体は、どこにでもいる年老いた男のものだった。
「お父様、私は目が見えなくても大丈夫」
エミリーが、しっかりした声で言う。
彼女の声には、こちらの心を温かくする響きがあった。
「私には友達がこんなにいるし、遠くからもお友達が来てくれます」
彼女は、「友達」という言葉を口にしながら、植木鉢やプランターを、そして俺たちの方を手で示した。
「エミリー……」
ハーディ卿の目は、涙で濡れていた。
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