第37話 カニと愛国心
カーティス中佐は、自分のことを根っからの愛国者だと考えていた。
自分が、今ここにあるのは国のおかげである。
国を愛するのは、当然のことだ。
それが、彼の持論だった。
世の甘っちょろい自由主義者など、国の庇護を受けておきながら、堂々と国を批判するくだらない連中である。
彼は、移民問題にも確固たる意見を持っていた。
すなわち、「問答無用で全員叩きだせ!」というものだ。
移民など、我々白人が苦労して築きあげた祖国の富を、白アリの様に食いちらす存在でしかない。
しかし、彼は、自分の祖先が、新大陸上陸後に飢えで苦しんでいた所を助けてくれた先住民を殺し、また奴隷として売りとばしたという事実には気づいていないようだ。
そんな彼が、部下からある報告を受け、愛国心を燃えあがらせたのは当然のことだった。
アメリカ国民でもない島国のサルが、人類初の快挙である異世界渡航を果たしたというのだ。
しかも、正式な手続きも踏まず、その彼らがアメリカ国内にいるというではないか。
月に人類が最初の一歩を印してから後、世界をリードするのは常にアメリカだった。
そして、そのアメリカ優位を保証するのが世界最強を誇る我ら軍人である。
幸いなことに、彼らは、やはりアメリカの富を収奪するユダヤ系富豪の所にいるそうだ。
襲撃するには、絶好の機会である。
軍の上層部は、なぜか異世界からの帰還者に対する不干渉を通知してきた。
しかし、自分がヤツらを片づければ、そんな上層部の弱腰も変わるはずである。
作戦の成功など、すでに決まっている。後はヤツらをどう料理するかだけなのだ。
◇
俺たち『初めの四人』は、ハーディ卿が昼食を勧めるのを断り、マンハッタンまでやってきた。
瞬間移動に選んだ先は、セントラルパークだった。
木立の中に転移した俺は、人が周囲にいないのを確認してから、みんなの透明化を解く。
薄っすらと雪が積もった広大な公園は、ここが大都会の中であることを忘れさせる。
エミリーも一緒に来ている。彼女の同行は、舞子が言いだした。
めったに自己主張しない彼女が、連れていくと言ってきかなかったのだ。
エミリーは、目立たないよう、生成り色のセーターとオーバーオールの上に、茶色のダウンジャケットを羽織るという服装をしている。
この服装も、舞子が自分の手で着つけたものだ。
エミリーと手を繋いでいる舞子の格好は、上が白のダウンジャケットでその下からは淡いピンクの起毛セーターが見える。
足首まであるウールのスカートに革のシューズを履いている。
ふわふわした感じが、とても舞子らしい。
俺たちが、吐きだす息が辺りを白く曇らせる。
「ぶるるる。
ボー、ニューヨークがこれほど寒いとは思わなかったよ。
なんとかしてくれ」
加藤は、実家で着ていた私服だからね。ニューヨークの三月をなめてたな。
全員に、いくつか『・』をつける。そのうちの一つは、火魔術で温度を上げる機能を付与してある。
さっきまでより暖かくなったからか、肩のブランがゴロゴロのどを鳴らしている。
「まあ、どうしてかしら。
お外にいるのに暖かいの」
エミリーが微笑む。舞子がそんな彼女の頭を撫でている。
俺たちは、そこから遊歩道を通り、公園の外へ出た。
目の前には円形の広場があり、巨大な銅像が立っていた。
「多分、これ、コロンブスの像よ」
日本から持ってきたガイドブックを開いた畑山さんが言う。
スラリとした彼女は、厚手のセーターにジーンズ、革のブーツといういで立ちで、赤い皮手袋がアクセントになっている。
上にカーキ色のハーフジャケットを羽織り、頭には青いニット帽をかぶっている。
手袋をつけたままなので、ガイドブックのページがめくりにくそうだ。
「で、その広い道が、きっとブロードウェーね」
「おー!
ブロードウェーか!
まるでニューヨークだな」
いや、加藤、「まるで」じゃなくて、ニューヨークそのものだから。
「カニはどこだ、カニは!」
加藤は、頭の中がすっかりカニモードになっているらしく、こちらに着いてからカニのことばかり話している。
彼は、こげ茶色のダウンジャケットに青いニット帽をかぶっている。あれは畑山さんとお揃いだな。
俺たちが、五人で連れだって歩いていると、みんながこちらを見る。
一体どうしたのだろうと思ったが、やっと気がついた。
俺の格好が浮いているのだ。
カーキ色の冒険服は、長そで長ズボンなのはいいが、この時期のニューヨークにはあり得ないほど薄着だ。
頭の茶色い布が、さらに違和感を加えているらしい。
『(*'▽') ご主人様、ぱねー』
いや、点ちゃん、みんな俺の事を変な目で見ているだけだから。
半端なく変な格好と言えば、まあそうでしょうけどね。
俺たちは、かなり高級なレストランで昼食をとった。
ハーディ卿が予約してくれたおかげで、黙っていてもカニが出てくる。
加藤はモノも言わず、カニにむしゃぶりついている。
そんなところを見たら、百年の恋も冷めるなと思い、畑山さんの方を見ると……テーブルに両肘をつき、手にあごを乗せた彼女は、なぜかそんな加藤をハート形の目で見つめていた。
俺には、あなたが恋するツボが分かりません。
俺は、絞ったライムをカニにかけて食べるのが気に入った。
肩に乗せたブランは透明化してあるから、誰か注意して見ている人がいれば、俺が肩のところへ持っていくカニが、さっと消えるのに気づいただろう。
猫はカニを食べたらいけないんだけど、この子は元がスライムだからね。
高級な店だからお客さんのマナーがいいのか、誰も俺たちの方を注目しなかった。
舞子は、エミリーのためにカニの身をほぐしてやっている。
加藤が、パンパンになった彼のお腹を撫でだした頃、奥からシェフが出てきて挨拶していった。
彼がエミリーを見て目を丸くしていたから、彼女は日ごろあまり出歩かないのかもしれない。
支払いを済まそうとすると、店側が拒んだ。
ハーディ卿が、よほどこの店を贔屓にしているんだろうね。
外に出ると、もう夕方の寒い風が吹いているのだろう、道行く人々がジャケットやコートの襟を立てている。
俺たちは点魔法で暖かい上、空腹も満たされ、さらにポカポカしているから、全く寒さは感じない。
街を散策しながら、有名な宝飾店や、服飾の店を見てまわり、加藤はポーターの様になっている。
何段も箱を重ねてヨロヨロフラフラというヤツ。
リアルで見る日が来るとは思わなかったよ。
彼は、舞子と畑山さんの荷物を全て持たされているからね。
「おい、ボー!
頼む、助けてくれ!」
最初は積みかさなっていく荷物を面白がっていた加藤だが、バランスを取るのが難しくなり、俺に泣きついてきた。
まあ、重さだけなら、この十倍でも平気で持つだろうからね、勇者は。
俺は、加藤が運んでいる荷物を一気に点収納に入れた。
舞子が俺の袖を引っぱるので振りかえると、後ろを歩いていた親子連れが、驚いた顔のまま凍りついていた。
父親と母親に手を取られた男の子が目を皿のようにしている。
俺は彼にウインクすると、そのまま歩きだした。
しばらく歩くと、後方で叫び声が上がったが、ここは気にしない。
辺りは夕焼けが始まる前のひと時の明るさで、俺は異国情緒を満喫しながら歩いていた。
点ちゃんの声で、それが吹きとばされる。
『(Pω・) ご主人様ー、誰かこっちを狙ってるよ』
狙ってる? どんなもので?
『(Pω・) 多分、あれは武器だと思う。長い棒みたいなものの先をこちらに向けてるー』
点ちゃん、何か飛んでくると思うから気をつけておいてね。
『(・ω・)ノ 普通にシールドが防ぐよー』
うん、分かってる。まあ、念のためだね。
『(^▽^)/ 分かったー』
次の瞬間、高速で飛来したものが、舞子の頭部に襲いかかった。
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