第8話 四人の決断


 次の日、俺たち四人は、畑山さんの家でミーティングを行っていた。


 朝食の席で、畑山さんが、おやじさんに林先生の事を話した。

 彼の意見は、しごくあっさりしていた。


「義理を欠いちゃならねえぞ、麗子」


 土曜日なので家にいた翔太君にも尋ねてみた。


「翔太君、俺たちの事が世間にばれたら、大騒ぎになって君にも迷惑がかかるかもしれない。 

 君はどう思う?」


「ボーさんは、正義の味方でしょ。 

 正しいことをして下さい。

 ボクは、今でも学校で特殊な立場だから大丈夫」


 きっと父親の仕事柄、好奇の視線にさらされているのだろう。

 そして、このミーティングだ。

 結論は最初から出ているも同然だった。


「一応、決を採るわよ。 

 異世界の事を公開するかどうか。

 私は、公開する方に一票」


 司会役の畑山さんが意見をまとめにかかる。


「俺も、麗子さんと同じで公開に一票」


 加藤が間髪入れず続ける。どんだけ尻に敷かれてるんだ、この勇者。


「私も、公開に賛成」


 舞子もしっかりとそう答えた。


「後はボーだけね」


「みんな、本当にいいのか? 

 俺たちは、セルフポータルで向こうに帰ってしまえば問題ないが、家族は後々大変だぞ」


「じゃ、あなたは反対なのね」


「いや、今のはただの確認。

 俺も公開に一票だ」


「これで決まりだな」


 加藤が、パンと手を鳴らす。


「家族からの勧めがあって公開に踏みきるのだけど、家族に何かあれば、その時は私たちが対処しましょう」


 畑山さんは、色々考えているようだ。


「まあ、こうなれば臨機応変だな」


「ボーは相変わらずねえ。

 でも、頼りにしてるわよ」


 畑山さんの口から、珍しい言葉が飛びだす。

 頼りにされたのって、いつ以来だ。


『(*'▽')つ どうして、ご主人様は、こう鈍感ですかねえ』


 えっ、今って突っこまれるところ?


『べ(u ω u)べ やれやれ』


 点ちゃん……俺を見捨てないでくれよ。


 こうして俺たちは、自分たちのことが世界に知られることより、林先生が教師を続けられる方を選んだ。


 ◇


 自分たちの事を公開すると決めた俺たちは、どういった手段でそれを行うかに頭を悩ませていた。

 とりあえず、各家庭の意見を再確認するためにも、それぞれを実家に送り届けることにした。

 畑山さんを残し、舞子、加藤を瞬間移動で実家に送る。

 何かあれば念話で知らせるよう、四人で打ちあわせてある。


 そうしておいて、俺は林先生と念話を繋いだ。


『先生、今どこですか?』


『うん? 

 ああ、自宅だよ。 

 お前のこれで目が覚めたところだ』


『もう昼前ですよ』


『日曜日の教師なんて、そんなものさ』


『まあ、いいですけど。 

 ところで、今日これから会えますか?』


『ああ、だが、ここに来るのは止めてくれ。 

 散らかってるからな』


『どこに行けばいいですか?』


『そうだな。

 〇〇川と△△川の合流したところに河原があったろう』


『ええ、知ってます』


『あそこに、正午でどうだ』


『もうそろそろ正午だと思いますが、大丈夫ですか』


『ああ、ここからは近いからな、自転車ですぐだ』


『じゃ、先生、そこで待ってますね』


 念話が終わると、すでに点が設置してある、学校の屋上に瞬間移動した。

 もちろん、自分に透明化を掛けてある。

 そこから、ボードに乗り空中を移動すると、目的の河原に降りた。

 先生が待ちあわせ場所に選んだだけあって、人っ子一人いない。


 ここで合流している二つの川ともアマゴが釣れるが、今日は釣り人がいないようだ。


 河原にしゃがんで川面を眺めていると、まだ寒い季節なのに、水面で川虫が次々と羽化するのが見えた。大自然の不思議は、いつ見ても心が洗われる。


 それほど待たずに、自転車をギーギー鳴らし、先生がやってきた。

 河原横の土手に自転車を停め、階段を降りてくる。

 先生は、デニムのジャンパーと、光沢があるジャージ下を着ていた。

 マフラーの間から白くなった息が出ている。


「待たせたか?」


「いえ、川を見てたら、時間なんてあっという間ですよ」


「そういえば、美術の先生が、『史郎君は、ぼーっと川を見てるだけでした』って発言した事件があったな」


「ははは、よく覚えてますね」


 やはり、この先生を辞めさせてはならない。

 俺は気合が高まるのを感じた。


「他の三人は?」


「実家でのんびりしてますよ」


「お前はいいのか?」


 俺は、前回地球に帰ったとき、実家で体験したことを話した。


「……そうか」


「家族って最初から家族であるわけじゃなくて、家族になっていくものなのね」


「なんだ、それは?」


「畑山さんが、俺の事情を知ったときに言った言葉です」


「お前、辛くはないか?」


「全く。

 俺、もう向こうの世界に、かけがえのない家族と仲間がいますから」


「強がりじゃないみたいだな」


「ところで、今日、先生に会って話したかったのは、俺たちの意見がまとまったからです」


「ああ、どうなった」


 先生は俺に背を向け、岸辺にしゃがみこんだ。


「俺たちの意見は、分かってるでしょ。 

 問題は、各家族の意見でしたが――」


 先生は、小石を川に投げこんでいる。


「まず、加藤家、

『自分に恥ずかしくないようにね』

 次に、渡辺家、

『林先生が学校にいられるようにしてあげなさい』

 最後に、畑山家、

『義理を欠いちゃならねえぞ』

 そういうことで、俺たちの事を公開することにしました」


 河原に石を投げこんでいた先生の手が止まっている。

 ジャケットの背中が小さく震えていた。


「馬鹿だよ、みんな大馬鹿だ」


 川の方を向いたまま、先生がつぶやいた。


 俺は、その手を取って先生を立たせる。

 先生の顔を見ないようにして、明るい声で言った。


「俺、今、腹ペコなんです。 

 先生、何かご馳走してくださいよ」


 先生は俺の後ろに回りこむと、両肩に手を載せてきた。


「お前、教師の安月給を知らんな? 

 そんなことしたら、こっちは明日からしばらく小遣い無しだぞ」


「まあまあ、ここは細かいこと言わないで。

 さあ行きましょう」


 先生と俺が河原から離れると、大きな水鳥が岸辺に降りたち、「クワーッ」と一声鳴いた。

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