第6話 家庭訪問 畑山家(上)
朝食の席では、舞子のご両親を前に、俺たちはいささかばつが悪い思いをしていた。
昨日、自分が話したいことだけしゃべりまくったからだ。だから、林先生の事もまだ伝えられていない。
朝食後、舞子がそのことに触れると、おじさんは少し目を閉じ考えていたが、穏やかな声でこう言った。
「舞子、林先生が学校にいられるようにしてあげなさい」
それを聞いたおばさんは、ニッコリ笑っただけで何も言わなかった。
手を振るおじさん、おばさんに別れを告げ、『初めの四人』は点ちゃん1号で畑山さんの実家に向かった。
彼女の実家は、学校がある街から南東方向に二百キロほど離れた、中規模の地方都市にある。港湾都市として有名な街だ。
そこに向かう点ちゃん1号からは、晴れた空の下に広がる瀬戸内海はもちろん、はるか四国まで見渡せた。
俺たち四人は点ちゃんボードに乗り、畑山家の広い庭に降りた。凝った造りの日本庭園だ。
枯山水を壊さないよう、ボードに乗ったまま庭に面した廊下まで横滑りする。
畑山邸が初めての加藤と舞子は、目を丸くしている。
「こ、ここが、畑……いや、麗子さんの家?」
「……こんな立派なところに住んでいたのね」
呆れ顔の二人が棒立ちしていると、障子が開き、黒服を来た若い衆が顔を出した。
「お嬢様、お帰りなさい」
恐らく、邸内にある監視カメラが俺たちの姿を捉えたのだろう。
「田中、久しぶり。
父さんは?」
「へい、広間にいらっしゃいます」
「これ、私の友達。
上がるわよ」
「どうぞ、こちらへ」
黒服が、俺たちを奥の座敷に案内する。
座敷には相変わらず長いテーブルがあり、床の間を背に和服を着た畑山さんの父親が座っていた。
案内してくれた男を除き、黒服の姿は他に見えない。
畑山さんの父親が耳打ちすると、黒服はすぐに座敷から出ていった。
「お父さん、ただいま帰りました」
畑山さんが、三つ指をついて頭を下げる。
俺たちもその後ろで正座した。
「麗子、よく帰ったな。
ところで、史郎さんとおっしゃったか、何でそんな格好してるんで。
どうか足を崩しておくんなさい」
「いや、俺はこのままでいいよ」
「ボー、あんた前にここに来た時、なんかやったでしょ」
「い、いや、特に何もしてないんだけど」
「お父さん、その床の間に飾ってあるテーブルは?」
言われてみれば、なぜか床の間にテーブルが立ててある。
「ああ、これは史郎さんが上を歩きなさったテーブルでな。
皆がその時のことを忘れんように飾ってんだ」
俺は、絶望から天井を見あげてしまった。
「ボー、若い衆に手を出さないでって言ったでしょ!」
「いや、俺は別に……」
「麗子、史郎さんに滅多な事、言うもんじゃねえ。
ウチの家族にとっちゃ、大恩あるお方だぞ」
「誘拐された翔太を助けてくれたっていうのは聞いたけど、それとテーブルがどんな関係があるの?」
「いや、それはこちらの落ち度でな。
お前の
史郎さん、あの時は済まなかった。
改めて謝らせてくだせえ、このとおりだ」
おやじさんが、頭をテーブルに着ける。
お手上げ状態の俺は、何か言う気力も失せていた。
「ボー、お前一体何やったんだ?」
加藤がそうささやき、俺の服を引っぱる。
「いや、見事な
若い衆のいい勉強になった」
その時、「入ります」という元気な声がすると、フスマが開いた。
そこには、畑山さんの弟、翔太君が立っていた。
おかっぱ頭にした、色白の少年だ。白いシャツを着て、青い半ズボンをはいている。
畑山さんの弟らしく、整った目鼻立ちに、すでに美男子の片鱗がうかがえた。
確か小学五年生のはずだ。
「お姉ちゃん、お帰り。
ボーさん、あの時はありがとう!」
翔太君は、畑山さんの横に座るとキラキラした目をして、俺を見ている。
「あの時」というのは、敵対組織に誘拐された彼を救った時のことだ。
彼の純粋な視線が痛いよ。
『( ̄ー ̄) ご主人様は、かなり不純ですからねー』
えっ! 俺って、点ちゃんから不純って見られてたの?
そ、そんな……。
点ちゃんからのクリティカルヒットが、俺の心に突きささる。
「まあ、いいわ。
あとで、きちんと映像を見せなさいよ」
畑山さんが、俺の目をじっと見る。
クリティカルヒットを受けたばかりの俺は、それで心が折れてしまった。
「は、はい……」
「父さん、今日、この三人を泊めてもらってもいい?」
「それは、もちろん構わんぞ。
史郎さんとは少し話があるから、そのときはこちらに来てもらってくれ」
「はい、分かりました」
俺たちは畑山さんに連れられ、長い廊下を何度か曲がり、そこだけ西洋風になっている区画に来た。
彼女がドアを開けると、二十畳くらいある広い部屋があった。部屋の片隅には巨大なベッドが置いてあり、しわ一つなく、シーツが掛けられていた。
他には、黒い木材で作られた、重厚なデスクが置いてある。
非常によく片づけられている。
「ここが畑山さんの部屋?」
あまりに驚いた加藤が、『麗子さん』呼びを忘れている。
「そうよ。
あまり広くないけど。
寝起きするには十分ね」
これで広くないなんて、どういう感覚よ。
「畑山さん、本や洋服はどうしてるの?」
読書家らしい、舞子の質問だ。
「ああ、そういうものはね……」
畑山さんは、つかつかと奥の壁に近づくと、それをパッと開けた。
壁だと思っていた扉の後ろには、たくさんの本が並んでいる。これは羨ましいな。
「服はこっち」
畑山が、奥のドアを開ける。
覗きこむと、八畳ほどの部屋に、ハンガー台や
「おれ、この広さなら十分住めるぞ」
加藤が貧乏くさいことを言っている。
「うわー、すごい。
素敵だね」
舞子は、純粋に感動しているようだ。
畑山さんは、ウォークインクローゼットの隅に立てかけてあった、ちゃぶ台のようなものを片手で持つと、元の部屋に戻った。
ちゃぶ台を床に置き、俺たちをその周りに座らせる。
床は毛足の長い
「さあ、ボー、前にここに来た時の映像出しなさい」
俺は仕方なく壁にスクリーンを貼りつけ、映像を流した。
黒服が横に控えたテーブルの上を俺が歩いている。
『てめえ! 何のつもりだ!』
末席の黒服が叫んで立ちあがる。懐に手を入れている。
『え? これって廊下じゃないの?』
黒服たちが、ガタっと立ちあがる。
『これの何処が廊下に見える!』
映像を見た畑山さんが、心底呆れたという表情になった。
「はぁ……もういいわ。
なんでこんなことやったの?」
「いえ、実は、このことがある前に――」
物置に連れこまれ、五人の黒服から問答無用で殴りかかられた話をした。
それで彼女もやっと納得してくれたようだ。
「まあ、事情は分かったわ。
そのことは、不問にしてあげる」
「ボー、前から思ってたけど、お前って時々、驚くほど度胸がいいよな」
「そうか?
自分では、そんなことを言われる覚えはないんだがな」
「史郎君、危ないことはしちゃだめよ」
「ああ、舞子。
そうするよ」
「ところで、明日はボーの家に行くの?」
加藤と舞子が顔を見合わせる。彼らは、俺ん
「いや、畑山さん。
それは不要だよ」
子供時代の話はせず、前回地球に帰還した時、実家を訪れた話をした。
「あんた、それでいいの?」
「ああ、本当に心の底からそう思ってる」
「やっぱり、家族って最初から家族であるわけじゃなくて、家族になっていくものなのね」
畑山さんが、深いことを言う。
「俺たちだって、ボーの家族みたいなもんだろ。
それでいいじゃないか」
加藤も俺を慰めようとしている。
「史郎君、いつでもウチに来ていいんだよ」
「舞子っ!
ボー、今のは無しだからね!」
最後に舞子が大胆なことを言い、畑山さんに止められた。
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