第4話 家庭訪問 加藤家


『初めの四人』は、俺が地球を訪れた時に回った順に、各家族を訪れることにした。


 すなわち、加藤家、渡辺家、畑山家の順だ。


 先生を瞬間移動で理科準備室に送りとどけると、俺たち四人は加藤家の上空まで点ちゃん1号で飛んだ。もちろん透明化の魔術は掛けてある。

 上空で、四人用のボードを出し、加藤家の庭に降下する。

 そこは、子供の頃、加藤と一緒に走りまわった思い出の場所でもある、

 自分が成長したせいか、紅葉や柿の木がある庭は、昔より小さくなったように感じられた。


 加藤が庭から縁側に上がり、ガラリと引き戸を開けると声を掛ける。


「かあちゃん、ただいまー」


 間を置かず、奥からドタドタ足音がすると、加藤の母親が姿を現した。


「ゆ、雄一! 

 あんた!」


「かあちゃん……」


 パコーン


 加藤が母親に抱きつこうとしたが、素早い動作で自分のスリッパを手にした彼女は、息子の頭をそれで叩いた。


「な、なんで?」


 パコーン


「やっと帰って……」


 パコーン


 なんか、似たやり取りを、どこかの夫婦がしてたな。


「まだ分かんないのかい!」


 恰幅かっぷくがよい加藤の母親は、丸っこい温和な顔つきなので、怒ってもさほど怖くはないが、それでもかなり腹を立てているようだ。


「あたしゃね、こないだ史郎君が訪ねてくれた時に、なんでみんなが他の世界に行ったか、その原因を聞いてんだよ」


 加藤の顔が青くなる。この期に及んでやっと気づいたようだ。

 俺たちが異世界に転移した、直接の原因をつくったのは、ヤツだからね。


「あんたの事だから、三人に謝りもしてないんだろう。

 ここできちんとお謝り。 

 そうしないと家には入れないよ!」


 久しぶりに息子が帰ってきても、ダメなものはダメって言える。

 おばさんは、本当にすごい人だと思う。

 加藤が本物の勇者であることの根底には、彼女の人格が大きく影響しているんだろう。


「ボー、舞子ちゃん、畑山さん。

 俺のせいで異世界に行かせちゃってごめんなさい」


 加藤が、俺たちに頭を下げる。


「気にするな」

「私は向こうに行って良かったって思ってるから」

「うん、私もそうだよ」


 俺、畑山さん、舞子がそれぞれ彼の謝罪を受けいれた。しかし、加藤の謝罪って遅すぎない?


『(・ω・)つ やれやれ。これだから、ご主人様は……』


 なぜだか、点ちゃんに呆れられる。


「さあさあ、そんなところに立ってないで、みなさん上がってくださいな」


 おばさんの表情が、やっと緩んだ。


「お邪魔します」


 勝手知ったる調子で靴を揃え、縁側から奥の座敷へ通る。舞子と畑山もついてくる。

 十二畳ほどの和室に入った俺たちは、座布団に座りくつろぐ。


「あー、和室っていいわねー。

 畳の香りが堪らない」


 畑山さんは、和室の雰囲気を味わっているようだ。


「加藤君のおかあさん、変わらないね」


 舞子は小さなころ、よく俺と一緒にこの家に上がってたからね。


「そうだな。

 いい意味で変わらないな、おばさんは」


「待たせてワリい、ワリい」


 加藤がお茶を載せたお盆を掲げて入ってくる。目の周りが赤いのは、おばさんと抱きあって泣いたからかもしれない。

 四人がお茶を飲んでくつろいでいると、おばさんがお菓子をお盆に載せ入ってきた。


「みなさん、今日はウチでゆっくりしておくれ」


「はい、ぜひそうさせてください」


 積もる話もあるから、俺たちは一晩ここで厄介になるつもりでいる。


「今日は、腕によりをかけてご馳走を作るからね。

 楽しみにしといで」


 おばさんは、手のひらを俺の頭にポンと載せると、部屋から出ていった。


「ふーん、これが加藤の家ねえ」


「思ったより広いでしょ」


 加藤が畑山さんに答えているが、彼は彼女の実家が豪邸だとは知らないからね。


「あ、そうだ。

 ボー、せっかくだから、加藤と竜人の国に行った時の話してよ」


「うん、私も聞きたい」


 畑山さんと舞子のご所望で、竜人国と天竜国の話をする。


「あんた、古代竜なんかと戦ったの!?」


「ああ、加藤がいてくれたら少しは楽だったんだが、危ないところだったよ。

 まあ、リーヴァスさんがいたから何とかなったってのもあるな」


「あんた、どこに行ってもトラブルに愛されてるわね」


 畑山さん、それってフラグ立ててないか。今回は、あなたもそれに巻きこまれますよ。


「うーん、なんでだろうね。

 先生の件もトラブルって言えばトラブルだよね」


 そうやってお互いの近況を話しているうちに、あっという間に陽がかげり始めた。


「あー、話すこと沢山あるから、あっという間に時間がたつわね」


 確かに、畑山さんの言うとおりだね。


「ボーは、向こうで、魔法のレベルが二つも上がったんでしょ? 

 どんなスキルが手に入ったの?」


 そういえば、畑山さんには、まだ話してなかったか。


「一つは、時間に関係あるもので、朝食のアツアツクッキーにも使ってたんだ。

 もう一つは、融合って言って、二つの物をくっつけるスキルだね」


「くっつける?」


「加藤、ちょっと庭を借りるぞ」


 座敷のふすまと縁側のガラス戸を開け、庭が見えるようにした。

 その庭に白銀色をしたバイク型の点ちゃん4号改を出す。庭に飛びおりた白猫が、さっそくクンクンとバイクの匂いを嗅いでいる。


「おお! 

 なんだそりゃ、ボー。

 やけにかっこいいな」


「ボードがあるだろ。

 あの原理を応用したバイク型の乗り物なんだ」


「そういや、黒いのはドラゴニアで見せてもらったな? 

 これって、俺でも乗れるか?」


「いや、まだ無理だな。

 今、改造中だから、乗れるようになったら一台渡すよ」


「うおっ! 

 それは待ち遠しいな」


 俺と加藤が庭で騒いでいると、玄関の方から庭へ入ってくる足音がする。


「とうちゃん!」


 灰色の作業着を着た加藤のおじさんが姿を現す。

 林業に従事している加藤の父親は、小柄だがひき締まった体つきをしている。


「雄一! 

 帰ったのか!」


 加藤は裸足のまま、庭に跳びおりる。

 おじさんは、加藤の手をぐっと握った。


「いい手になったな」


 加藤はそれだけで、嗚咽を漏らしはじめた。

 二人を邪魔しても悪いと思い、俺は点ちゃん4号改を消すと座敷へ戻った。


 ◇


 夕食は、加藤のおばさんが腕によりをかけたというだけあり、とても豪華なものだった。


 俺と加藤のために肉料理中心のこってり系のもの、舞子、畑山さんのために野菜中心のあっさり系のものがきちんと作り分けられている。

 おばさんは料理が上手いから、これは食べがいがありそうだ。


 賑やかな夕食となった。俺たちが留守の間に起こった事や俺たちそれぞれの体験など、話題は尽きない。

 食事がもう終わるという時、聞き覚えがある足音が廊下から聞こえてきた。

 フスマが、からりと開く。 


「あっ、雄一! 

 それに史郎君もいる。

 お帰りー」


「ね、姉ちゃん。

 今日帰ってくる予定なかったんじゃない?」


「久しぶりに弟が帰ってきたのに、予定がなによ」


 この気風きっぷがいい女性は、加藤の姉で、大学四年生の博子ひろこさんだ。小さな頃から俺を可愛がってくれた人で、俺は彼女を『ヒロねえ』と呼んで懐いていた。

 ショートカットの髪がシャープな顔つきに似合っている。おじさん似だね。


「ヒロねえ、ご無沙汰してます」


「史郎君は、相変わらずお行儀がいいわね。 

 雄一も見習わないと。

 ところで、雄一は向こうでどうだった?」


 ヒロ姉は、おばさんから俺の話を伝え聞いたのだろう。

 彼女がその話を信じてくれていて、とても嬉しかった。


「そういえば、母さんに見せたっていう雄一の動画、今でも見られる?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 なぜか、加藤が青くなる。


「いや、ボーは疲れてるから、明日でいいだろう」


「何言ってんの。

 母さんに何度も自分だけ見たって自慢されて大変だったんだから。

 史郎君、構わないから映しちゃって」


 俺は壁にスクリーンを展開すると、マスケドニア国王と加藤が並んで映っている動画を流した。


「うわー、カッコいい人ね。

 こんな人が王様って、すごい国だね」


 ここまでは、ヒロ姉も喜んでくれたし良かったのだ。

 問題は、映像が終わる間際、画面上の加藤が放った一言だった。


『本当は、かあちゃんに紹介したい人もいるんだが、それは次の機会にするよ』


 あちゃー、これがあったか。

 この映像撮ったの、何か月も前の事だから、すっかり忘れてたよ。

 加藤、すまん。成仏してくれ。


 当然、畑山さんが発言する。


「紹介したい人って?」


「まあ、それはあれだ。

 あれだよ」


「あんた、私の事紹介してくれようとしてたの?」


「そ、それはもちろん、そうだよ」


 俺には加藤が地雷を踏む音が聞こえた。

 さっと部屋を出て行ったヒロ姉が、大きめのパレットを手に戻ってくる。

 俺は目を閉じた。~。


「この人が、紹介したい人じゃないの?」


 そこには、加藤と並んで映ったミツさんの姿があった。


「加藤、あんた……」


 畑山さんの声が凍りつく。


 その夜、加藤家では厳しい声で詰問する少女の声が深夜まで続いた。

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