第41話 初めの四人再び(下)


 ケーナイのポータルから出た加藤、畑山さん、俺の三人は、すぐさま狐人領のポータル部屋まで瞬間移動した。


 壁には黒い布がかけてある。この向こうに神樹様がいらっしゃるのだ。

 移動して十分ほどすると、ドアが開き舞子とコルネが入ってくる。


「シロー、久しぶり。

 お姉ちゃんは、元気にしてる?」


 コルネは、姉であるコルナのことが心配なようだ。


「ああ、向こうで大活躍だよ」


「そう、あなたが頼りないから心配してたんだけど……」


「シロー、この方は?」


「ああ、畑山さん、コルナには会ったよね。

 今の獣人会議議長で、コルナの妹さんが、このコルネさん」


「よろしくね、コルネさん。

 私は畑山っていうの」


「シローの知り合いでハタヤマ……もしかしてアリストの女王様ですか?」


「そうよ。

 でも、あなたとは立場もそう違わないから、お互いに敬語はやめにしましょう」


「そ、そうですね」


 コルネが三角耳をぴくぴくさせている。


「本当はお姉ちゃんのことをじっくり聞きたいんだけど、聖樹様のご用件ですから」


 コルネは聖樹様の名を口にするとき、恭しく頭を下げた。

 彼女は『神樹の巫女』だ。その立場からいうと、聖樹様は口にするのも畏れおおい存在なのだろう。


 コルネが黒い布をさっと引くと、壁いっぱいに木肌が現れた。目や口のような木のウロがある。

 神樹様から念話が来る。


『シロー、天竜国では世話になったな。

 さあ、聖樹様に会いに行くがよい』


 天竜国で、というのは、『光る木』の神樹様に関する事だな。


「いいえ、俺がやりたくてやったことです。

 こちらこそ神樹様には感謝しております」


 神樹様はそれには答えず、口にあたる部分のポータルを開けた。

 その中に、黒い渦巻きが見える。


「おい、ボー。

 本当に、これ大丈夫か?」


「加藤! 

 神樹様に対してなんたる口の利き方だ。

 反省しろ!」


 そう言うと、加藤をドンと押した。 


「あーっ――」


 加藤の悲鳴が途中でポータルに呑みこまれる。


「ミミちゃんみたい」


 コルネがよく分からないことを言っている。


「じゃ、行くよ」


 俺は畑山さんと舞子の手を取り、ポータルに入った。


 ◇


 ポータルの出口には、ルルの母であり、リーヴァスさんの娘でもあるエレノアさんが待っていた。

 彼女は、ここ『聖樹の島』で夫レガルスと共にギルドで働いている。

 ケーナイのアンデから、俺たちがいつ到着するか聞いていたのだろう。ギルド間には、世界の壁を越えて通信する方法があるという噂だ。

 なぜか顔を赤くした加藤が、エレノアさんの横に立っている。


「こんにちは、エレノアさん。

 レガルスさんは、どうされましたか?」


 レガルスというのは、エレノアさんの夫、つまりはルルの父親だ。


「それがねえ、あの人ったら今回はルルが来ないって分かったら、お前だけ行けって言うのよ。 

 思いきり、シバいてやったわ」


 エレノアさんは苦笑している。俺にはその場面がありありと浮かんた。


「はじめまして。

 畑山と言います。

 その馬鹿は、なんで赤くなってるんですか?」


「カトー君はね、なぜだかポータルから飛びだしてきたの。

 それを私が受けとめたってわけ」


「加藤君、どういうことかしら」


 畑山さんの声は、怖いほど静かだ。


「お、俺は悪くない。

 俺のせいじゃない……」


『(((;゜Д゜))) ご主人様ー、あれがガクブルだよね』


 そうだよ、点ちゃん。よく分かってるね。


「ああ、あなたが聖女様ね。

 ちょうど本部でケガ人が出たからお願いしてもいいかしら」


「初めまして、渡辺です。

 舞子と呼んでください。

 ケガをした人がいらっしゃるんですね。

 すぐにうかがいます」


「お願いね、マイコちゃん。 

 では、みんなで馬車に乗ってくれる?」


 見ると、少し離れた所に馬車が見える。荷台には見覚えのあるギルド職員が座っていた。


「エレノアさん。

 彼に、馬車を帰すように言ってもらえますか?」


「どうしてかしら。

 まあいいわ」


 エレノアさんが御者に声を掛けると、馬車は去っていった。


「以前使った、板みたいなのに乗るの?」


 エレノアさんは、かつてボードに乗った経験がある。


「いえ、時間が無いのでこれで――」


 次の瞬間、加藤、畑山さん、舞子、エレノアさん、俺の五人は、ギルド本部一階の広間にいた。


「なっ、何これ!?」


「俺の魔法です」


「はー、父さんもだけど、黒鉄くろがねの冒険者って、どうしてこうも常識から外れてるのかしら」


「エレノアさん、こいつの非常識は昔からですよ」


 いやいや、加藤、お前がそれを言うかね。


「おや、久しぶりじゃないか」


 ギルドの広間に姿を現したのは、ギルド本部の長、ミランダさんだ。後ろに二人、ギルド職員を従えている。


「ご無沙汰しております」


 俺たちは自然に膝をつく。これが本当の威厳というものだろう。


「シロー、ずい分頑張ってるようね。

 ギルドとして誇らしいよ」


「ええ、好きにやってるだけなんですが」


「相変わらずね、あなたは。

 ところで、そちらの方が聖女様?」


「はい、舞子といいます」


「聖女マイコ様、どうかお立ちください。

 今ちょうどケガをした者がおります。

 どうか祝福を与えてやってください」


 ミランダが目で合図すると、後ろに控えていた一人の女性が舞子の手を取り、建物の奥へと消えた。 


「さあ、本当はあなたからドラゴニアの情報をもらいたいところなんだけど、聖樹様のお言葉ですから、まずそちらを優先しないと」


「はい、分かっております。

 聖女舞子の仕事が終われば、すぐに向かいます」


 聖樹様がいらっしゃる場所は、ギルド本部から少し離れている。

 ミランダさんだけにこの後に起こるだろう事を念話で伝えておく。ミランダさんは、驚いた顔をしたが、黙って頷いてくれた。


 間もなく、舞子が戻ってきた。

 先ほど彼女を連れていったギルド関係者が、ミランダさんに報告する。


「ケガ人は、すっかり元通りです」


「聖女様、本当にありがとうございます」


 ミランダさんが、舞子に頭をさげる。


「いえ、お力になれて良かったです」


 舞子はニッコリ微笑んだ。彼女は聖女としての貫禄が出てきたね。


「では、ミランダ様、行ってまいります」


「十分に気をつけるのよ。

 四人揃ってね」


 ミランダさんは、俺と彼女にだけ分かる一言を最後に添えてくれた。

 次の瞬間、ミランダさんの前から、畑山、舞子、加藤、俺の姿が消えた。

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