第40話 初めの四人再び(上)


 加藤と俺、そして白い子猫は、竜人国のポータルから獣人世界グレイルのポータルへと出てきた。


 そこは石造りの部屋だ。ここにも灯りはないから、水晶灯が役に立った。部屋は狭く、冷え冷えとしており、あまり長居したい場所ではない。

 ドアのない入り口から外にでると、これも石造りの通路が折れ曲がりながら続いている。

 一度来たことがある俺は平気だが、加藤は曲がり角が来るたびに警戒している。


「おい、なんでそんなことやってるんだ?」


「だって、なんか幽霊とか出そうじゃないか?」


 それは、お化け屋敷だろう。

 だいたい、幽霊を怖がる勇者ってどうよ。


「お、外だ!」


 外からの光が見えたので、加藤が走りだす。

 相変わらずだな、こいつは。


「あわわわわ」


 いや、アニメでは見たことあるけど、落ちそうになって手をぐるぐる回す人って、初めて見たよ。

 通路からの出口は、絶壁の中ほどに開いていた。下を覗くと、かなり遠くに白い筋が見える。崖の下に川が流れているのだ。


「おいっ! 

 崖があるって何で言わなかったんだよ!」


 お前が勝手につっ走ったからだろう。

 加藤の質問には取りあわず、点収納から二人用のボードを出した。

 崖際の壁には石の柱があり、そこに丈夫そうなロープが巻きつけてあるから、四竜社の竜人はこれを使っているのだろう。

 加藤をボードの後ろに乗せ、崖から飛びだす。


「うわっ! 

 怖っ!」

 

 慣れていないと怖いかもね。ボードを上昇させ、崖の上に出る。周囲は、見渡す限り青い山脈が続いていた。

 ボードから点ちゃん1号に乗りかえる。


「あー、くつろぐわ~」


 加藤はさっそく手足を投げだし、ソファーに座っている。

 せっかくだから二人分の香草茶を入れる。

 子猫ブランには、竜人国で手に入れたミルクを出す。これは鹿のような魔獣ジジから採った鹿乳だ。

 子猫は、目を細めて鹿乳をなめている。


 俺たちが香草茶を楽しんでいる間にも、点ちゃん1号は、ケーナイに近づいている。一時間ほどで、大陸を縦断し、ケーナイ上空まで来た。


 そういえば、各ポータルの入り口付近に点を設置しておけば、こういった移動の手間は省けるのか。まあ、瞬間移動ばかりでは味気ないけどね。やっぱり旅はその過程が大事だよ。


 ケーナイ郊外には聖女舞子の家がある。俺は1号をその庭に着陸させた。

 この世界に着いてすぐ念話で知らせておいたので、舞子は屋敷の外で待っていた。彼女の斜め後ろにはピエロッティが控えている。


「史郎君、お帰り! 

 無事でよかった。

 ご家族の皆さんに、会えたんだね」


「ああ。

 それより、君が用意してくれた治癒の魔石でコルナが命拾いしたよ。

 本当にありがとう」


「えっ! 

 コルナちゃんが怪我でもしたの?」


「蜂に刺されたんだよ」


 点収納から蜂の針を取りだし、見せてやる。


「きゃっ! 

 なにそれ?」


「これがコルナに刺さっていた蜂の針」


「えーっ! 

 凄く大きな蜂だったんだね」


「ああ、これくらいはあったぞ」


 俺が右手の握りこぶしを見せる。


「痛かったろうね。

 魔石が効いたんならよかったけど」


「コルナはね、蜂からナルとメルを守ろうとしたそうだよ」


「ふーん……」


「舞子ちゃん、それよりボーから今回の旅について聞いてる?」


 加藤が口をはさむ。


「まだ詳しくは聞いてないよ」


「聖樹様ってのに会いに、エルフが住んでる世界に行くそうだよ」


「えっ!? 

 私も?」


「そうだろ、ボー」


「ああ、聖樹様からのお言葉は、俺たち四人でということだった」


「聖樹様って、どんな人?」


「前に話さなかったっけ。

 とても大きな木だね」


「なんだ、女の人じゃなかったのか」


「舞子、俺と加藤を一緒にしないでくれよ」


「おい、そこでなんで俺の名前が出る」


 俺たちがワイワイやっていると、門から馬車が入ってくるのが見えた。

 客車から、ポルの母親とミミの両親が降りてくる。ケーナイのギルドマスター、アンデがひらりと御者台から飛びおりる。

 舞子が四人を歓迎した。


「ようこそいらっしゃいました」


 四人は、舞子の前に膝をつく。


「聖女様、お招き頂き、恐悦至極です」


 アンデの言葉を合図に、四人が一斉に頭を下げる。

 舞子は四人を立たせると、屋敷の中に招きいれた。


 加藤と、白猫を肩に乗せた俺も、その後に続いた。


 ◇


「シロー、無事でよかったぜ」


「アンデ、ギルドがポンポコリンの助力をしてくれたそうだね。

 どうもありがとう」


「いや、みんな喜んで手伝ってくれたよ。

 なんせ、今やパーティ・ポンポコリンは、みんなの目標だからな」


「ホント感謝してる。

 今回はギルドには寄れないが、みんなによろしくな」


「ああ、いつでもいいから来てくれよ」


 お茶をはさんで俺とアンデが話していると、うずうずしていたポルのお母さんが話しかけてくる。


「ポルナレフは……息子は無事ですか? 

 病気になったりしてませんか? 

 みなさんのお役に立てていますか?」


「相変わらずの大活躍ですよ。

 真竜廟というダンジョンがあって、そこを攻略することになったのですが――」


 俺がドラゴニアでのポルとミミの活躍を話しだすと、ミミの両親も側に来て熱心に聞いている。

 真竜廟第三層でミミが大蛇に襲われた場面では、ミミの両親が悲鳴を上げたが、ポルがそのミミを救ったと分かると歓声が上がる。

 こうして俺は、ポルのお母さんとミミの両親に二人の活躍を伝えることが出来た。


 竜王様のお世話に係わっていることについては、ポル、ミミ、二人の安全にも係わるから絶対に口外しないよう念を押しておく。


 真竜廟の攻略に参加しなかった加藤も、食いいるように俺の話を聞いていた。


 ◇


 次の日、俺はさっそくアリストへ向け旅立った。


 グレイルに残して来た舞子は、ピエロッティとともに狐人領へ瞬間移動させてある。聖樹様がいるエルファリアへのポータルは、狐人領にあるから、そこで落ちあう手筈になっている。

 加藤は、どうしてもミツさんに会いたいと言うのでアリストへ同行する。

 ケーナイのポータルから、アリスト東部の鉱山都市にあるポータルへと渡る。


 ポータルを出たところで、いつもの少年と挨拶すると、すぐに王城に瞬間移動した。

 本当はギルドにも寄りたいのだが、今回は時間が無いから諦める。

 念話を通じ、ミツさんが軍師ショーカの屋敷にいることを確認したので、加藤はそこに瞬間移動させておいた。


 王城の貴賓室に跳ぶと、すでにお茶が用意されていた。

 それを飲み待っていると、畑山さんが部屋に入ってくる。

 いつもの女王としての正装ではなく、冒険者風の服を着ている。


「ボー、お帰り」


「あれ? 

 その服装でいいの? 

 そういえば、セーラー服はどうしたの?」


 彼女は日本から転移したとき、学生服を着ていたからね。


「ああ、あれは錬金術の連中が研究させてくれって持ってっちゃった」


「そうか。

 そうそう、治癒の魔石、ありがとう。

 あれで仲間が命拾いしたよ」


「そう、役に立ったならよかったわ。

 ところで、加藤はどうしたの?」


「ああ、ちょっとマスケドニアに行ってる」


 畑山さんは、それだけで全て察したようだ。


「あいつ! 

 今に見てなさいよ」


 加藤の身に危機が迫るが、俺にはどうしようもない。


「しかし、よくレダーマンが今回の旅行を許してくれたね」


「ああ、最初は猛反対してたのよ。

 でもギルドの長だっけ、ミランダっていう人からの手紙を見た途端、豹変したのよ。 

 何が書いてあったのかしら」


 きっとその手紙でミランダさんは、聖樹様のことに触れていたのだろう。

 だいたいポータルズ世界の全ギルドを敵に回すような、馬鹿な真似はできないしね。

 ノックの音がすると、そのレダーマン騎士長とハートン筆頭宮廷魔術師が入ってきた。


「シロー殿、くれぐれも我らの女王様をお願いします」

「なにがあっても、無事にお戻りください」


「ええ、任せておいてください」


 ここは、こう言うしかないだろう。


「ところで、勇者様は?」


 レダーマンがキョロキョロ見まわしている。


「ああ、もうそろそろいいかな」


 俺は点魔法を発動し、加藤を瞬間移動させた。


「あっ! 

 なにっ!? 

 どういうこと?」


 加藤はなぜか上半身裸で、唇の周りや首筋が赤くなっている。

 俺は怖くなり、すぐに部屋から外へ出た。

 部屋の中から音が全く聞こえないのは、王城の普請がいいのか、もしかすると、防音の魔術が掛けられているからかもしれない。

 間もなく、レダーマンとハートンが部屋から飛びだしてくる。

 二人とも青くなり、脂汗を流している。


「シロー殿、一人だけ先に……ずるいですぞ」


 ハートンが恨めしそうにこちらを見る。


「まあ、二人とも無事でよかったですね」


 それから三十分ほどして、ドアがぎいーっと開くと、つやつやした顔の畑山さんが出てきた。


「ボー、急ぐんでしょ。

 そろそろ行きましょうか」


 女王様は、ご機嫌のご様子だ。


「ああ、分かった」


 俺は、ドアを開け中に入った。

 部屋の中は、椅子やテーブルが倒れており、花瓶も割れている。そして、部屋の中央に加藤が大の字に横たわっていた。

 久しぶりに見たな、『大の字』


「おい、加藤。

 大丈夫か?」


「ボ、ボー……お前、なんてことしてくれるんだよ」


「お前がよく人の話を聞かないからだぞ。 

 俺は、一時間したら瞬間移動させるって言ってあっただろうが」


「いや、点魔法で俺の事を見ていれば……いや、いい。

 俺が悪かった」


「お前、ひどいことになってるな」


 加藤は髪の毛がぼさぼさで、口の周りがさっきより赤くなっており、首と胸にも赤くなった痕が沢山ついていた。


「俺、生きていく自信が無くなったよ」


 俺は吹きだしそうになるのをぐっとこらえ、こう言った。


「勇者はいつも毅然としてろよ。

『男はつらいよ』って言葉があるだろう」


「……他人事だと思って面白がってないだろうな?」


「そんなわけないだろう」


 念話を繋いでたら俺の『ぎくっ』っていうのが聞かれてたな。


「とにかく服を整えろ」


 点収納から、替えの服とズボンを出してやる。俺のだから加藤には少し小さいが、この際そんなことは言ってられない。

 加藤が着がえたので、二人して廊下に出る。そこには、窓から外を見ていて背中しか見えない畑山さんと、レダーマン、ハートンがいた。

 レダーマンが俺の耳に口を寄せる。


「あんなにご機嫌な陛下は、今まで見たことがありません。

 一体何があったのでしょう」


 俺に聞くなよ、俺に。

 気を取りなおし、畑山さんと加藤に声を掛ける。


「じゃ、行くよ」


「……ああ、いいぞ」

「ふふふ、どうぞ」


 次の瞬間、俺たち三人は、鉱山都市のポータル前にいた。


 いつもの少年はいないが、許可を出すべき女王陛下自身が一緒だから、ここはかまわないだろう。


 加藤、畑山さん、俺の三人は、ポータルを潜った。

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