第42話 聖樹様の導き


 ギルド本部から瞬間移動した俺たち四人は、森の中に立っていた。


 俺の肩に乗っている白猫ブランが「ミーミー」と鳴く。今までに無かった鳴き方だ。ブランも聖樹様の力を感じているのだろう。

 それは心が落ちつく、温かい波動のようなものだった。


「おい、ボー、その聖樹様ってのは、どこだい?」


 しかし、ちょっと鈍感な者もいるようだ。


「あー、加藤、お前の目の前だよ」


「目の前ったって、森しか見えないぞ」


 聖樹様のお姿はギルド本部の窓からも見えていたのだが、加藤はそれに気づかなかったようだ。


「加藤……」


 畑山さんが目を見開き、前方を指さしている。


「え? 

 そっち? 

 でもそっちにも森しかないぞ」


 あまりに巨大な聖樹様の幹は、ただの背景にしか見えないらしい。しょうがないから、俺が上を指さした。

 加藤がいぶかし気に空を見あげる。


「な、な、なんだ、あれはっ!」


 まあ、最初目にしたら驚くよね。空の大部分を覆っているのが聖樹様の枝だから。

 舞子は膝まずき、何か祈っているようだ。聖女をして敬虔な気持ちにさせる何かが、聖樹様の周囲には漂っていた。


『よく来たな、シロー』


 人の声に比べ、とてもゆっくりした聖樹様の念話が頭に入ってくる。以前来た時、聖樹様には点をつけさせてもらってるからね。


『ご無沙汰しておりました』


『竜の里で、我が子供たちが世話をかけたな。

 礼を言うぞ』


『いえ、こちらが神樹様にお世話になりました』


『かの地の神樹から、言伝(ことづて)は聞いておるな?』


『はい』


『竜族に伝わる秘宝は持ってきておるな?』


『はい、持ってまいりました』


 宝が間違っていたらどうしようかと思い、ドキドキした。宝物庫の目ぼしいものは一揃え持ってきてるんだけどね。

 点収納から、黄金色に輝くスモモくらいの玉を三つ手のひらに出す。

 それを、聖樹様の方へ捧げるように持ちあげた。


『ふむ、確かに竜族に伝わる秘宝。

 点の子よ、我とその三人も繋いでくれるか』


『(^▽^)/ 分かったー』


 て、点ちゃん、いくら何でも聖樹様には敬語を使おうよ。


『(?ω?) 敬語って何ー?』


 いや、もういいです。


『(^▽^) 付けたよー』


『勇者、聖騎士、聖女に覚醒した者よ。

 我が声が、届いておるか?』


「ボー、このゆっくりした声は?」


「加藤、頭が高いぞ。

 聖樹様のお声だ」


「へへーっ!」


 加藤が平伏する。この勇者、チョロイな。

 でも、近くでこのお姿を見せられたら無理もないか。


『お主ら三人も、我らの運命を担(にな)っておる』


 えっ!? 加藤たちも、聖樹様、神樹様と係わりがあったの!?


『お互いがお互いを補(おぎな)いあい、前に進め』


 お互いに助けあえってことだな、きっと。


『はい、聖樹様』

『お言葉通りに』

『へへーっ!』


 畑山さん、舞子、加藤がそれぞれ、お言葉に答える。


『シローに力を与えるゆえ、お主らもそれを使うがよい』


『『『ありがとうございます』』』


 三人が念話で声を合わせる。


『史郎よ、宝玉を顔の前に掲げよ』


 俺は言われるまま、宝玉を載せた両手を顔の前まで持ってきた。

 周囲にじんわりと力が満ちる気配がすると、手の上にある宝玉が光を放ちはじめる。


 その光は黄金色で、まるで宝玉が空間そのものに、にじんで溶けこんでいくような錯覚を覚えた。

 三つの玉が浮きあがると、ゆっくり回転をはじめる。

 回転が速くなり、その円が小さくなる。

 お互いが重なりあうほどに近づいても、玉は回転をやめなかった。

 

 玉が一つになったと思った瞬間、それは光の矢となり、俺の額に突きささった。


 ◇


「ボー、大丈夫か? 

 おい、ボー!」


 遠くで加藤の声が聞こえる。

 それがだんだん大きくなると、意識が戻った。


「おっ! 

 目が覚めたか。

 何があったか覚えてるか?

 光がお前の頭にぶち当たったと思ったら、突然倒れたんだ」


 あれは夢ではなかったのか。

 聖樹様に念話で呼びかけたが、お返事がない。きっとさっきの技で、お力を使いはたされたのだろう。しばらくは、お話しになれないはずだ。

 光に驚いて肩から飛びおりていた子猫ブランが、ふたたび俺の肩に跳びのった。


「ボー、ここは大丈夫?」


 畑山さんが、彼女の額を指で押さえる。

 自分の額に触れると、何か硬いものがある。それは、少し熱をもっているように思えた。


「史郎君、本当に大丈夫? 

 おでこに金色のホクロができてるよ」


 舞子の言葉を聞き、俺は慌てて白銀のパレットを作り、それを薄い『枯れクズ』と合わせる。二枚の接触面に、「付与 融合」を施すと、即席の鏡ができあがった。

 自分の顔を映してみる。

 舞子が言うとおり、額の中央辺りにゴマ粒よりすこし大きな、金色のホクロができている。指で触ってみると、硬く、押さえてもびくともしないから、奥にもそれが広がっているのだろう。

 

 これ、大丈夫なんだろうか。聖樹様が関わったからには、万が一にも間違えはないだろうけど。

 点ちゃん、これが何なのか分かる?


『(Pω・) 材質は、あの金色をした三つの玉と同じものですね』


 目を閉じ、額のホクロに意識を集中させる。

 何か前方の暗闇にひらひらした布のようなものが現れた。

 布の数は、六枚。近いものと遠いものがあり、よく見ると、絵の様なものが見える。一枚の布に意識を集中すると、その絵が浮かびあがってくる。

 それが何かに気づいたとたん、聖樹様のなさりたかったことが分かった。そして、自分が何を与えられたかも。


「史郎君、史郎君、大丈夫?」


 黙りこんだ俺を、心配顔の舞子が覗きこむ。

 俺が視線を上げると、舞子は、なぜか赤くしたその顔をぱっと遠ざけた。


「ちょっと待ってね」


 点ちゃんと俺は、何ができるようになったか検証していた。

 頭の中はフル回転してるけれど、黙ってるから、ぼーっとしてるように見えるだろうね。

 どうだい、点ちゃん。


『(^▽^) 実験は成功です』


 じゃ、さっそく使ってみるかな。


「加藤、畑山さん、舞子。

 ちょっと来てくれ」


 三人が、地面に座りこんだ俺の周りに集まる。


「聖樹様から、ある力を授かった」


 俺の言い方がいつになく真面目なものなので、みんながはっとした顔をする。


「それは、世界を渡る力だ」


「「「えっ!」」」


 これは、さすがに驚くよね。


「ということは、ボー、あんたは自由に異世界を行き来できるってこと?」


 畑山さんは理解が早い。


「正確に言うと、今まで訪れたことがある世界の、訪れたことがある場所に行けるという能力だね」


「ふえ~、とんでもねえな。

 聖樹様、ぱねー」


 加藤のその言葉、聖樹様に聞かれなきゃいいけど。


「史郎君、地球にも帰れるの?」


 舞子は元々くりっとした目が、驚きで丸くなっている。


「ああ、帰れると思うよ」


「でも、それ、危なくないの?」


 さすが女王様。畑山さんは油断しない。


「さっき、俺、ちょっとぼーっとしてたでしょ」


「ええ、あんたらしい顔をしてたわね」


 どんな顔だ?


「とにかく、その間に点ちゃんと力を検証してたんだ」


「じゃ、安全そうなのね」


「うん、点ちゃんはそう言ってる」


 聖樹様プラス点ちゃんとなると、信頼度は抜群だ。


「三人はどうする? 

 俺は、これからすぐに地球に戻るよ。

 聖樹様が、それを望んでおられるようだから」


「そうなの? 

 うーん、どうしようかしら……」


 さすがに畑山さんは悩んでるな。女王として、国の仕事があるからね。


「俺は四人で帰るべきだと考えてる。

 聖樹様が俺たちを集めたのは、そういうことだと思う」


「なるほど、ボーの言うことは一理あるな。

 俺は帰るぜ。

 かあちゃんに、握り飯のお礼言ってないからな」 


 おいおい、ここに来て加藤の判断基準はおにぎりですか。


「舞子はどうする?」


「私、帰る」


 舞子は、前から心を決めていたようだ。


「ボー、アリストに戻れるのは確実なのね」


「ああ、畑山さん、俺はそう思ってる」


「よし決めた。

 四人で帰るわよ。

 そうと決まったら、加藤、さっさと準備なさい」


「えっ!? 

 準備? 

 でも、準備っていっても――」


「察しが悪いわね。

 心の準備よ、心の。

 ボー、一気にやっちゃって」


 なんか、虫歯を抜くみたいになってないか?


「じゃ、とりあえず、様式美を守って四人で手を繋ぐか」


 俺、舞子、加藤、畑山さんが、それぞれ隣の手を取る。


「では行くよ。

 地球に着くまでは、念のため手は離さないように」


「うん」 

「いいわよ」 

「よっしゃ!」

「ミーッ」


 最後にブランの肉球を、俺たちが重ねた手の上に置いた。

 俺は額のホクロに意識を集めると、浮かび上がった布に故郷の風景が映ったものを選ぶ。


 白猫を肩に乗せた俺は、聖樹様にお礼の念話を送ってから、世界間転移の魔法を発動した。


――――――――――――――――

ポータルズ 第7シーズン「天竜国編」終了 

ポータルズ 第8シーズン「地球訪問編」に続く

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