第25話 竜闘で敗れた男
ポルが太鼓を鳴らすと、それほど経たずにラズローが部屋に入ってくる。
彼は、不安そうな表情をしていた。
「お話は、終わりましたか?」
「ええ。
まず竜闘について、詳しく教えてください」
「そうですね……。
少々、お待ちください」
彼は部屋から出ていくと、五分ほどで、また戻ってきた。
「どうぞ、みなさん。
こちらに、おいで下さい」
俺たちは、彼の後を追い、部屋を出た。
ラズローは、長い廊下を歩いた果てにある、小さなドアの前で立ちどまった。
ノックをしてから、部屋に入る。
部屋は八畳くらいの広さで、中央にベッドが置かれていた。角部屋で、広い窓が二面にとってある。ただ、窓にはシェードのようなものが掛かっており、部屋の中は薄暗かった。
「父上、お連れしました」
彼はそう言うと、数歩横に寄った。
俺たちは、ベッドの側に並んだ。
横たわっている竜人が上半身を起こす。赤い髪に白いものが混じった男は、かなり大柄だった。ただ、長いこと床に就いているせいか、痩せていた。
右目に赤い眼帯を掛けており、もう一つの目からは、知性が感じられる。右手は、肘から先が無かった。
「マルローと申す。
このような格好で申しわけない」
男の声は深く、よく響いた。
「リーヴァスと申します。
こちらこそ、お休みの所、お騒がせします」
リーヴァスさんが返す。
マルローの目が、俺たち五人をぐるりと見回した。
「大まかなことは、息子から聞いております。
竜闘について知りたいのですかな?」
「ええ。
ですが、その前に……」
俺は、そう答えておく。
点ちゃん、彼の身体はどうなってる?
『(Pω・) ……ご主人様、なんか毒が入ってるよ』
誰かが、飲ませてるの?
『d(u ω u) かまり前に、体へ入ったものだと思う』
なるほど、もしかすると……
点ちゃん、毒を取りのぞくことはできるかな?
『(^▽^) 時間はかかるけど、できるよー』
じゃ、お願いしていいかな。
『(^▽^)/ はーい』
俺が手をかざすと、彼の身体の中にいくつか点が入っていく。治癒魔術の光が体の数か所で
「こ、これは?」
「治癒魔術です。
勝手ながら、掛けさせていただきました」
「かたじけない。
少し楽になりました。
では、竜闘について話しましょう」
『竜族決闘』、つまり竜闘は古くから伝わる竜人の伝統である。
かつて、四つの竜人族間には、絶え間ない戦争があった。
あるとき、天から竜が舞いおり、彼らに戦争を止めさせた。その時、争いの解決法として取りいれられたのが、竜闘である。
竜闘は各竜族の族長決定など、大事な決め事を行うときにも使われるようになった。今では、罪を犯した者が、それを認めない時にも使われることがある。
竜闘の方法は、基本的に一対一の戦いである。
武器を一つだけ持つことが許されている。盾や鎧などの防具は、使用できない。魔術は使ってもよいが、竜闘を行う竜舞台では、治癒魔術が使えない。
竜人には、攻撃魔術を使える者がほとんどいないので、使われるのは身体強化の魔術程度で、ほとんど近接戦闘のみで勝負が行われる。
どちらかが降参を告げるか、戦闘不能になった場合、または舞台上から外に出た場合に試合終了となる。
稀に行われる団体戦では、決められた人数から一人ずつが舞台に上がり戦う。一人は、一勝負にしか出られない。この形式では、勝ち数の多い方が勝利となる。
マルローが竜闘について話してくれたのは、以上のような事だった。
俺は気になることがあったので、それについて質問をすることにした。
「俺は、シローと言います。
あなたが、ビギと戦った時のことを詳しく知りたいのですが」
ラズローの父は、ちょっと驚いた顔をしたが、快くそれに答えてくれた。
「彼が戦う姿は、それまでに何度か見ていたので、正直、負ける気はしなかった。
竜闘が始まってしばらくは、私が彼を圧倒していたのだが……」
彼は、その時のことを思いだしているのだろう。眉を
「彼の剣が、私の左手を
マルローは、左手に薄っすら残る、傷跡を見せた。
ラズローが、割りこむ。
「父は……父が、右手を失った後、地面に倒れたのだが、普通ならそこで勝負は終わる。
ビギは、倒れた父の目を剣で刺した」
彼の声は、怒りで震えていた。
なるほど、何が起こったか少しずつ見えてくる。恐らくビギは、剣に毒を塗っていたのだろう。マルローは、左手に傷を負った時、毒を受けた。右手を失うくらいでは、戦いの後で動けなくなる原因にはならないと考えたビギは、マルローの右目に剣を刺したのだろう。
ビギという男の用心深さと残忍性が、よく分かる。
「他に聞きたいことはありませんか」
マルローが話す声が聞こえ、俺は思考から現実に戻った。
「シロー、何かありますかな?」
「いえ、とても参考になりました。
ありがとうございます」
俺の声で、ミミとポルも頭を下げる。
「本当なら、竜闘の場まで出むいてアドバイスをしたいのですが、
本当に残念でなりません。
あなた方にも、誠に申しわけない」
「いえいえ、お気遣いなされるな」
リーヴァスが、にこやかに言う。
「もしかすると、竜闘までに、お体が良くなっているかもしれませんよ」
俺が言うと、マルローは寂しそうに笑った。
「そうなれば、いいのですが……」
「では、長居しても、お父上のお体に障りますからな。
我らは、これにて失礼します」
リーヴァスの声を合図に、俺たちは部屋を出た。
◇
食事をした部屋に戻ると、新しくお茶のカップが用意されていた。
俺たちが席に着くと、お茶が注がれる。注いでいる人の顔を見て驚いた。それは、ポンポコ商会を訪れた赤髪の娘だった。
ラズローが、席に座る。
「娘は、どうしても自分でお詫びがしたいと申しましてな」
「皆さん、ごめんなさい」
太った娘は、ペコリと頭を下げた。
「これは、娘が秘蔵しているお茶だそうです。
どうぞ、召しあがってください」
俺は、言われるまま、お茶に口をつけた。
「!」
花のような香りがするお茶は、素晴らしかった。最初バラのような風味が立ち、最後に甘みが残る。しかも、ひつこい甘さではない。
「この甘みは?」
お茶好きのルルが尋ねる。
「これは、
甘さは、この花の蜜からくるものです」
娘が説明する。
「このお茶を分けてもらえますか?」
俺は、尋ねた。
「毎年、少ししか咲かない花なので、わずかでよければ」
俺は、お茶好きのルルのため、どうしてもそのお茶を持ちかえりたかった。
「ありがとう」
俺が言うと、娘が顔をまっ赤にしている。
給仕の女性が、パンケーキのようなものを皿に載せて入ってきた。俺は、それを少し口に入れて驚いた。旨いのだ。明らかに甘味が入っている。
「これは、甘味が入っていますね?」
「ええ。
実は、私の家は甘味の販売について権利を持っていまして。
娘が、お店に押しかけたのは、家の権利が脅かされると心配しての事だったそうです」
ラズローが、説明してくれる。
なるほど、それなら娘の行動も納得できる。
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしそうに謝る赤髪の娘は、店に来た時と別人のようだった。
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