第5部 四竜社

第26話 四竜社からの招待状


 ラズロー邸を訪れた翌日、俺たちの所を、予期していた者が訪れた。四竜社よんりゅうしゃからの使いだ。

 イオの家を訪れた男は黒髪、つまり黒竜族の若者で、最初から喧嘩腰だった。


「おい、お前らが、迷い人か?」


 ちょうど、店の用意に出かけようとしている、リーヴァスさんと俺に話しかけてくる。二人とも、男を無視し、黙々と準備をする。

 痺れを切らした男が、リーヴァスさんの肩を掴もうとした。

 ぱしっ、と音がすると、男の手首をリーヴァスさんが握っていた。


「無礼ですな」


 静かな口調が、かえって怖い。

 無表情なリーヴァスさんとは対照的に、男の顔が歪んでくる。


「放せっ! 

 痛いっ!」


 男が、空いているほうの左手で、懐から何か出そうとする。


 ゴリッ


 骨の鳴る音がする。男は左手を懐から離した。

 声も出せないのだろう、苦痛でひどい顔になっている。

 黒竜族は、やや顔が浅黒いから、顔色、分かりにくいんだけどね。


 リーヴァスさんの腕を左手で、とんとん叩いている。参ったってことだね、きっと。

 リーヴァスさんが手を放すと、若者は右手を抱えこみ、地面にうずくまってしまった。

 俺たちが仕事場の方へ歩きはじめると、やっとのことで立ちあがった若者が、追いかけてきた。


「ま、待てっ」


 当然、二人とも待たない。俺たちの後を追い、ポルが家から出てきた。


「この人は?」


「お、お前でいい、これをこいつらに渡してくれ」


 右手が利かないのだろう。男は、左手を使い、苦労の末、懐から封筒のようなものを出した。

 ポルが、俺の顔を見る。俺が首を左右に振ると、彼も黙ったまま、俺たちの後についてくる。


「た、頼む。

 これだけでいいから、受けとってくれ」


 男が前に回り、封筒を突きだす。俺たちは、それを無視してさらに先へ進む。

 男は俺たちの前に飛びだすと、とうとう座りこんでしまった。


「せめて、これだけでも受けとってください!」


 男は、必死の形相だ。

 通行人が、何事かと集まってくる。

 黒竜族の若者が、地面に座りこんでいる姿を目にすると、みなが驚いている。

 竜人は、プライドが高いからね。他種族に頭を下げるだけでも、普通ではない。


「人にものを頼むなら、まずきちんと挨拶して、名前を知らせるのべきではないですかな」


 リーヴァスさんが、当たり前のことを言う。周囲を取りかこんだ見物人も、みな頷いている。


「分かった、分かったから」


 男が言うので、俺はリーヴァスさんとポルに目配せすると、再び歩きだそうとした。


「分かりました、すみません。

 どうか、話を聞いてください」


「何ですかな」


 リーヴァスさんは、やっと話を聞く気になったようだ。


「四竜社から来た、ミマスと言います。

 どうか、この手紙を受けとってください」


 リーヴァスは、手紙を受けとった。


「あなたは、まだ若いのだから、失敗することもあるでしょう。

 以後、気をつけなさい」


 彼が、優しく言うと、黒竜族の若者は左手で顔を覆った。

 目の辺りをゴシゴシ擦っていたが、ペコリと礼をすると去っていった。

 彼は、立ちさる時、体の匂いを嗅ぐような仕草をしている。

 それを見て気がついた。


 役所で、俺から臭撃しゅうげきを受けた者の一人に違いない。

 あの時は、兜をかぶっていたからね。

 まあ、かぶっていなかったとしても、黒竜族の顔つきの違いは、分からないのだが。

 なぜ若者が最初から喧嘩腰だったのか、やっと理解できた。


 その後、いつものように大繁盛のお店を切りもりしてから、イオの家に帰った。


 ◇


 夕食の後、地下二階の一室に、全員が集まった。


 魔術灯の下、リーヴァスが、昼間黒竜族の若者から受けとった封筒を開く。

 彼は、それをリニアに渡した。


「読んでいただけますかな?」


「はい。

 挨拶の部分は、飛ばしますね」



 迷い人は、竜人の国に滞在するとき、役所で許可をもらう必要がある。

 あなたたちは、まだそれを済ませていないから、本来、罰を受けるべき立場にある。

 しかし、迷い人は、この世界に慣れていないこともあるだろうから、四竜社まで出向くなら、罪には問わない。



 リニアが、読んでくれた手紙の内容はこうだった。

 期日は、二日後となっていた。


「さて、どうしますかな」


「そうですね……。

 リニアは、どう思う?」


 俺は、この世界に詳しい彼女に話を振った。


「……そうですね。

 出向いた方がいいとは思いますが、罠を仕掛けているかもしれません」


 四竜社の頭であるビギという男に関し、これまで集まった情報から考えるなら、十分ありえる話だ。


「出向かないと、それが相手に口実を与えるきっかけになるわね」


 コルナが、ゆっくりした口調でそう言った。


「ナルとメルは、行かない方がいいと思います」


 ルルは、きっぱりそう言った。


「コリーダは、どう思う?」


「私も行きたいけど、戦闘になったら、足手まといになりそうね」


「そうですな。

 私、シロー、ポルの三人で行きますか」


 あご髭を撫でたリーヴァスさんが、そう言う。


「俺は、いいのか?」


 加藤が、俺に声を掛ける。


「加藤は、ここで皆を守ってやってくれ」


「分かった」


 こうして、俺たちは、四竜社からの招待を受ける事になった。

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