第24話 ラズロー邸
翌日の昼を回るころ、俺たちが、店の所で待っていると、赤竜族の若い女性が迎えにきた。
「リーヴァス様でしょうか?」
「そうですが」
「お迎えに参りました。
私は、ケルンと申します。
どうぞ、こちらにお乗りください」
二頭のシカ型魔獣が引いた客車に乗りこむ。魔獣は、森で襲ってきたジジという獣に似ているが、毛の色が黒いから、別の種類かもしれない。
周囲で店をやっている人たちが驚いていたから、そういった乗り物は、珍しいのだろう。
乗り物は、ゆっくり街中の道を進んでいく。
窓から外壁が見えたと思ったら、門から外に出た。俺とポルが青竜族の都へ入るとき使ったのとは別の門だ。
草原の道をしばらく進むと、再び外壁が見えてきた。
門から中へ入る。
門番がチェックしないところを見ると、この乗り物は上流階級の人々が使うものかもしれない。
街並みは青竜族のものと、さほど違わないが、道行く人々の多くは赤髪だった。
◇
俺たちが乗った客車は、大きな門の前で止まった。
赤竜族の女性は、門を潜り中に入っていく。俺たちは、その後ろをついていった。
花や灌木が植えられた前庭を抜けると、大きな屋敷があった。石造りの二階建てだが、横幅が三十メートルくらいはあるだろう。
この世界で見た建物では、青竜族の役所に次ぐ大きさだ。
建物の中は、様々な赤色を要所要所に使った内装になっていた。
大きな朱塗りのドアから、部屋に招きいれられる。
学校の教室くらいはあるだろう、広い部屋だ。
部屋の中心には五角形のテーブルが置いてあった。椅子が、その四辺に配されており、残った一辺には椅子の代わりに赤いドラゴンの銅像が置いてある。
高さが一メートルほどのその像は、かなり精緻なものだった。
実際にドラゴンを知る俺から見ても、本物とそっくりに作られている。それを作った者は、実物を見たことがあるに違いない。
ドラゴンの背後には、日本の仏像でよく見られる、後光のようなものが表現されていた。
青竜族の村長が言っていた『天竜』という存在が、急に現実味を帯びてきた。
俺たちが入ってきたのとは別のドアが開き、昨日店に来た赤竜族の男性が現れた。
「みなさん、ようこそおいで下された。
今日は、赤竜族の料理を、存分にお楽しみください」
彼が手を二度打つと、桃色のワンピースを着た女性たちが、料理を運びこむ。
大きなテーブルの上は、料理で一杯になった。
リーヴァスさんの前にはバラ色の液体が入ったグラスが置かれている。
他の四人はお酒が飲めないと言うと、別のものが配られた。グラスには、薄っすらピンク色をした透明な液体が入っている。
冷えたグラスに口をつけると、地球のミントっぽい味がした。
ルルは美味しそうに飲んでいるが、ミミとポルは鼻を近づけると、顔をしかめている。獣人の鋭敏な嗅覚には、刺激が強すぎるのだろう。
給仕の女性に頼み、二人には水を持ってきてもらう。
食事の方は、思ったより美味しく、正直驚いた。きっと、塩をきちんと使った料理なのだろう。デロリンが作る料理には敵わないが、この世界で今まで食べた料理に比べると、雲泥の差があった。
ポルは、ロブスターのような大きな甲殻類が気に入ったらしく、口の周りを赤くして夢中で食べている。
ソース類が赤いので、油断すると、手や口が赤くなる。ミミが、給仕からもらった布で、ポルの口のを拭いてやっている。
ルルは、デザート用に置いてあった、赤い実の果物がお気にめしたようだ。三センチくらいの球形をした実から薄皮を剥がすと、まっ白な果肉が出てくる。ゼリー状の果肉は、地球の桃を思わせる味がした。
食事が終わると、お茶が出される。紅色に染まったお茶は、独特の香りが素晴らしかったが、味の方は今一つだった。
ルルは、少し口をつけただけで、後は香りだけを楽しんでいる。
◇
食事が終わり、お茶のカップが下げられると、ラズローと名乗った赤竜族の男が、真剣な表情で話しはじめた。
「皆さんは、『
「いえ、ありませんな」
リーヴァスが、答える。
俺は、青竜族の
「天竜様に関わるものを除いては、この世界で、一番権威がある儀式です」
「どのようなものですかな?」
「例えば、赤竜族と青竜族で、どうしても意見が合わない場合に開かれます。
各竜族から、代表が選ばれ、『竜舞台』という所で戦います。
勝った方の意見が、認められることになります」
やはり、この世界の考え方は、強さこそ正義だったか。
俺は、そういうことが政権上層部の腐敗を生んだのだろうと考えていた。当たり前だが、強い者が必ずしも正しいとは限らないからだ。
ラズローの言葉は続く。
「今日、皆さんにおいでいただいたのは、娘の事に対するお礼、お詫びもありますが、
彼は、一度言葉を止めると、俺たち一人一人の顔を見まわした。
「四竜社の
彼は、若い頃、その戦闘能力を生かし、竜闘を何度も行い、今の地位を手に入れました。
しかし、十年を越える頭としての立場が、次第に彼を変えていったのです」
「四竜社の頭には、任期のようなものが無いのですか?」
俺は、尋ねてみた。
「ありました。
四年の任期で、最高二回つまり八年が最長ということになっていました」
「しかし、彼が十年以上、その立場にいるということは……」
「ええ、竜闘です。
彼は、他の三竜族族長に、竜闘を仕掛けました」
彼は、苦々しい顔をしている。
「その結果、白竜族は棄権、青竜族と赤竜族は戦って敗れました。
その結果、現在の四竜社は、黒竜族が実権を握っています」
「以前は、四竜族が、話しあって事を決めていたのですね?」
「ええ。
四竜社の頭は、形式的なものに過ぎませんでした」
なるほどねえ。リニアの父親とその上司は、そういう男の弱みを握ってしまったのか。
「どうして、そのようなお話を、我々にされたのですかな?」
リーヴァスが尋ねる。
確かに、高度な政治的内容を、迷い人に話すというのは理屈に合わない。むしろ、不用心と言われても仕方がない。
「実は、先ほど話に出た、ビギという男が竜闘を計画しているのです」
それでも、まだ俺たちに話す理由にはならないはずだ。
ラズローが続ける。
「その竜闘に、あなた方が選ばれているようなのです」
「なんですとっ!」
さすがに、リーヴァスが驚きの声を上げる。
「ええ、無茶な話です。
しかも、彼は、その計画を、リーヴァス殿が現れる前に、決めていた節があるのです。
二人の少年に、竜闘をさせようとしていたことになります」
おいおい、冗談じゃないぞ。
「あなたは、赤竜族のかなり上の立場だと思いますが……」
確認のため、俺が口をはさむ。
「ええ、赤竜族の族長です」
「それでも、四竜社で意見を言えないのですか?」
「彼が戦った族長の一人は、私の父でした。
父は、その戦いで片手と片眼を失い、それからずっと床についています」
なるほど、敗北した族長の息子として、四竜社内での立場が弱くなったわけか。
強さが正義であるこの国なら、そうなるだろうね。
俺は、少し突っこんだ質問をすることにした。
「それで、あなたは、私たちに何を望んでおられるのですか?」
彼の顔が、
「あなたの、本心を教えていただきたい」
俺は、畳みかけた。
「彼を……ビギを止めて欲しいのです。
娘のことでお世話になった方々に、このようなお願いをするのは、恥ずかしいことだと、重々承知しています。
しかし、私たちの力では、もうどうしようも無いのです」
「ふむ。
少し、我々だけで、話をさせていただけますかな」
リーヴァスが、思案顔で言う。
「どうか、どうか、お力をお貸しください」
彼は深々と頭を下げると、部屋から出ていった。立ちさる前に、ポルに太鼓のようなものを渡していったから、終わったら叩いてくれということだろう。
俺はまず、用心の手順を踏むことにした。
点ちゃん。
『(^▽^)/ はいはーい』
この部屋を調べてくれる?
『ぐ(・ω・) 分かりましたー』
十秒もかからないうちに答えが出る。
『(Pω・) 何も仕掛けられていませんよー』
ありがとう、助かるよ。
『(*´∀`*) えへへ』
俺がリーヴァスさんに頷くと、彼が話しはじめる。
「どうしたものですかな。
シローは、どうお考えかな?」
「そうですね。
まず、竜闘への参加は、避けられないでしょう。
それなら、竜闘について、なるべく詳しく知っておく方がいいかと思います」
「ミミは、どう思いますか?」
「私は、リーダーの決定に従います」
「ポル君は、どうですかな?」
「ええ、ボクも戦っていいと思います」
ポルの答えは頼もしいが、これは命懸けの話だ。
「二人とも、よく考えてから、もう一度決めるといいよ。
命懸けの戦いになりそうだから」
「分かった」
「分かりました」
「では、ラズロー氏を呼びますかな」
リーヴァスさんが頷くと、ポルは太鼓を鳴らした。
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