第21話 リーダーを追って4


 高い岩山を前に、絶望に囚われたリーヴァス一行だったが、メルが岩肌に彫られた階段を見つけ、皆がほっとした。


 階段は、五十メートルほどの幅で、頼りないものだったが、きちんと等間隔に刻まれていた。

 リーヴァスを先頭に、階段を登りはじめる。思ったより簡単に、地峡部の頂上にたどりついた。


 上り階段から平坦な通路になり、ホッとしたのも束の間、一行は、大きな石の門に行く手を阻まれてしまった。

 門には、何か魔法陣のようなものが描かれている。きっと呪文で開ける仕組みに違いない。


 力自慢の加藤が挑戦したが、扉はびくともしなかった。

 リーヴァス、コルナ、ミミ、ルル、コリーダが、頭を突きあわせて相談していると、ナルが話しかけてきた。


「マンマ、この扉の向こうに行きたいの?」


「ええ、そうよ。

 それで、困ってるの」


「ナルがやってみる」


「やってみる?」


 ルルが尋ねるより早く、ナルとメルが左右の扉を手で押した。

 二人の手が一瞬光ると、扉は何の抵抗もなく、スーッと開いた。


「「「!」」」


 リーヴァスたちは、ただ驚くだけだ。

 加藤は、「小さな女の子に負けた……」と、肩を落としている。


 開いた石扉を抜け、一行はさらに進んだ。急な階段を降りるのに少し手こずったが、その後は、森の中とはいえ、道が通っていて楽に進める。

 それほど歩かないうち、森の中から、短剣を構えた青い髪の若者が飛びだしてきた。


「お前ら、何者だ!?」


 若者は頬からこめかみにかけ、青い鱗のようなものがある。シローが言っていた、竜人だろう。


「私たちは、知人を探して旅をしておりましてな」


「そっちから来たってことは、『ついの森』を通ってきたのか?」


「名前は知らぬが、森は通りましたぞ」


「な、なんてヤツらだ。

 シローみたいな奴が、他にもいるとは」


「い、今、シローって言いませんでしたか?」


 ルルが、慌てて尋ねる。


「ああ、シローという男なら、少し前、村に来たぞ」


「私たちが探しているのは、その少年なのだよ」


 リーヴァスが言うと、青髪の若者は、目を丸くした。


「なんだ、シローの知りあいか。

 じゃ、村に来るといい」


 こうして、一行は、青竜族の村に招かれることになった。


 ◇


 リーヴァスたちが柵を越え、村の中に入ると、村人がわらわらと家から出てきた。

 白髪の年老いた竜人が、一歩前に出た。


「その者らは?」


「長(おさ)、彼らはシローの友人ですよ」


「おお。

 シロー殿が、後から友人が来るかもしれぬと言っておられたが、それがあなた方でしたか」


「シローがお世話になったとのこと、ありがとうございます」


 ルルが頭を下げる。


「いやいや、こちらこそ、彼にはお世話になったのですよ。

 貴重な塩を、沢山頂きました」


「ボーは、いや、シローはどこに?」


 加藤が尋ねる。


「彼は、都に行きました」


「都?」


「我々青竜族の都じゃ。

 もうすぐ日が暮れる。

 今日は、この村でゆっくりなされよ」


「ありがとうございます。

 お言葉に甘えさせていただきます」


 リーヴァスが言うと、村長は頷いて歩きだした。皆がその後をついていく。


 一行は、他の家と較べると、かなり大きな村長の家に入った。


 ◇


 リーヴァス一行は、囲炉裏の周りに座り、村長からシローの事とこの世界の事を聞かせてもらった。


「じゃから、彼には、本当に世話になったのじゃよ」


「はー、どの世界に行っても要領がいい奴だぜ」


 加藤が、感心するように言う。


 パーティ・ポンポコリンの一同は、シローが無事に町にたどりついたと分かり、ホッとしていた。

 ナルとメルも、大人たちが父親の事を話していると分かるのか、ニコニコしている。


 食事が終わる頃、村の若い衆が入ってきた。各自が手に、太鼓のようなものを持っている。

 下座に陣取ると、皆が太鼓を鳴らしだした。

 明るいリズムのその曲は、心からリーヴァスたちを歓迎するものだった。


 ナルとメルが、曲に合わせて踊っている。すごく楽しそうだ。

 太鼓のリズムが早くなり、曲はピタッと終わった。

 皆が、拍手で讃えた。

 拍手が終わると、コリーダが立ちあがる。


「私たちからも、歌のお返しを」


 彼女はそう言うと、深く息を吸い、体の力を抜いた。たったそれだけで、皆はコリーダから目が離せなくなる。

 聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声で歌が始まった。

 青竜族の人々は、そのようなものを聞いたことが無かった。

 空気と一緒に、心が震えるのだ。

 彼らは、意識せず、涙を流していた。


 聞くものの心に雨が降り、草木が芽吹き、風が吹いた。

 嵐が去ると、穏やかな陽の光が世界を照らした。

 小鳥が鳴き、虹が出た。

 息もつかせぬ時間は、生命いのちへの賛歌で終わった。


 誰も言葉を発しない。囲炉裏から時おりする、パチパチという音が、やけに大きく聞こえた。


「コリーダ姉、凄い!」

「凄いーっ!」


 ナルとメルの声で、他の者も意識が現世うつつよに戻ってくる。

 全員から、拍手が沸きあがる。


 拍手と歓声は、しばらく止まなかった。


 ◇


 次の日、リーヴァスたち一行は、朝遅く起き、旅支度を整えた。


 ナルとメルを除き、昨夜は遅くまで囲炉裏を囲んでいたから、みんな少し眠そうな顔をしている。

 ノックがあったので、ルルがドアを開けると、若い男たちが、花束や葉で包まれたものを持ち、列をなしている。


「皆さん、一体どうしたのですか?」


「あ、あのー。

 コリーダさんは、いらっしゃいますか?」


 一人の若者が、まっ赤な顔をして尋ねる。


「ええ、ちょっと待ってください」


 ルルが、コリーダを呼ぶ。彼女が戸口に姿を現すと、若者たちから、歓声が上がった。


「コリーダさん!」

「歌姫!」

「女神様!」


 中には、変なことを口走っている若者もいるようだ。収拾がつかなくなりそうなので、最初にコリーダに声を掛けた若者が、皆を一列に並ばせた。

 一人一人順番に、コリーダにプレゼントを渡していく。


「素晴らしい歌を、ありがとう」

「どういたしまして」


「オレ、あんなに感動したの、初めてです」

「ありがとう」


「好きです!」

「……」


「おいっ! 

 お前、ルール違反だぞ」


 気持ちを打ちあけてしまった青年が、皆からポカポカ殴られている。

 コリーダの両手は、すぐにプレゼントで一杯になった。


「皆さん、ありがとう。

 もう一度ここに来ることがあれば、また太鼓を聞かせてください」


 彼女が頭を下げると歓声が上がった。


 パーティが村を離れる時、若い男性がみんな涙を流すという、ちょっと暑苦しい光景が見られた。

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