第20話 リーダーを追って3 

  

 リーヴァスがポータルから出ると、そこは緑の草原だった。


 時刻は昼頃らしく、陽が高い。

 ポータルから、子供たちを抱えたルル、コルナが出てくる。

 ナルとメルは、目をこすっているが、ポータルを渡ったことで目が覚めたようだ。

 コリーダ、ミミ、加藤も、姿を現した。


「こりゃ、爽やかな場所に出たもんだ」


 加藤は、のんびりした声でそう言うと、深呼吸している。

 ルルが、ナルとメルに何か話しかけている。

 二人は頷くと、二メートルほどのドラゴンになった。


「な、なんだっ!」


 初めて見た加藤が、驚いている。


 力強く羽ばたくと、ナルとメルは空に舞いあがった。上空で、円を描くように飛んでいる。しばらくすると降りてくる。二人は、少女の姿に戻り、ルルに駆けよる。


「マンマ、緑の階段みたいになってて、その下に森があったよ」

「いっぱい海があったー」


「森はどっち?」


「「あっちー」」


「ならば、その方角に進んでみますかな」


 リーヴァスは、皆を見まわすと、ゆっくり歩きだした。七人が後に続く。

 ミミは、地面にシローたちの痕跡が無いか、探しながら歩いている。


 草原は歩きやすかったが、下の段へは急な斜面になっており、降りるのに時間が掛かった。


「ここを通ったのは、間違いないですね」


 ミミがそう言ったのは、みんなが泉の横で休憩している時だった。


「この足跡はポン太ので、こっちがリーダーのです」


 さすがに獣人だ。こういうことをさせるとソツが無い。

 皆の表情が明るくなる。猫賢者の転移に関する計算は、間違っていなかった様だ。それからは、パーティの速度が上がり、あっという間に、台地の下まで来た。

 いよいよ森となる。


「マンマ、あれは何?」


 ルルは、メルが指さす方を見た。空中に、黒いボールのようなものが浮かんでいる。

 リーヴァスの表情が、険しくなる。


「ミミ! 

 ネットを!」


 ミミが、慌てて背中のバッグからネットを出す。


 しかし、その時すでに、黒いボールが目と鼻の先まで迫っていた。


 ◇


 リーヴァスが、ネットを皆の上に広げた。


「しまった!」


 すでに、数匹の蜂がネットの中に入っている。

 大人の拳ほどもある蜂が、大きな羽音を立て、ナルとメルに襲いかかる。

 ルルとコルナが、娘たちの上にかぶさる。


「あうっ!」


 コルナの悲鳴が上がる。背中に二匹の蜂が、取りついている。リーヴァスが、すぐにそれを小刀で切りはらった。ルルの背中も、蜂が刺していたが、革鎧のおかげで無事だった。鎧に取りついた蜂をミミが潰す。

 まっ青な顔になったコルナが倒れる。呼吸が早い。


「コルナ! 

 しっかりして!」


 ルルが腰のポーチから青い魔石を出し、刺された背中に当てる。

 青い魔石から治癒魔術の光が流れでると、コルナの身体を包んだ。

 彼女の表情が次第に和らぐ。

 コルナの脈を診ていた、リーヴァスが頷く。


「もう大丈夫だ」


 ルル、コリーダ、ミミが、ほっとした顔をする。


「ネットと魔石が無ければ、危なかったですな」


 リーヴァスが言うとおりだ。ケーナイの冒険者たちの配慮と聖女や女王の援助が、さっそく力になってくれた。

 治癒魔術の使い手であるコルナに何かあれば、旅の行く先は、覚束なかったろう。


「コー姉、大丈夫?」


 ナルとメルが、心配そうにのぞきこむ。


「二人とも、無事だったのね。

 よかった……」


 コルナは、自分があんな目に遭ったのに、ナルとメルの無事を喜んでいた。


 一方、加藤だけは、ネットの外にいた。ネットが頭上に広がったとき、そこから外に出て、蜂と戦うことを選んだのだ。

 剣を風車のように回転させ、黒い雲に向け突進する。バチバチと音を立て、蜂が弾けとぶ。五分ほど走りまわると、ほとんどの蜂が地面に落ちていた。

 一匹ずつ襲いかかってくる蜂は、その都度、剣で切りはらう。

 やがて、飛んでいる蜂は、一匹もいなくなった。


「蜂って、こんなに動きが遅かったっけ?」


 息も切らさず放った加藤の言葉を聞き、ネットから出てきたリーヴァスもさすがに呆れ顔だった。


 ◇


 リーヴァスたちの旅は、困難が続いた。


 森に入ってすぐ、シカ型の獣が襲いかかってくる。二十匹以上の大きな群れだ。

 加藤が一番大きな個体を倒すと、群れは統率を失いバラバラになった。しかし、その間に、ミミとコリーダが手傷を負った。


 体調が万全ではないコルナに代わり、ルルが治癒の魔石で治す。鮮やかな青色だった魔石は、度重なる使用により、色がかなり薄くなっていた。

 魔石がもう一つあるとはいえ、転移して一日とたたないうちにこれだ。


 リーヴァスは、厳しい状況に頭を悩ませていた。

 彼と加藤だけなら何とでもなるが、ルル、コルナ、コリーダを守りながら戦わなければならない。ナルとメルがいるわけだから、さらに難易度は、はね上がる。

 悪いことに、宵闇が迫っていた。


「リーヴァス様! 

 あれを」


 ミミが指さした方を見ると、森の中に見慣れた『土の家』があった。


 ◇


「『滝の前の助け舟』とは、まさにこの事ですな」


 『土の家』に入ったリーヴァスは、中の安全を確認すると、椅子にどっかりと腰を降ろした。

 土魔術で作ったテーブルの上には、何か文字が書いてある。


「読めないわ。

 ミミ、読める?」


 ルルの声で、ミミが机の上にかがみこむ。

 薄暗くなってきたので、コルナが明かりの魔術を唱えた。空中に光る玉が浮かぶ。


「ポン太(ポル)の字ね。

 蜂と魔獣に気をつけるようにって書いてるわ。

 ちょっと、遅かったわね」


「他に何か書いてない?」


「二人とも無事で、例の竜人を連れてるって、書いてある」


「良かった。

 どちらに向かうか、書いてある?」


「ええ、木に印をつけてるみたい」


「じゃ、明るくなったら、確認しましょう」


「はー、ボーらしいぜ。

 用意がいいな」


「おじちゃん、ボーって何?」

「棒は、細長い木だよね」


「お、おじちゃん?」


 さすがの加藤も、ナルとメルにはタジタジだった。


 ◇


 リーヴァスが、念のため、戸口にネットを張った。

 加藤は、戸口の外で見はりに立つ。

 ルルとコルナは、荷物の中から組みたて式のベッドを二組出した。これは、ナルとメル用だ。

 コリーダは、床にマットを敷く。

 その間に、ミミが食事の用意を始める。

 浴室に入ったリーヴァスは、水の魔石で浴槽に水を溜めている。


「おじい様、お湯の魔石がありますか?」


「いや、持っていないが、何とかなるはずだよ、ルル。

 少し待っておいで。

 先に食事を済ませるといい」


 皆、彼の言葉に従い、シリアルを水に溶かした食事を始める。


「あまり美味しくないわね」

 

「コルナ様、旅の食事は、こんなものですよ」


 ミミが突っこんでいる。

 食後には、ルルがマジックバッグから出したお茶セットでお茶を点てた。


「「美味しい!」」


 眠そうにしていた、ナルとメルが、急に元気になる。子供たちのためと、疲労回復のため、お茶には、たっぷり砂糖が入れてある。


 リーヴァスが、外から帰ってきた。彼が手にしているのは、縦横に組んだ木の枝で、その上にいくつか石が載っている。石からは、湯気が立ちのぼっていた。

 火の中で熱した石なのだろう。彼は、それを浴槽の端に入れた。


 ジューッ


 ブクブクと泡を立てながら石が沈んでいく。

 リーヴァスは、皆を浴室に呼び、風呂の入り方を説明した。

 ナルにはルル、メルにはコルナがつきそって入浴する。

 入浴が終わると、皆が生きかえったような顔をしていた。


「あー、気持ちよかった」


 最後に入浴したミミが満足そうだ。


「しかし、リーダーが居ないと、食事とお風呂が大変ね」


「ミミ、シローにばかり頼ってはいけませんぞ」


 リーヴァスに、釘を指され、ミミがぺろりと舌を出している。

 リーヴァスが、一人遅れて食事を済ませると、コルナが灯りを消す。さっき、注意されたばかりなのに、ミミが「コケットが……」とつぶやいている。


 疲れていたのだろう。間もなく全員が眠りについた。


 ◇


 一番に目が覚めたのは、ルルだった。


 リーヴァスがいないのに気づき、ネットを開けて外へ出る。


「おじい様」


 彼は、折り畳み式の椅子に座り、ナイフを研いでいた。


「お早う、ルル。

 よく眠れたかな?」


「お休みにならなかったのですか?」


「ははは。

 冒険者生活が長いせいで、その辺は、慣れてるんだよ」


「どうか、少しでも、お休みください」


「ああ、そうさせてもらおう。

 ミミに、これを渡しておくれ」


 葉っぱにくるまれたものを、手の上に載せられる。ずっしりした重さがある。


「これは?」


「熊型魔獣の肉だよ。

 深夜に、近くをうろついていたんだ」


「おじい様、ありがとうございます」


 ルルは、心から感謝した。暗闇の中、一人で魔獣と戦うのは、いくら雷神とはいえ、命懸けだったはずだ。


 リーヴァスが休んでいる間、皆は熊肉入りのスープで朝食を済ませた。


「ナル、メル、森はあとどのくらいあると思う?」


「うーん、半分くらいだと思うよ、マンマ」

「そのくらいー」


 二人は、上空から見て、森の大きさはある程度頭に入っているはずだ。ただ、上から見るのと、実際にその中を歩くのとでは訳が違う。

 ルルは少し考え、二人の話は参考程度にしておくことにした。


 それから三時間くらいすると、リーヴァスが起きてきた。

 ミミに勧められた朝食を済ませると、彼は、皆に『土の家』近くの印を見つけるように指示する。


 皆で十分ほど探し、印を見つけたのはメルだった。地面から一メートルほどの高さで、木の幹にひもが巻いてあった。

 一行は、『土の家』と、その木を結んだ方向に出発した。


 二日目の旅は、初日と較べ、ずい分と楽だった。ひもが巻いてある木を目印に、どんどん進んでいく。

 途中、シカ型魔獣が一匹、襲ってきたくらいで、後は何もなく過ぎた。


「水の匂いがする」


 ミミが足を止める。

 水の匂いがどんなものか、ルルには分からなかったが、さすが獣人だ。


「マンマ、海!」


 ナルが、左手の木立の向こうを指さす。

 確かに、木々の間に海が見えている。

 彼女たちがバカンスを楽しんだ、学園都市世界の海にくらべ、かなり色が濃い。


「海の匂いはしないわね」


 コルナが不思議そうにつぶやく。

 少し歩くと、海と海に挟まれた地峡にたどり着いた。

 向こう岸まで、直線で百メートルくらいだろう。


 しかし、幅が二十メートルもない、その地峡は、かなりの高さでそびえ立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る