第12話 竜人の都
青竜族の村で一泊した俺とポルは、翌日早いうちに、村を発つことにした。
黒竜族だと分かった竜人の女も、置いていく訳にもいかないので、連れていくことにした。
「では、気をつけてな」
村と森の境まで、
青竜族の青年が二人、道案内としてつく。二人は、楽しそうにしゃべりながら、俺たちの少し前を歩いている。
彼らは旅支度をしたと言っていたが、その足元に布を巻きつけたくらいしか、違いが分からない。
森の中には、それとは簡単に分からないような道がついていた。案内役がいなければ、道をたどれなかったに違いない。
道中、『
宿泊は、テントを使う。土魔術を見せるくらい気にしなくてもよいのだろうが、手の内は、なるべく明かしたくないからね。
先だって、『土の家』で風呂を体験したポルは、ちょっとがっかりしていた。
夜中に、テントの外で魔獣らしき気配があったが、特に何もなく夜が明けた。
二人の案内役から、最後の山場と聞いた深い森に入る。森の中は、薄暗く見通しが悪い。案内役が歩みを緩めたので、俺たちも、ゆっくり進む。
「ジジだ!」
案内役の一人がそう叫ぶと、腰に下げていた短剣を構える。木陰から現れたのは、『終の森』でも出た、シカのような魔獣だった。
ただ、今回は一匹だけのようだ。大きさも、『終の森』のものより、かなり小さい。もしかすると、種類が違うのかもしれない。
案内役の二人は、魔獣が鋭い角で突きかかってくるのを、剣で上手にさばいている。
一人が
剣は、ジジの首を掠め、少し傷を負わせただけだった。
魔獣は、いきなりこちらを向くと、突進してきた。
ポルが、スラリと短剣を抜く。シカの角を剣で受けると、そのまま首筋に切りつけた。流れるような動きだ。
首に深い傷を受けたシカは、よろよろとふらつき、ドサッと倒れた。
案内役の竜人が、歓声を上げる。
俺は、久しぶりに見たポルの剣技が予想以上のものになっていて、驚いた。そういえば、時間さえあれば、ミミや他の誰かと練習していたな。
案内役の二人にシカの血抜きを任せた後、それを点収納にしまう。もちろん、二人には、マジックバッグにしまうように見せかけている。
この世界では、マジックバッグが知られていないらしく、二人はとても驚いていた。
しばらく歩くと、森が終わり、草原となった。ちょうど、背丈の低い草が枯れる時期らしく、それが
俺たちは、その中を進んでいった。
町の外壁が見えてくる。アリストのそれより、三倍以上高さがある。ということは、そうしないと町の中に入ってくる魔獣がいるということになる。
魔獣に関していえば、俺のホームグラウンドであるパンゲア世界に比べ、厄介な奴が多そうだ。
門番は、がっちりした体格の竜人だった。頬からこめかみに掛けて鱗が生えているのは同じだ。髪が青いから、きっとこの男も青竜族だろう。
案内役の二人が、門番と何やら交渉している。十五分くらいは、話し合っていただろう。
やっと、案内役が戻ってくる。
「シローさん、なんとか、入る許可がもらえました」
「費用は、掛からなかったか?」
「少しは取られましたが、いつもの事です」
俺は、用意しておいた塩の包み紙を、一つずつ渡してやった。
「えっ!
これ、塩でしょう?
いいんですか?」
「ああ、ここまで連れてきてもらった礼だ。
気兼ねなくもらってくれ」
シカは、俺たちのものになりそうだしね。
案内役二人は、礼を言うと、弾むような足取りで帰っていった。
門番が、近づいてくる。
「あの二人から聞いたが、『迷い人』なんだって?」
ああ、この世界では、ランダムポータルで渡ってきた者を、『迷い人』と呼ぶのか。
門番は、俺が頷くのを見ると、ボードの上に横たわった、竜人の女を指さした。
「こいつは、森の中で見つけたんだな?」
「ああ、ケガをしているから、医者に見せようと思ってな」
竜人の女は、長旅の疲れから眠っている。
「ああ、じゃあラピの紹介だと言っておけ」
「ありがとう。
地図はもらえるのか?」
「ああ。
役所に行くと、もらえるぞ」
「役所?」
「門を入ってまっすぐ進むと、こういった形の入り口があるから、それが役所だ」
男は、手でアーチ型を作って見せた。
「しかし、人族と獣人の迷い人か。
いつ以来かな」
「迷い人は、そんなに珍しいのか?」
「ああ。
外からのポータルは、めったに開かないからな」
なるほど、ランダムポータル以外、異世界から入ってくることは出来ないのか。黒竜族の女が、この世界のポータルに関して言っていた事は本当のようだ。
俺とポルは、門番に礼を言うと、都の中に入った。
◇
門からは、街中へ太い道が伸びていた。
石畳に覆われた道は、凸凹も少なく、石を加工する技術の高さをうかがわせた。両側には商店が並んでいるようだが、売っているのは、俺が知らない物が大半だ。
青い髪の竜人が多く、中に赤や黒の髪色をした竜人が見られる。
温かい気候だからか、
皆が、俺たちの方をチラチラ見ている。やはり、他世界からのお客は珍しいらしい。
正面に、アーチ型の入り口を持つ大きな建物が見えてきた。二階建てのその建物は、大きな箱の上に小さな箱を積み重ねたような形をしていた。
帽子をかぶった竜人に呼びとめられるが、門番ラピの名を告げると、そのまま中へ入れてくれた。
建物の中は大きな空間になっており、いくつか机がある。それぞれに青いローブを着た青髪の竜人が座っている。
とりあえず、一番近い机へ行く。
「あのー」
「おっ?!
お前、迷い人か?」
若い竜人だ。
「はい。
ポータルで、転移しました」
「ちょっと待っていろ」
俺とポルは、椅子に座わると、しばらく待つことになった。
やがて、さっきの竜人が、頭の禿げた年配の竜人を連れてきた。
「お主らが、迷い人か?」
「はい、そうです。
ああ、それから、この人は、森の中で倒れていたので連れてきました」
「どこの森だ」
ここは、『
「それが、この世界に来たばかりなので、名前は知りません」
「まあ、それは仕方ないの。
お前は、人族だの。
そちらは?」
「狸人族です」
「狸人?
珍しいの。
獣人が来ることはあるが、狸人は、初めてではないかの」
竜人は、興味深そうにポルを見ている。
「では、ついてまいれ。
こちらじゃ」
年配の竜人は、建物の奥にある階段に向かった。黒竜族の女は、俺が背負う。
二階の廊下を渡り、奥にある部屋に通された。簡単な装飾が施された部屋には、テーブル、椅子がある。さっぱりした部屋だ。
コケットを出し、女を寝かせる。突然出てきたコケットに、竜人が驚く。
「な、なんじゃそれは?」
「ああ、マジックバックと言って、見かけより大きなものが入るようにできているんですよ」
俺は、腰のポーチを叩いてみせた。
「す、すごいの……」
彼は、しばらく言葉を失っているようだった。
「あのー、私たちは、どういう立場になりますか」
しょうがないから、俺から水を向けてみる。
「うむ。
迷い人については、こちらも判断が難しくての」
おじさん竜人は、しかめ面になっている。そこに、ノックがあり、黒い髪の竜人が入ってきた。
「おお、ダネル。
確認に来てくれたか」
ダネルと呼ばれた黒髪の竜人が、軽く頭を下げる。
「ええ、この女性ですね?」
彼は、コケットに横になった竜人にかがみこんだ。女性は、眠っている。
「おや?
この女は!」
「お主が、知っておる者か?」
「ええ、恐らく追放処分を受けた、リニアという女ではないかと思います」
「追放処分だと!
それが、どうやって戻ってきたのじゃ?」
「分かりません。
この者たちが、関係しているかもしれません」
「お主ら、この者の転移に関わっておるか?」
ここは、難しいところだ。同時に転移はしたのだが、彼女の転移に協力したように思われると、危険なことになりそうだ。
俺は、すぐに答えを決められずいた。
「とにかく、『
おじさん竜人は、俺の答えを待たず、黒竜族の竜人に何か耳打ちすると、部屋から出ていった。
「お前ら、ついてこい」
黒竜族の男は、俺たちを連れ、階下へ向かった。
二つ階を降りたので、地下だろう。降りたところに置いてあった、ロウソクのようなものに、男が灯りをつける。
石造りの廊下が、照らしだされた。
奥に進むと、湿っぽい空気と、何かの異臭が漂ってくる。
長いこと居たい場所ではない。
鉄格子が並んだ区画まで来ると、男は一番手前の部屋のカギを開け、中に入るよう促した。俺はちょっと考えてから、指示に従った。
こうして、俺、ポル、黒竜族の女は青竜国の牢中に捕らえられた。
◇
牢の前から男が去ると、魔術灯を出し、牢内を照らしてみた。
牢には、薄汚れた
広さは、四畳ほどだろうか。三人には、狭い部屋だ。
「なんか、すごく臭いですね」
ポルが、鼻をつまんでいる。確かに、排泄孔の辺りから、なんともいえない悪臭が漂ってくる。
俺は、さっそく環境改善に取りかかった。
藁を点収納にしまい、コケットを三つ出す。排泄孔からの匂いは、風魔術でコントロールする。ついでだから、匂いが一階ホールに昇るようしておいた。
少しだけ空いたスペースに小さなテーブルを出し、お茶の用意をする。
黒竜族の女は、コケットに横たえる。
俺とポルは、一つのコケットに二人で腰掛け、お茶を飲む。
「あ~、生きかえる感じです」
ポルが幸せそうな顔をしている。牢に捉えられた不安は、なさそうだ。
お茶を飲みおえると、それぞれコケットに横になる。気温は火魔術で、湿度は水魔術でコントロールする。
じゃ、点ちゃん、後は頼んだよ。
『(^▽^)/ はーい』
俺は、気持ちよく、夢の国に旅立った。
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