第13話 臭撃(しゅうげき)


『(Pω・) ご主人様ー、誰か来るよ』


 どのくらい寝ただろうか。点ちゃんの声で、目が覚める。確かに、足音が聞こえてくる。俺は少し考え、部屋をそのままにすることにした。


「どうなってるんだ。

 今まで、地下牢の匂いが上がってくることなんて無かったのに」


「もしかすると、どこかに隙間ができたのかもしれません」


「隙間っていっても、地下だぞ。

 それで、風向きが変わるか?」


「まあ、だからこうして調べに来たわけですし……」


 男の声が、石造りの壁に反射する。牢の前で、足音が停まった。


「な、なんだ! 

 これは!?」


「誰が、こんな物を持ちこむのを許したんだ」


 見ると、青竜族の男二人が、外で騒いでいる。

 俺は、彼らを放っておいて、目覚めのお茶を用意する。


「おい、お前! 

 何してる?」


「何って、お茶を沸かしているんだが」


「き、貴様! 

 ここがどこか、分かってるのか?」


「いや。

 ここって、『迷い人』専用の宿泊施設じゃないのか?」


「ふ、ふざけるな! 

 これのどこが、宿泊施設だ!」


「えっ!? 

 何の罪もない俺たちを泊めてくれてるんだから、宿泊施設だろう」


 男が警棒のようなものを腰から外し、それでお茶セットを攻撃しようとした。テーブルは、鉄格子ぎりぎりに置いてあるからね。


 カキッ


 甲高い音がする。俺が張ったシールドに、警棒が弾かれた音だ。

 俺は、風魔術に少しアレンジを加えた。


「く、くさっ!」


「こ、これは、たまらん!」


 二人が鼻を摘まんで逃げていく。部屋の隅にある排泄孔はいせつこうの奥から勢いよく空気を送りだすようにしたから、すぐに建物中が悪臭に満たされるだろう。


 間もなく、複数の足音が近づいてきた。


「な、なんだこの臭さは!」


「やはり、あいつらが原因かっ」


 部屋の前に竜人が現れる。俺とポルは、ちょうどお茶を口にするところだ。全員が鼻を摘まんだ男たちが七、八人、部屋の前にいる。さっきの二人もいるようだ。俺は、匂いがさらに強くなるように、風魔術を書きかえる。


「く、臭っ!!」


 竜人の一人が、うっかり鼻から息を吸いこんでしまったようだ。しゃがみこんで、吐いている。

 おいおい、こっちは、お茶をしているんですよ。

 ついでだから、全員の手が鼻から離れるよう、点魔法で操作する。


「て、手が勝手に!」


「「「く、臭いっ!!」」」


 全員が、床に座って吐きだした。見苦しいから、黒いシールドで覆っておく。

 少しすると、さらに大人数の足音がする。お茶を飲み終えたので、竜人たちにかぶせた黒いシールドを外しておいた。

 うはっ。全員気を失っていますか。どんだけ臭いんだよ。だけど、それだけ臭い場所に、人を押しこむってどうよ。

 俺は、彼らに何の同情心も湧かなかった。


 鼻と口を布のようなもので覆った、大勢の竜人が、倒れた者を運んでいく。やがて、俺たちを面接したハゲた竜人のおじさんが、マスクを着け、牢の前に現れた。


「こ、これは、お前らの仕業か?」


「これって何?」


「この匂いじゃ?」


「ああ、このお茶の匂いね。

 なかなかいいでしょ。

 エルファリア産の上物だよ」


「いや、そうじゃない! 

 このくさいひおいだ」


 あちゃー、鼻が馬鹿になってるのかな。

「におい」じゃなくて「ひおい」になっちゃってるよ。


「いや。

 俺は、この部屋でくつろいでるだけだよ」


「分かった。

 もう分かったから、やめてくれ」


「え? 

 何をやめるの?」


「ええいっ! 

 きちんとした部屋を用意するから、匂いを止めてくれ」


「いや。

 俺、この部屋、結構気に入ってるんだけど」


「すまん。

 ワシが悪かった。

 この通りだ」


 竜人が、ハゲ頭を下げる。


「まあ、そこまで言うなら、部屋を代わってあげてもいいけどね」


 俺は、風魔術を、「一旦停止」モードにする。ハゲおじさんが開けた鉄格子から外に出た。

 こめかみに青筋を立てたおじさんが、黙って歩きだす。俺たちも黙ってその後を追った。黒竜族の女はボードの上に寝かせてある。


 俺たちは、一階にある、おそらく来客用であろう豪華な部屋に通された。

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