第7話 ポルを追って


 いつもの浮遊感の後、見慣れたポータル部屋に出た。


「お久しぶりです」


 ケーナイのポータル管理官の犬人ワンズが、出迎えてくれる。


「こんにちは」


 偽装した竜人の人相をワンズに告げ、彼女あるいは彼がポータルを利用したかどうか尋ねた。


「ああ、その男性なら、シローさんがアリストに渡った直後に来ました。

 その三日後でしたか、アリストへ渡っていきましたよ」


「彼は、こちらに帰ってきたかい?」


「ええ、四、五日前でしたか」


「顔つきなどに……ああ、まあいいか。

 どうもありがとう」


 モーフィリンで、容姿は変えているだろうからね。


 ポータルがある建物を出ると、そのままギルドへ向かった。


 ◇


 扉を開いて中に入ると、ケーナイギルドは、いつもと様子が違っていた。


 冒険者が数人ずつ集まり、みんな深刻そうな顔をしている。

 カウンターは、閉まっていた。


「シロー!」


 顔見知りの冒険者が、話しかけてくる。


「ポルがさらわれちまった……。

 俺たちがついていたのに、済まない」


「いや、皆さんのせいではありませんよ」


 むしろ、俺のせいですから。


「おお、シロー、来たのか。

 ポルの事だな」


 ギルドマスターのアンデが、奥から出てくる。


「一応、こういうモノを作っておいたよ」


 竜人の女と、彼女が偽装した男性、両方の姿が映ったシートを渡す。


「こいつが、ポルを誘拐したやつか」


「ああ、少なくとも犯人の関係者だと思う」


「こりゃ、助かる。

 すぐ、皆に配ろう」


 そのとき、ギルドの中に十二、三歳であろう犬人の少年が勢いよく入ってきた。

 アンデが、かがんで話しかける。


「うん? 

 誰かに用かな?」


「ギルドマスターって、誰?」


「俺だが?」


「ギルドマスターにこれを渡してって」


 少年は、持っていた封筒をアンデに手渡した。


「じゃ、渡したよ!」


 彼は、そう言うと、だっと外に飛びだしてしまった。

 まあ、ごつい大人が沢山たむろしている所に、長居したくはないだろう。とりわけ、今は皆が殺気だってるし。


 アンデが、封筒を開ける。


「こ、これは!?」


 封筒には一枚の紙が入っており、不吉な赤い文字でこう書かれていた。


 狸人の少年を返して欲しければ、明日、日の出の時刻、『黒竜王の涙』を持ち、シローという男一人で、次の場所まで来い。


  竜のあぎと


 赤い文字は、俺たちが読むと空中に浮きあがり、煙のように消えた。魔道具で書かれていたらしい。


「アンデ、『竜の顎』って、どこだ?」


「ああ、ケーナイ南東にある、砂漠に囲まれた谷だな。」


「砂漠なのに、谷があるのか?」


「昔は、川が流れていたらしい」


「なるほど」


「どうする? 

 なんなら、ギルドでサポートするが」


「いや、得体の知れない相手だから、用心するにこしたことはない。

 ここは、相手の希望通り、俺一人で行く」


「ポルは、他人とは思えん。

 俺も、行くぞ。

 たとえ、お前が断ってもな」


 アンデがポルの事を本気で心配していると分かり、俺は嬉しかった。


「分かった。

 だが、相手との交渉は、俺だけで行うがいいか?」


「そこは任せよう。

 頼んだぞ」


 こうして、俺とアンデは、得体の知れない相手と会うことになった。


 ◇


 その日、俺は久しぶりでケーナイのギルドに泊まった。


 俺が以前使っていた部屋は、アンデがそのままにしておいてくれている。


黒鉄くろがねシローの部屋」


 ドアに立派な金属製のネームプレートまで付いていた。

 普通にしていたら眠れそうにないから、コケットを出して横たわる。



  森の中をポルが走っている。

  彼の顔は恐怖にひきつっている。

  空に何かの影がある。

  それが一瞬で降りてくると、ポルの姿が消えてしまった。



 がばっと、飛びおきる。コケットでも、悪夢までは防げなかったようだ。コケットから降り、木窓を開けると、まだまっ暗だった。

 点ちゃん収納からバスタブを取りだすと、湯を入れ入浴する。緊張があるときほどくつろぐべき、というのが俺の生き方だからね。


『(・ω・) ご主人様は、ちょっとくつろぎ過ぎかも』


 点ちゃん、まあ、そう言わないでよ。


 ノックがあったので、入ってくるように言う。アンデがバスタブでくつろいでいる俺を見て呆れていた。


「おい、いいのか、それ。

 あと一時間で、夜明けだぞ」


「そうか、ありがとう。

 すぐ出るから、用意をしておいてくれ」


 アンデは、首を横に振りながら部屋から出ていった。


 さて、いよいよだな。


 ◇


 俺は、アンデを連れて現地に瞬間移動した。

 昨日の内に、ここに飛び、点をばらまいておいたのだ。


 約束の場所、『竜のあぎと』は、砂漠の中に一部残された深い谷だ。硬い岩盤が谷を形成しているのか、砂の浸食を耐え、元の形をとどめている。

 砂漠から突きだした谷の両側が、山のように地表からそそり立っている。ただ、その部分は三百メートルくらいの長さしかない。

 高さは百メートルくらいだろう。


 横から見ると、地面から顔を出した竜が、口を開けているように見えなくもない。

『竜の顎』か。俺には、むしろワニの口に見えた。


 昨日の下見で、点は十分にばらまいてある。敵に逃げ道は無い。

 俺たちは、谷底の岩陰いわかげに現れ、そのまま身をひそめている。

 空が群青ぐんじょう色に染まって来たから、夜明けは近いだろう。刻々と色を変えていく砂漠の空は、こういう時でなければ、素晴らしい見物だったろう。


 谷を形成する崖の先端が、黄金こがね色に染まる。夜が明けたようだ。谷底にいる俺たちは、直接日の出を見ることはできない。


「シロー、いるなら出てこい!」


 谷底に木霊こだまする、声がした。


「ここにいるぞ」


 アンデを岩陰に残し、俺一人が出ていく。

 五十メートルほど離れたところに、大きなトカゲのような生き物と、それが引く荷台が見えた。荷台の下には車輪ではなく、ソリが付いているようだ。

 その前に、フードをかぶった人影があった。


「一人だけだな?」


 男性の低い声がする。


「ああ。

 ポルの顔を見せてくれ」


「宝玉の方が先だ。

 そこに置いて、下がれ」


「お前は、馬鹿か。

 お前がそれを掴んで逃げないと、どうして言える。

 それでは、話にならんな」


「……よかろう。

 手のひらに載せ、こちらに近づけ。

 ただし、俺が停まれと言ったら、停まれ」


「いいだろう」


 俺は点収納から宝玉を一つ出し、手のひらに載せた。


「近づけ」


 俺は胸の前で宝玉を掲げたまま、ゆっくりと奴に近よる。砂漠の朝は音が無い。風も吹かない谷間に、砂を踏む、俺の足音だけが響いた。


「停まれ!」


 俺が停まると、奴は懐から遠見の魔道具らしきものを出した。フードを取り、魔道具を覗きこんでいる。その顔は、若い猫人のものだった。


「まちがいない……『黒竜王の涙』だ」


 猫人は、うめくように言った。


「三つ全てあるんだろうな」


「ああ」


 男はこちらから目を離さないように横歩きして、荷台の所まで行った。覆いを引きはがし、大きな布袋を引っぱりおろす。袋の口を結んでいる紐をほどくと、見慣れたポルの三角耳が出てきた。

 目を閉じているのは、眠り薬でも飲まされているからだろう。


「これで満足したか? 

 三つの玉を手のひらに載せて、こっちに来い」


「その前に、ポルを起こして、歩けるようにしろ」


「それは、できない相談だ。

 この少年が飲んだポーションは、丸一日は、目を覚まさないものだ」


「では、袋から出すだけでいい」


 男は、舌打ちしながら、苦労してポルを袋から出した。


「では、宝玉を見えるようにして、こちらに近づけ」


 猫人が、忌々いまいましそうに言ってくる。

 言われた通りしながら、俺は奴とポルに点を付けた。万全の態勢だ。


 俺たちの距離が一投足いっとうそくまで縮まると、猫人が自分の口を隠した。何か唱えているようだ。

 突然三つの玉が、紫色の光を発し、宙に浮いた。

 同時に、俺たちの上方、両側の崖中腹辺りで、ものすごい爆発が起きた。


 ズズズーン


 腹に響くような音と共に、両側の崖がこちらに向かい、ゆっくり倒れてくる。

 手のひらに載せた宝玉の少し上に、黒い渦が現れた。

 猫人は、ポルを盾のように抱えると、こちらに突進してくる。


 俺は、まず落ちてくる巨大な岩を、点魔法で消した。


「シロー!」


 アンデの声が、意外なほど近くで聞こえる。岩陰から飛びだしてきたのだろう。


「アンデ、来るな!」


 俺は警告すると、猫人に対処する。

 三つの宝玉をつかんだ奴の腕を、点魔法の刃で切りおとす。

 地面に落ちた宝玉を掴んだ俺は、それをアンデの方に投げた。


「アンデ、それを猫賢者に見せろ!」


 それだけ言うのがやっとだった。

 俺は、回転しはじめた黒い渦に呑みこまれてしまった。

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