第2部 家庭訪問
第2話 報告 加藤家
俺は、加藤の家に向け空を飛びながら、林先生から聞いた話を思いだしていた。
俺たちが姿を消してすぐは、少し離れた大きな町に、四人でカラオケにでも行ってるんだろうと思われていたらしい。
さすがに、それも三日が過ぎると周囲が慌てだし、大騒ぎになったそうだ。一番騒いだのが畑山さんの親で、政治家まで動かすほどの、捜索やキャンペーンを行ったそうだ。舞子の母親は、心配のあまり、
加藤の家が、見えてくる。通いなれているから、どこに誰の部屋があるかも、よく知っている。けれども、俺は、正面玄関から、お邪魔することにした。
地上に降り、呼び鈴を鳴らす。
「はーい!」
聞きなれた声がして、加藤の母親が現れた。だるまさんのような体形で、笑いえくぼがある。まさに、「おっかさん」という感じだ。
俺は、透明化したまま、彼女が開けたドアから中に入る。
「あれ?
誰も、いないのかい?」
おばさんは、半身を玄関から外に出し、キョロキョロ見まわしている。
「子供のいたずらかねえ」
彼女がドアを閉めた瞬間、透明化の魔術を切る。
「わっ!
もう、びっくりするね!
誰だい、あんた」
「おばさん、俺だよ、俺」
俺が、頭の布を外す。
「史郎君!
一体、どこ行ってたんだい!
心配してたんだよ」
俺には、その言葉が、本当にありがたかった。
「今日は、そのことで、お話があって来ました」
「ささ、とにかく、お上がんなさい」
彼女は、廊下にスリッパを揃えて置いた。
これまでも、たびたびお邪魔した客室に通される。お茶とお茶菓子をお盆に載せ、おばさんが入ってくる。
ソファーに座った俺は、お礼を言うと、一口お茶を飲んでから、本題に入った。
「おばさん、俺たちが、いなくなって驚いたでしょ」
「まあ、ちょっとはね」
「どうしてそうなったか、話しにきたよ」
「ありがとうね。
じゃ、聞かせとくれ」
俺は、教室にポータルが開いたところから、アリストの城下町にたどりつくまでの事を、ざっと話した。
「あのバカ!
やっぱり、あの子が原因だったのかい。
ここにいたら、ひっぱたいてやるのに」
我が子と同じように、よその子を心配する。立派な母親の姿が、そこにあった。俺自身、この世界にいる時、どれほど彼女に救われたか知れない。
「雄一君は、マスケドニアという国で、王様の友人として滞在しています」
「へえ、あの子がねえ」
「ミツさんっていう、恋人もできたんですよ」
「はーっ!
信じられないねえ。
あの子を好きになってくれる娘がいるなんて」
「あいつは、どこに行っても、モテモテですよ」
「あんたの話は信じられるけど、そこだけは、信じられないねえ」
「あのー、こんな話を、信じてくれるんですか?」
「ああ、だって史郎君は、雄一の事で、嘘をついたことないじゃないか」
俺は思わず胸が熱くなり、涙を隠すのに顔を両手で覆った。
「あんたの方は、向こうでどうしてるんだい?」
「ああ、俺にも家族が出来ました」
それを聞いたおばさんは、立ちあがって俺の頭を抱いてくれた。
「そうかい。
よかったねえ、よかったねえ」
俺は涙が止まらなくなってしまった。おばさんが、タオルで顔を拭いてくれる。
「ああ、そうだ。
これを見せなくちゃ」
俺は、点魔法で大きめのスクリーンを作った。
「はー!
便利だねえ。
これが、魔法ってやつかい?」
「そうです。
では、映しますよ」
画面には、王宮の豪華な部屋で、マスケドニア王と並んで立つ、加藤の姿があった。
おばさんが、身を乗りだし、じっと見ている。
『あー、かあちゃん。
見てるか?
ここは、異世界にある、マスケドニアって国だ。
俺は、この方にお世話になってる』
マスケドニア王が話しだすが、お母さんには通じない言葉だ。俺が同時通訳する。
『本当は、かあちゃんに紹介したい人もいるんだが、それは次の機会にするよ』
加藤は頭を下げると、こう言った。
『俺、異世界に来てから、なんでも自分でやらなきゃならなくて、かあちゃんの有難さが、よく分かったよ。
今まで、ありがとうね。
俺は、勇者として元気にやってる。
心配しなくてもいいよ。
かあちゃん、風邪引くなよ。
とうちゃんと仲良くな』
映像は、そこで終わっていた。
「あの子は、ホント馬鹿だよ。
馬鹿な子だ……」
おばさんの声が震えている。俺は、彼女の背中を撫でてあげた。
「この映像は、俺が向こうに帰ると消えちゃうんで、こういうのも、用意しておきました」
加藤とミツが、仲良く並んで微笑んでいる、点ちゃん写真を渡した。
「史郎君、ありがとうね。
しかし、この娘さん、あの子の彼女にゃ、美人すぎないかい?」
「ははは、彼女は、雄一君の事が、もの凄く好きなんですよ」
「信じられないねえ」
彼女は、しばらく、その写真をじっと見ていた。
「ああ、そうだ。
夕飯、食べてお行き。
どうせなら、泊ってけばいいじゃないか」
「おばさんのご飯、すごく美味しいから、俺もそうしたいんですが……。
まだ、他の二人の所も回らないといけないんで」
「そうかい?
ウチのにも、話をして欲しかったんだがね」
「この次、もし来ることができたらぜひ。
来てよかったです。
おばさん、ありがとう」
「そりゃ、こっちのセリフだね。
あ、そうそう。
ちょいとお待ち」
おばさんは、奥に引っこむと、間もなく出てきた。手には、風呂敷包がある。
「持ってお行き」
「ありがとう!」
よくここを訪れていた、少年時代に戻ったような気がした。
ちょうど辺りに人がいなかったので、姿を消さずに空へ上がる。
加藤のおばさんは、俺が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
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