第5シーズン 地球一時帰還編

第1部 里帰り

第1話 帰ってきた少年


 俺は、アリスト王国にある、俺とルルが所有する家の庭に出ると、そのまん中で、家族に取りかこまれた。


「「お帰りをお待ちしています」」


 デロンチョコンビが、声を合わせる。


「お気をつけて」


 リーヴァスさんが、グッと力強い握手をしてくれる。

次に、コリーダが、俺の右手を両手で包む。


「良い風を」


 コルナが、俺の胸に飛びこむ。


「無茶しないでね」


 ナルとメルが、頭を擦りつけてくる。


「「パーパ、早く帰ってきて!」」


 最後に、ルルが、俺の両手を握る。


「シロー……。

 待っています」


 俺は、皆の顔を見まわしてから、少し離れるように言う。ポータルに関係するものは、油断ができないからね。

 手のひらに、黒い玉を出す。

 ためらわずに、ぐっと握りつぶした。


 パキンッ


 小さな音がして、玉が砕けた。俺の足元に、黒いもやが掛かるとすぐ、それが回転を始める。


 ポータルだ、と思った瞬間、俺は見慣れない場所に立っていた。


 ◇


 俺は、棚田を成す石垣の側に立っていた。


 石垣には、消えつつあるポータルの渦が、まだ残っている。幸い、田んぼには水が張られていなかった。気温から考えると、春の初めか秋の終わりといった所だろう。

 異世界の一日とこちらの一日の時間が違うため、転移してから何日経ったのかも分からない。畑山さんだけが持っていたスマートフォンも、とうに電池が切れていた。


 少し道を降りると、畑でくわを振っているおじさんがいた。いぶかしそうな顔で、こちらを見ている

 まあ、俺は、くすんだカーキ色の上下を着た、冒険者の格好だからね。頭に茶色い布を巻いたままだし。

 おじさんは、何かのおりに見かけた顔だが、それほど親しいわけでもないので、軽く会釈をして通りすぎる。


 その後しばらく山道を下ると、やっと自分がどこにいるか気づいた。そこは、俺が住んでいた町の隣にある集落だった。


 歩いているうちに、どこかで見たなっていう人が増えてくる。

 とうとう、知人に出合ってしまった。


「おい……。

 君、もしかして、坊野さんとこの子じゃないか?」


 俺は、とりあえず胡麻化しておくことにした。首を左右に振り、無言で通りすぎる。その人は、俺の父が「山田のおじさん」と呼んでいた人で、遠縁にあたるはずだ。


 俺は、その場を、足早に離れた。


 ◇


 俺は、とりあえず学校に行ってみることにした。


 の高さから考えると、お昼前のはずだ。

 隣の集落から学校までの道は、普段あまり人が利用しない。道は、途中から川の土手を通っている。この道を歩く牛の花子を、教室の窓からよく眺めたものだ。一年もたたないが、なぜか懐かしい。


 そういえば、向こうにいる間、ホームシックには、かからなかったなあ。

 俺はそういうことを考えながら、土手から学校のグラウンドへ降りる。土曜日、日曜日ではないらしく、グラウンドでは、体育の授業が行われていた。


 今日は、長距離走のようだ。


 ◇


 用心のため、俺は、闇魔術の透明化で姿を消した。


 グラウンドを横切り、校舎へ向かう。

 長距離を走らされている生徒を見て、なぜか、あのクラスでなくてよかったと思ってしまう。


 ブーツを脱ぎ、裸足で廊下を歩く。靴底の汚れは、落ちにくいからね。

 廊下側の窓が開いている教室があったので、覗きこむ。英語の授業だ。内容からして一年生のクラスだろう。

 異世界に行っている間に、教室の配置すら忘れていることに気づいた。何かの感情が胸をくすぐるが、それが何かは、はっきりしなかった。

 黒板の日付を見る。


 十月二十四日


やはり、秋だったか。異世界にいる間に、俺は十八になっていた。


 ポータルに落ちたのが三月の初めだから、あれから七か月以上を、異世界で過ごしたことになる。俺は、自分の教室目指し階段を昇る。他学年の教室がどこにあるかは、忘れているのに、自分のクラスだけは、その場所を覚えていた。

 田舎町にあるこの高校では、三年間クラス替えも教室替えもない。文理選択も教室移動で対応する。生徒の人数が人数だからね。


 かつて自分が毎日を過ごしていた、教室の前に来た。廊下側の窓は全て閉まっていたので、点を中に飛ばし映像を送る。

 俺のクラスは、林先生が数学の授業をしていた。真剣にノートを取る、同級生の様子が懐かしかった。もう受験直前だもんね。

 先生、あんなに白髪あったかな。


 林先生は、俺が覚えていたより、一回り小さくなったように見えた。


 ◇


 授業終わりのチャイムが鳴る。


 教科書や出席簿を脇に抱えた林先生が、教室から出てくる。俺は、その後をつけた。職員室までに、人通りの少ない廊下があったはずだ。

 先生が理科準備室の前を通るタイミングを見はからい、ドアを開け、中に引っぱりこむ。


「な、なんだ、一体」


 ドアを閉め、カギを掛けると、俺は姿を現した。

 先生は、呆然とした顔をしている。


「ぼ、坊野か!?」


「声を押さえてください。

 先生とだけ、話したかったんです」


「お前、どこに行ってた?」


「それを答える前に、一つ約束してください。

 俺がどんなに荒唐無稽おうとうむけいな話をしても、黙って最後まで聞くと」


「……わ、分かった。

 話してみろ」


 先生は、準備室の丸椅子を、俺のために引きだしてくれた。二人向かいあい、椅子に座る。

 

「あの日、俺たちは、当番で教室に残ってたんです。

 突然、黒板に黒い渦のようなものが現れました。

 その向こうに森のような景色が見えたので、加藤が中に入ったんです」


「あのバカが!」


 俺が口の前で指を立てると、先生は、すぐに黙った。


「やつを引っぱりだそうとしているうちに、渦が閉じてしまったんです。

 気がついたら、俺、加藤、畑山、渡辺(舞子)は知らない場所にいました」


 林先生が、先を促すように頷く。


「その場所は森だったんですが、そこから城のある町までなんとかたどりついたんです。

 俺たちは、その世界で、今までなんとか生きのびてきました」


「その世界? 

『その国』の間違いじゃないのか?」


「先生、俺たち、異世界に転移したんですよ」


「……い、異世界か?」


「ええ、そうです。

 すぐには、信じられないでしょうが」


「……で、他の三人は?」

 

「まだ、向こうにいます」


「お前が帰ってこれるんだから、加藤たちも、帰れるんだろ?」


「いや、無理ですね。

 異世界の入り口、ポータルって言うんですが、この世界とそのパンゲアっていう世界を繋ぐそれが見つからない限り、俺たちは、帰ってこれませんよ」


「じゃ、お前は、どうやって帰ってきたんだ」


「ある大きな存在の、不思議な力を借りました。

 ある程度時間がたてば、また、あちらに帰ることになります」


「信じられん話だな」


「すぐに信じてもらおうとは、俺も思っていません。

 この世界で相談できそうな大人が、先生しかいなかったから、ここに来ました」


「そ、そうか。

 家族や警察に、知らせてもいいか?」


「それは、少し待ってください。

 今の話をして、どれくらいの人が、信じてくれると思います?」


「それは、そうだな。

 誰も、信じんだろう」


「俺としても、異世界の事は、最小限の人数にしか知らせる気はありません」


「加藤たちの家族には、知らせるんだろう?」


「はい。

 加藤、畑山、渡辺の家には、俺が知らせます」


「手伝わなくてもいいのか?」


「もし、表だって先生が関わると、病院に入れられるのが、関の山です。

 ここは、俺に任せてください」


「これだけは、聞かせてくれ。

 他の三人は、元気なのか?」


 彼らが勇者、聖騎士、聖女に覚醒し、向こうの世界で活躍していると知らせる。


「おいおい、畑山は女王やってるのか。

 まあ、あの子には、似合ってるけどな」


「全員、充実した毎日を送っています。

 一応、聞いてみたのですが、たとえ帰れたとしても、こちらに帰るつもりは無いようでした」


「はー、勇者とか、聖女ねえ。

 余計、信じてもらえんだろうな」


「ええ、そう思います」


「そういえば、お前、さっき突然現れたけど、あれは何だ?」


「ああ、向こうの世界には魔術があって、それを使ったんです。

 俺、一応魔術師ですから」


「うーん、余計に信じられんな」


 先生にある程度の事を知ってもらうため、力の一端を見せることにした。


「先生、ちょっと窓際まで行ってもらえますか」


「ああ、かまわないが、何をするつもりだ?」


 俺は窓を大きく開けはなつと、二人に透明化の魔術を掛けた。


「おっ! 

 見えなくなった。

 自分の手も、見えんな」


「じゃ、ちょっと、やってみますよ」


 俺は合図すると、彼の手を取り、窓から空に飛びだす。


「おい! 

 ここ、二階、二階!」


 先生は、怖くて目をつぶっているようだ。

 俺は、点魔法の「付与 重力」で更に上昇する。街が一望できる高さで静止する。上空は風が強く、肌寒かった。

 透明化を解く。


「先生、目を開けてください」


 先生は、恐る恐る目を開けると、その高さに驚き、俺の身体にしがみついた。


「ひいっ!」


「先生、大丈夫ですよ」


「大丈夫って、言われてもな。

 先生は、初めてなんだぞ、こういうの」


「あ、そういえば、授業は、いいんですか?」


「ああ、今は、お昼の休み時間だ」


「そうですか」


「他には、どんなことができる?」


「まあ、これは俺の力のごく一部で、本当は、もっといろいろなことができます。

 例えば……」


 次の瞬間、俺と先生はさっきの理科準備室に戻っていた。


「はーっ! 

 凄すぎて、よく分からんな」


 先生は、苦笑いしている。


「俺、向こうでは冒険者やってて、いろいろしごかれましたから」


「お前、変わったなあ」


 先生が、眩(まぶ)しそうな目で、俺を見る。


「相変わらず、ぼーっとしてるって、周りから言われてるんですが」


「ははは。

 だから、『ボー』っていう、あだ名がついたんだもんな」


 先生は、ひとつ息をつくと、こう言ってくれた。


「この世界にいる間に、困ったことがあったら、先生に言うんだぞ。

 あと、お前自身の家にも、顔だけは出しておけ」


 まあね。先生は俺の家庭について、ある程度、事情を知ってるから。


「じゃ、三人の家を回ります。

 先生、話を聞いてくれてありがとう」


「ははは。

 大人はな、結局のところ、話を聞くくらいしかできんのさ」


 先生は、俺たちがいなくなってから起こったことを、かいつまんで話してくれた。そして、にっこり笑うと、俺の頭に手を置いた。


「とにかく、お前が元気にやってて嬉しいぞ。

 他の三人にも、よろしくな」


「はい、伝えときます」


「じゃ、もう行け」


 先生に頭を下げると、再び透明化の魔術で体を消し、空に上がる。

 先生からは、俺が見えないけれど、窓から出てきたのに気づいたのだろう。こちらに向け、手を振っている。


 あちらからは、見えないはずだが、俺も手を振りかえし、加藤の家に向かう。

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