第51話 もう一人の乗客


 点ちゃん1号は、五匹のワイバーンを引きつれ、『東の島』を発った。


 今回は、ワーバーン専用の休憩ボードを引いている。かなり大きいので風の抵抗があるが、そこは風魔術を風防に付与して軽減している。

 デロリン、チョイスが同行を希望したので、俺たちのパーティは、総勢十一人と六匹となった。


 え? ワイバーンは五匹じゃないかって?

 あと一匹は、猪の子だよ。コリーダによって、『コリン』と名付けられたウリ坊は、彼女に懐いていつも足元にいる。


 目的の『聖樹の島』までは、三時間ほどで着いた。

 ワイバーンは、さっそく狩りをしに豊かな森に入っていったようだ。彼らは、この森に住んでもらうことになっている。

 俺たちは、点ちゃん1号から降りると、ギルド本部へ挨拶に行った。


 ギルドからは、『西の島』調査の依頼が出ていたので、映像を含めて渡しておく。これは、俺がこの世界に居ないと見られないので、ギルド職員はデータの移しかえに大わらわだ。映像を見て、重要なことをメモしていく。膨大な資料があるから、移しかえだけでも最低三日はかかる。


 俺たちは、その間、各自が自分で仕事を見つけることにした。

 ルルは、父親のレガルスさんの相手をするしかないだろう。

 デロリンは、料理。 

 チョイスは、洗濯や掃除。

 リーヴァスさんは、ギルド職員の指導。ミミとポルは、そのお手伝い。

 コルナ、ナル、メルは現地の子供たちとの遊び。

 コリーダは、体力をつけるための散策と猪っ子コリンの世話。俺はその補助。

 滞在中に二つやる事があるから、その時は、ミミとポルに、コリーダの補助を頼むつもりだ。


 滞在初日夕方、ミランダさんに会い、点魔法のコンロを屋外で使う許可をもらう。この森では、屋外で火を使用するのは、原則禁じられているからね。

 フェアリスの集落で作った無煙コンロを複製して出す。


「あなたは、何でもありなのね」


 ミランダさんには、そう言って呆れられたが、美味しい食事のためなら構わない。

 

 こういう時、デロリンがいると、とても楽だ。あっという間にバーベキューの用意が終わる。

 レガルスさんが、前もって豚の様な魔獣を獲ってきていた。それに特製のつけ汁を塗り、肉や野菜を焼きにかかる。

 普段できない屋外での調理に、興味をもったギルドの人々が集まってくる。


「もう、我慢できない!」


 ミミの決め台詞ぜりふで食事が始まる。


「う、うまっ! 

 何だこれ!」

「えっ! 

 これが、あの豚? 

 いつもと、全然味が違う!」

「おい、俺の分を取るな!」


 ギルドの人々は、大騒ぎだ。皆が、思う存分、食事を楽しんでいる。

 学園都市世界の『バカンス島』と名付けた島で汲んできた泉の水を、冷やしたコップで出してやる。子供たちが、とても喜んでいる。大人には、フェアリスから大量にもらったお酒を出す。


「うわっ! 

 これって、幻の『妖精酒ようせいしゅ』じゃないのか!」


「まあ、そうとも呼ばれとりますな」


 リーヴァスさんが、フェアリスの集落で浴びるほど飲んでいたのは、幻の酒だった。


「リーダー、これは売れるわよ、フフフ」


 ミミが、悪い顔をしている。まあ、フェアリスのためになるなら、『ポンポコ商会』で扱うけどね。

 バーベキューは、夜更けまで、終わらなかった。


 ◇


 S字の巨木が形づくる、『木の家』で皆が眠りにつくと、俺は一人で部屋の外に出た。

 ウッドデッキからフェアリスの集落へ、瞬間移動する。


 あらかじめ念話で連絡しておいたので、おさとフィロが待っていてくれた。場所は、フェアリス広場に建てた『土の家』の二階だ。



「おお、シロー殿! 

 よくおいでになった。

 ダークエルフの脅威を、取りのぞいてくださったとか。

 フェアリスを代表して、礼を言うぞ」


 長が、俺に頭を下げる。


「ははは、成りゆきですよ。

 それより、お話ししておいた件は、どうなりましたか?」


 フィロが立ちあがる。


「ぜひ、お願いする」


「分かりました」


 用件が済んだので、長に妖精酒の取引を持ちかけた。ダークエルフに怯えなくてよくなった今、彼らは他の地域と、交流を始めるべきだろう。

 長は、喜んで取引に応じてくれた。ただ、『ポンポコ商会』との独占契約っていうのが、ちょっと気になったけどね。


 俺が『西の島』東部、港町跡に建てた『土の家』は、ギルドの支部として使われることが決まった。そして、フェアリス広場に建てた、こちらの家は、人族がここを訪れた時の宿泊施設となるそうだ。


「では、長、これで失礼します。

 色々と、ありがとうございました」


「何を言うか。

 礼を言うのは、こちらの方じゃ。

 井戸で、水の心配をせんでよいようになった。

 囚われていた仲間も、救うてもろうた。

 孫娘まで助けてもろうたのに、十分なお礼も出来ず、申しわけない。

 次に来るときには、何か用意しておくでな」


「いいえ。

 どうか、お気遣いなく。

 では、お元気で」


「ああ、フィロをよろしく頼むぞ」


 フィロは、俺とアリストまで同行することを選んだ。


「良い風を」


「良い風を」


 俺はフィロを連れ、一旦『西の島』東部のベースキャンプに飛ぶ。ギルドの人々が使いやすいように、家を改良しておくためだ。

 そして、俺とフィロは、『聖樹の島』に戻った。


 ◇


 翌朝、俺は、フィロをギルドの人々に紹介した。


 ミランダさんが、恭しくお辞儀をしている。エルフにとり、フェアリスは敬うべき存在らしい。他のギルド職員も、膝を着き、礼を示した。


「聞くところでは、『西の島』を保護してくれるそうですね」


 フィロが、話しはじめる。


「ええ、ギルド本部が、責任をもって守ります」


「有難いことです。

 我々は、好戦的な種族ではありませんから、十分な武器や魔道武器を持ちません。

 ダークエルフの脅威が無くなっても、不安に思う者が多かったのですよ」


「エルフとダークエルフの間で『フェアリス憲章』という取り決めがなされました。

 あなた方が、誰かに襲われることは、もうありませんよ」


「やっと……やっと皆が平和に暮らせるのですね」


 彼の言葉には、万感の思いがこもっていた。


「ところで、『フェアリス憲章』という名前は?」


 ミランダさんが、俺の方を見て片眼を閉じる。


「やはり、シローさんの仕業だったか」


「いや、俺は知りませんよ」


「まあ、そういうことにしておいてあげましょう」


 笑いながら、ミランダさんが取りなしてくれる。


 ◇


 皆が朝食後の緩い時間を過ごしているとき、俺は神聖神樹の元へ来ている。

 今回は、俺一人だけだ。

 聖樹様(神聖神樹)から神樹様を通してお話があり、一人で来いと言われたのだ。以前エレノアさんが案内してくれた場所まで行き、膝を着く。

 太く、ゆったりしたバイブレーションが、俺の身体を満たした。


『シローよ、大儀であったな。

 よう、フェアリスの子らを助けてくれた』


『成りゆきでそうなりました。

 アドバイス、ありがとうございました。

 迷うことなく、『西の島』を訪れることができました』


『ホホホ、アドバイスなど要らぬようじゃったがな』


 聖樹様の緩やかな気のようなものが辺りを満たし、キラキラと輝いている。とても心地よい。


『そうじゃ、褒美を渡そう。

 お主、異世界から来ておったな』


『はい、地球という星から来ました』


『その世界に帰られるようにしてやろう。

 ただ、帰った後、そのまま戻ってこないか、戻ってくるか、どちらかを選ばねばならんぞ』


 俺は、躊躇ちゅうちょなく、片方を選んだ。


『よかろう。

 空を見ておれ』


 言われたまま、空を見上げる。空一面を、聖樹様の枝が覆っている。その枝のどこかから、小さな白いものが一つ、フワフワと落ちてきた。

 落下地点まで行き、空中で手に取る。お正月の羽子板で打つ、羽根のような形をしている。

 聖樹様に言われるまま、先端の丸いところを剥いてみる。コロンとした、直径三センチくらいの、黒い球が出てきた。

 最近どこかで、似たものを見た覚えがある。


『それを握りつぶすと、さっきお主が望んだ効果が得られるであろう』


『ありがとうございます』


『大したものでなくてすまぬな。

 一度しか使えぬぞ』


『いえ、十分です。

 感謝します』


『少し力は戻ったが、この辺が限界じゃ。

 また、いつか会おうぞ』


 聖樹様の声は、そこで途切れた。周囲に漂っていた、聖なる気のようなものも、すうっと消えていった。

 俺は、一生をかけても、あのくつろげる空間を作りだせるようになろう。


『へ(u ω u)へ また、そんなこと言ってる』


 大事なことだよ、点ちゃん。


 こうして『聖樹の島』で、すべきことを終えた俺は、いよいよポータルを渡る時を迎えた。

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