第49話 コリーダ


 俺たちは騎士につきそわれ、玉座の間から控室へ入った。

 ルルとコルナが、ものすごい勢いで俺のところにやってくる。

 まあ、そうなるよね。


「シロー!」

「お兄ちゃん!」


 二人の前に、コリーダが立ちはだかる。


「私は、シローに選ばれた。

 お前たちも、選ばれたのか?」


 ルルとコルナの動きが、ピタリと停まる。二人とも、眉をひそめている。


「シローに無礼なことをするのは、妻である私が許さん」


 二人は悔しそうだが、言葉が出ない。


「シロー、二人で茶でも飲まぬか?」


 コリーダが俺の手をとり、部屋の外へ連れだそうとする。


「パーパ、マンマと喧嘩しちゃダメ!」


 ナルが俺にすがりつき、服のすそを引っぱる。


「お姉ちゃん、マンマとコー姉に、いじわるしてるの?」


 メルが両手を腰に当て、コリーダの前に立ちふさがる。


「い、いや、私は……」


 ルルはメルの所に来ると、しゃがんで目を合わせた。


「メル、違うのよ。

 このお姉ちゃんも、パーパが好きなだけなの」


「いや、わ、私は……」


 コルナが、ナルを抱きしめる。


「マンマの言う通りなの。

 いじわるしてるんじゃないよ」


「なーんだ、そうかー」

「お姉ちゃん、だれー?」


 まあ、子供には、敵わないよね。コリーダが、たじたじとなっている。


「わ、私は、シローの奥さんだ」


「パーパの奥さんは、マンマとコー姉だよ」

「そーだよー」


 二人の子供に、さすがのコリーダも押され気味だ。

 彼女は、まっ直ぐ俺の目を見る。


「おい、シロー殿」


「何でしょう?」


「こちらのお二方が奥方というのは、まことか?」


 ああー、そんなこと言ったら、また混乱しちゃうでしょ。


「えーと、どう言いましょうか……」


「この子らが、パーパ、マンマと言っていたが、もしやシロー殿の娘子むすめごか?」


「ナルのパーパだもん」

「メルのパーパだもん」


 二人が、俺の裾を引っぱる。カオス、その言葉が脳裏をよぎる。

 陛下の前で啖呵たんかを切る方が、よっぽど楽だね、こりゃ。


 ◇


 まだ体力が十分ではない、コリーダを休ませるため、点ちゃん1号のコケットを一つ増やした。


 残り二つのコケットには、娘たちが寝ている。

 コリーダの身体に合わせ、コケットの微調整をしていると、その上で横になっている彼女と目が合った。


「シロー、聞きたいことがある」


 娘たちを起こさないためだろう、コリーダは、声を低く抑えている。


「私は、実の父親さえ手に掛けようとした女だぞ。

 なぜ、そんな女を妻に選んだ」


「あなたは、ダークエルフに操られていた。

 そして、偽物とはいえ、母親を本当に愛していた。

 これだけの理由では、足りませんか」


 彼女は、ふうーっと息をつくと、体の力を抜いた。やはり、どこか肩ひじ張っていたところがあったのだろう。


「初めて会った時、俺は、あなたの事をもっと知りたいと思いました。

 それも、理由の一つです」


「それでも、私は――」


「あなたの人生は、これからですよ。

 過去を振りかえるのは、やめなさい。

 俺は、あなたと未来が見てみたい」


 コリーダは、しばらく黙って俺と目を合わせていた。

 そして、突然、笑いだした。


「ぷっ! 

 ははは、何だそれは。

 口説き文句にしては、色気が無いな。

 ふははは、ああ、おかしい……」


 笑っている彼女の眼尻に涙があるのが、はっきりと見えた。もっとも、コリーダはすぐに反対側を向いてしまったから、見えたのは一瞬だったが。

 コケット効果なのか、彼女は、すぐに寝てしまった。


 俺は、点ちゃんに、ある頼みごとをしてから、自分の寝室に入った。


 ◇


 まだ夜明け前、点ちゃん1号から出ていく人影があった。


 コリーダだ。

 機体の戸口は、なぜか開いていた。そのため、彼女はなんの苦労もなく外へ出ることができた。


 彼女は、今は亡き母親から教わった、秘密の抜け穴を通り、城の外へと向かう。這いまわったので、服も顔も泥だらけになったが、気にもならなかった。

 大侵攻後にできた泉の横を通り、森の中へと向かう。


 ◇


 魔獣が自分に気づくまで、それほど時間はかかるまい。コリーダは、魔獣に我が身を食らわせる道を選んだ。

 自分が影も形も無くなれば、シローの迷惑にもなるまい。


 森の中は、大侵攻時に『メテオ』が起こした爆風で、多くの枝が地面に落ちている。彼女は、足元にも注意を払わず、森の奥へと分けいる。

 パキパキと枝を踏む音が、辺りに響く。


 やっと魔獣が出てきたと思ったら、それは猪型魔獣の子供だった。ぴいぴい鳴きながら、彼女の足元をぐるぐる回っている。


 子供がいるということは、親もいるはず。

 コリーダは親を探し、森を歩きまわった。


 やっと巨大な猪を見つけた。

 高さが、人の背丈よりはるかに大きい。

 簡単に死ねそうだ。

 牙の前に、自分を持っていく。

 目を閉じた魔獣は、こちらに気づいていないようだ。

 思いきって、目の前に迫った魔獣の鼻に触れてみた。


 冷たい。


 そういえば、魔獣は鼻の穴から息が漏れていない。

 横に回ったとき、やっとその理由が分かった。

 地面に落ちた、かなり太い枝の先が、猪の脇腹に突きささっていた。恐らく、走っているとき、自分から枝に突っこんだのだろう。


 コリーダは足腰から力が抜け、地面に座りこんでしまった。死のうとしていたのに、生きながらえたことにホッとしている。

 シローの茫洋とした顔と、彼の言葉が蘇ってくる。


『俺は、あなたと未来が見てみたい』


 まったく、どういう少年なんだろう。父親殺しの女に、興味を持つなんて。

 そのことを思いだしたとき、彼女は無性に城へ帰りたいと思った。シローがいる場所へ。


 しかし、この時も、運命は彼女に苛酷だった。

 大猪の死臭を嗅ぎつけたのだろう。いつの間にか、彼女は狼のような魔獣の群れに囲まれていた。


 ◇


 生まれて初めて、誰かと生きたいと思った。


 そのとき、死が訪れるとは……。

 コリーダは、すでに自分の運命を受けいれていた。顔には微笑みさえ浮かんでいる。


 私に、ふさわしい最後ね。


 彼女は、襲いかかろうとしている魔獣の目を正面から見た。その視線を、何かが突然さえぎる。

 誰かの背中だった。


 少し体をずらし、横から覗きこむ。

 それは、たった今、彼女が想っていた少年、シローだった。ただ、彼女が覚えている彼とは、雰囲気が全く違っていた。

 恐ろしいほどに、整った顔立ちをしている。

 この美しさは、この世のものではない。

 そう思うほどだった。


 魔獣の方を向いたシローが、微笑む。

 コリーダは、それが自分に向けられたものではないのに、ドキッとしてしまった。

 気がつくと、魔獣の群れが姿を消していた。


 シローが彼女の方を向く。そこで、コリーダは意識を失った。

 少年はコリーダを両腕に抱え、ゆっくりと歩きだした。

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