第41話 和睦


 大侵攻の日から三日後、エルフ王城イビスでは、エルフとダークエルフの会議が行われていた。


 大広間に置かれた、長いテーブルの片側にエルフ、反対側にダークエルフが座っている。

 テーブルの奥中央には、総ギルド長ミランダが座っていた。彼女の気品と威厳が、場を圧しているからか、どちらの陣営も、表面上は大人しくしている。


「では、ダークエルフ、エルフの和睦わぼくについて、話を進めたい」


 ミランダの一言で、場が騒然となった。


「わ、和睦だと! 

 聞いておらんぞ。

 どういうことだ!」


 ダークエルフのスコーピオ総帥が、思わず立ちあがる。

 ミランダは、落ちついた声で続ける。


「他に和睦に異議のある方は、いらっしゃいませんか?」


「そんなもの、呑めるか!」

「いい加減にしろっ!」


 数人のダークエルフが、血相を変えて立ちあがる。


「エルフ側に、和睦に反対の方は、いらっしゃいませんか?」


「我々が勝ったのだから、ここは、賠償を要求する場ではないのか?」


 エルフの側にもやはり、和睦を受けいれることができない者がいるようだ。それは、かつてナルとメルに魔獣暴走の罪を着せようとした、大柄な貴族だった。

 ミランダが、他にも反対する者がいないか、場を見わたす。


「ここは、和睦の場です。

 エルフ王とダークエルフ議長の間で、すでに話はついております。

 今、お立ちになった方は、速やかにご退席を」


 彼女の静かな声が、場に響く。


「ば、馬鹿な!」


 スコーピオ総帥が叫ぶ。

 その時、ミランダの背後に、大型のスクリーンが二つ現れた。

 片方にはエルフ王、もう片方にはナーデ議長の姿があった。

 ナーデが、落ちついた声で話しだす。


『スコーピオ総帥、いや、スコーピオ伯爵。

 あなたが、軍事関係の資金をわたくししていたのは、すでに調べがついています。

 議会は、すでにあなたの総帥としての地位を剥奪しました。

 こちらに帰ってきたら、すぐに裁判を受けてもらいます』


「な、なんだと!」


『連れていけ』


 二人のダークエルフの衛士が、スコーピオを両脇から抱え、連れていく。

 ずっと叫びつづけていたスコーピオだったが、部屋から出される頃には、大人しくなっていた。

 立っていたダークエルフは、全員が議場の外に出された。

 賠償を口にしたエルフの貴族も、衛士に連れられ、外に出される。


「どうも、恥知らずがいるようですね。

 この度の争いを収めたのは、エルフでもダークエルフでもないことをお忘れなく」


 ミランダの口調は穏やかだったが、その内容は双方にとり、苛烈なものだった。


『あなたのおっしゃる通りです、ギルドマスター』


 映像で参加した、エルフ王が発言する。


『和睦の会議、頼みますよ』


『お願いいたします』


 ナーデも会議をミランダに一任する意向のようだ。


「分かりました。

 できる限りのことをしましょう」


 会議では、次の事が決められた。


・ダークエルフは、あらゆることで、エルフと同じ扱いを受ける。

・『東の島』南部のかつてのダークエルフ領を再び蘇らせる。

 そのための資金は、エルフとダークエルフで出しあう。

・『南の島』の寒冷地開発を両種族で行う。

・『西の島』にあったフェアリスの首都復興を、ダークエルフが請けおう。

・復興後、『西の島』は、ギルドの保護地とする。


 この取りきめは、ある筋の意向で、「フェアリス憲章」と名づけられた。


 ◇


 会議が終わり、会議場から外に、人が出てくる。

 彼らは、城の中庭に向かう。

 これからそこで、立食パーティーが催されるからだ。


 食事は、三つのテーブルに分けて並べられており、それぞれエルフ、ダークエルフ、ギルドの腕自慢が料理を作っている。

 ギルド担当は、デロリンが中心の料理人たちだ。

 エルフとダークエルフの郷土料理が一度に食べられ、俺は満足だ。


 ナルとメルは、パーティーそっちのけで、ポリーネ姫と遊んでいる。

 まあ、年が近いからね。

 ミミとポルは、ミランダさんに連れられ、挨拶回りをしている。


 俺が右手にルル、左手にコルナを連れ、会場を歩くと、貴族から拍手が起きる。モリーネ姫が、俺たちの働きをばらしてしまったらしい。


 前方から、青いドレスを着た小さな少女が、俺に走りよってくる。避ける間もなく、抱きつかれてしまった。

 七歳くらいだろうか。無邪気な笑顔を浮かべるその顔は、黒褐色だった。

 後ろから、エルフの貴族、マーシャル卿が現れる。


「サーシャ、お行儀良くしないと嫌われるよ」


「でも、パパ。

 この人が、私の英雄さんでしょ」


「ああ、そうだよ。

 お前が自由に外を歩けるようになったのは、この方のおかげだ」


 ルルとコルナが、しゃがんでサーシャと挨拶している。


「シロー殿、なんと感謝してよいやら……」


 彼は、ぐっと言葉に詰まると、涙を流した。

 そこには娘のために、命懸けで王に逆らった、父親の姿があった。


「ははは。

 俺は成りゆきでいろいろやっただけで、エルフ王の英断には遠く及びませんよ」


「陛下も凄いが、君の働きも大したものだ」


 そこまで言ったところで、サーシャがちょこちょこと、こちらに歩いてきた。


「あのね、サーシャもね、ルルちゃんやコルナちゃんみたいにシローのお嫁さんになるの」


 マーシャル卿の顔色が変わる。


「おい、シロー、一体どういうことだ。

 娘は、渡さんぞ」


 やれやれ、一体どこまで親馬鹿なんですかね。

 俺は、しゃがんでサーシャに耳打ちする。


「おい!」


 マーシャル卿は、俺に飛びかからんばかりだ。


「パパ、サーシャね。

 シローのお嫁さんになる前に、パパのお嫁さんになる」


 ちゃんと俺が教えた通り、言えたようだ。


「え?

 サーシャちゃんは、パパのお嫁さんがいいのか。

 そうかそうか、あはははは」


 さっそく、親馬鹿がデレている。


 俺は、ルルとコルナに合図すると、主役の登場を用意するため、一人で点ちゃん1号の中に戻った。

 点ちゃん1号は、パーティー参加者が触れないように、土魔術で覆っている。

 点魔法を使い、ナーデ議長を王城に呼びよせる。

 城の中から、エルフ王とナーデ議長が並んで現れると、パーティーは最高に盛りあがった。


 二人が、ものすごい拍手に、手を振ってこたえている。


 ◇


 いやー、点ちゃん、今回手に入れた、瞬間移動は、ホント凄いね。


『?(*'▽') えへへへ、あれ?』


『どうしたの?』


『(・ω・)ノ~*  ご主人様、魔術が飛んできたよー』


『どこに?』


『(・ω・)ノU 王様のグラス』


 俺は、点魔法で、陛下の横に跳ぶ。

 周囲は、突然現れた俺に驚いたようだが、今はそれどころではない。

 陛下が口をつけかけた、グラスを奪う。


「おや、シロー殿。

 いたのか」


 俺は陛下に耳打ちすると、犯人を捕まえるべく、城の中に駆けこんだ。

 一人用ボードに乗り、城内を滑るように進んでいく。

 俺の技術で扱えるぎりぎりの速度で、曲線が多い廊下を奥へと向かう。


 やがて、通路は傾斜が多くなってくる。

 しばらく通路を上ると、目的の部屋が見えてきた。


『(・ω・)ノ 魔術が出てきたのは、この部屋だよー』


 やはり、そうか!


 俺はボードを消し、部屋に飛びこんだ。

 そこには、力なくベッドに横たわるコリーダ姫と、彼女に馬乗りになり、短剣を振りかざしたメイドの姿があった。


 俺が制止する前に、短剣は勢いよく振りおろされた。

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