第42話 エルフ王族の秘密


 力なく横たわるコリーダにまたがったメイドが、振りかざした短剣を、勢いよく振りおろした。


グサッ


 メイドが、目を見開く。

 それはそうだろう。今まで第二王女が寝ていた場所には、誰もいなかった。ナイフは、その根元まで、ベッドに刺さっている。


「お前、ダークエルフだな」


 俺は、両手をパンと合わせた。メイドに掛かっていた、モーフィリンの効果が切れる。そこには、黒褐色の肌を持つ、まぎれもないダークエルフがいた。


「ちっ!」


 メイドは、吐きすてるように言うと、呪文を詠唱する。

 それより早く、俺の点魔法が発動する。

 彼女の体が一瞬で浮かびあがり、天井に頭を強くぶつけた。


「ぐっ」


 床に倒れた彼女は、首を左右に振り、意識をはっきりさせようとする。

 俺は、背後から彼女の首に腕を回し、意識を刈りとった。

 ふう、やっと終わったか。


 ドアを開け、大声で異常を知らせる。

 すぐに女騎士が駆けつけた。

 倒れたメイドを彼女に任せると、モリーネ姫に連絡する。パーティが終わったら、国王の家族だけで点ちゃん1号まで来てもらうように頼む。

 あ~あ、せっかく大侵攻をしのいだのに、今夜は休めそうにない。


 俺は、ブツブツ言いながら、城の廊下を歩きはじめるのだった。


 ◇


 パーティが終わると、すでに深夜だった。


 コケットに寝ている娘たちを起こすわけにもいかないので、陛下とその家族には、別の場所に移動してもらうことにした。

 誰にも聞かれる恐れが無い場所ということで、『西の島』ベースキャンプを選んだ。

 陛下、王妃、五人の王女を点魔法で一人ずつ送る。一度に送ることもできるのだが、急ぐ必要はないからね。


 最後に、俺自身が移動する。陛下と彼の家族は、突然まっ暗な場所に連れてこられたので、パニックを起こしかけていた。

 魔術で、小さな光を灯す。

 それほど明るくないが、話をするだけなら十分だろう。


 一応、壁の上部にもうけた小窓も開けておく。


 ◇


「シロー、ここは?」


「ここは、『西の島』を調査するときに作った、ベースキャンプです。

 ここなら、他人の目も耳もありませんよ」


 俺は、意味あり気に言った。


「どうやって、一瞬で、そんなところへ?」


 陛下の問いかけには、答えずにおいた。


 第二王女コリーダは、俺が彼女の部屋に踏みこんでから、ずっと点魔法で治療中だ。急遽きゅうきょ作ったコケットに、闇魔術で寝かせてある。

 俺は、まず彼女を起こすことにした。


「ううう、こ、ここは、どこ?」


 コリーダ姫は、俺が以前会った時より、さらに痩せていた。

 お后が、優しく話しかける。


「コリーダ、お加減はどう?」


 コリーダ姫は、王妃を冷たい目でちらりと見た後、黙っている。


 俺は、話を進めるため、両手をパンと合わせた。

 コリーダ姫の肌が白色から褐色に変わったことが、暗がりの中でもハッキリ分かった。


「な、何ということを!」


 王妃が、俺をとがめるような目で見る。


「彼女は、あなたが生んだ、実の娘さんですね」


 俺の言葉に、王妃はぶるぶる震えると、がっくり膝をついた。


「嘘よ! 

 私が、この女の娘であるはずがない! 

 私には、本当の母親がいるもの!」


「陛下、王族に褐色の肌を持つ者が生まれたのを隠すために、第二王妃をめとりましたね?」


「ど、どうしてそれを、シロー殿が……」


「最初は、コリーダ姫の顔かたちが、余りにモリーネ姫に似ていたこと。

 つまりは、王妃様、あなたに似ていた。

 しかし、確信を持ったのは、耳の形です」


「耳の……形?」


 モリーネ姫が、言葉を漏らす。


「この世界に来て初めのころ、俺にはエルフの方々が、みんな同じに見えていました」


 俺は、ことさらゆっくり話をする。


「顔の特徴が分かるようになると、あることに気づいたのです」


 モリーネ姫の方を向き、頷く。


「耳の形は、個々でかなり違うというとこを」


 俺は、そこで少し間を置いた。


「特に、耳の内側、その凹凸おうとつは、非常に特徴的なものでした。

 多くのエルフと会ううちに、耳は母親の形を受けつぐことに気づいたのです」


 俺は、コリーダ姫の方を見た。

 彼女は、首を左右に振り、プルプル震えていた。


 俺は話題を変え、彼らに別の視点から見てもらうことにした。


「陛下、コリーダ様を殺そうとしたメイドは、彼女が生まれる以前から、お城にいませんでしたか?」


「ああ、その通りじゃよ」


「そして、コリーダ様が生まれてすぐに、第二王妃が現れた」


「ど、どうしてそこまで分かるのだ。

 確かに、彼女はコリーダが生まれた直後、城の前に倒れておったのを、あのメイドが見つけてきたのだが……」


 陛下の顔色が、変わる。


「も、もしかして、そのこと自体が、ヤツらの計画だったのか!」


「そうです。

 褐色の肌を持つ王女が、実の父親である国王を殺す。

 エルフに恨みを持つダークエルフたちが、これほど望む結末はないでしょう」


「そ、そんな……。

 お母様は、エルフに殺された。

 エルフに殺されたんだ!」


 コリーダ姫が、悲痛な叫びをあげる。


「あなたにそう思わせるのが、彼らの狙いだったのでしょう。

 第二王妃は、その任務のため、命がけであなたをだましたのです」


「シロー殿、なぜメイドは、今になってこの子の命を狙ったのだ?」


「メイドは彼女を殺そうとする前、コリーダ姫に陛下を毒殺させようとしておりました」


「なにっ!」


「和睦が成った今、彼らの任務が取りけされるのは確実です。

 だから、その前にケリをつけようとしたんです」


「ワシだけで無く、コリーダにも、毒が盛られていたのはなぜだ?」


 そう、それで惑わされちゃったんだよね、こっちも。


「母親と同じように、誰かが彼女を狙っていると思わせるためでしょう」


 その誰かが陛下、王妃と他の姉妹だとは言わずにおいた。


「なぜ!? 

 なぜなの! 

 私は、一体何のために……うううっ」


 コリーダ姫が、うめくように言葉を漏らす。

 幼いポリーネ姫がそんな彼女に近づく。彼女は、姉の頭を優しく撫でながら、こう言った。


「お姉ちゃん、早く元気になって」


 それを聞いたコリーダ姫は、泣きくずれてしまった。

 四人の姉妹が、彼女を撫でている。

 お后は、コリーダ姫の足元にすがりつく。


「ああ! 

 私たちが世間体のために、あなたを辛い目にあわせたのね」


 そう言うと、彼女は、床に両手をついた。


「お前たちのせいではない。

 余が、王としての立場を守ろうとしてやったことじゃ。

 すべて余の、余の責任……だ」


 陛下も立ちつくしたまま、滂沱ぼうだの涙を流している。


「でも、でも、私は、お父様の命を狙ったのよ。

 もう、妹とも、姉とも、娘とも呼んでもらう資格はないわ」


 コリーダ姫の発言を、俺の言葉が断ちきる。


「甘えるなっ!!」


 皆が、ギョッとして俺の方を見た。


「あんたは、母にも父にも姉妹にも、これほど愛されているじゃないか。

 そういう愛をもらえずに生きている者は、沢山いる。

 甘えるのも、いい加減にしろ!」


「この子を許してやって」

「シロー、姉さんをいじめないで」

「お姉ちゃんを、許してあげて」

「シロー、嫌い! 

 お姉ちゃーん」


 四人の王女が、俺からコリーダ姫を守ろうとする。

 ひとまず、彼女たちは、これで大丈夫だろう。後は、コリーダ姫次第だ。


 陛下は、じっとこちらを見ていたが、やがて俺だけが聞こえる声で、ぼそりと囁いた。


「シロー殿、かたじけない」


 もしかすると、陛下には見破られるかもしれないと思っていたけどね。

 俺は、さっと後ろを向くと、二階に上がった。

 家族の語らいが終わったら、彼らを『東の島』に送ってやろう。


『(* ω *)ノ ご主人様ー、不器用ですね』


点ちゃん。まあ、器用じゃないのは間違いないね。

 俺は、長いこと思いださなかった自分の過去が、頭をよぎるのだった。

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