第30話 ダークエルフの娘


 周囲の森から出てきた狼型魔獣の群れが、すごい勢いでミミとポルに押しよせる。

 広場には、隠れるような場所もない。さすがのミミも、死を覚悟した。


 魔獣の群れが、目の前まで迫る。

 しかし、驚いたことに、彼らの動きがピタッと停まった。尻尾(しっぽ)を腹の下に丸め、怯えた様子を見せる。

 ミミは、後ろを振りかえった。

 そこには、十メートルはあろうかという巨大な熊の姿があった。

 魔獣たちは、キャンキャンと鳴き声を上げ、森へ逃げていく。


 一難去って、また一難だ。しかも、こんどこそ、本当の終わりだ。

 近づいてくる熊に、ミミは目を閉じた。


 ところが、いつまでたっても熊が襲ってこない。

 薄目を開けると、巨大な熊が、すぐ横に立っている。


 ポンッ


 音がすると、熊がポルに変わる。彼は、荒い息をつき、地面に座りこんでしまった。


「もう! 

 変身するなら、そう言いなさいよね。

 死を覚悟しちゃったじゃない」


 ミミが叱るが、ポルはゼイゼイと息をついているだけだ。自分の身体のサイズをあそこまで大きくしたのが、よほど負担になったのだろう。

 ミミは、彼を放っておいて、柱へ向かう。

 柱には、粗末なローブを着せられた、娘の姿があった。

 恐らく、二十歳前だろう、若い娘だ。


 ただ、その肌の色は、ミミがこれまで見たことが無いものだった。黒に近い褐色だ。髪も、それに近い色をしている。

 耳が横に突きだしているのは、モリーネ姫と同じだから、エルフの変種かもしれない。

 ミミは、娘を縛りつけているロープをカギ爪で切った。


「あ、ありがとう」


 娘は、震える声でお礼を言った。


「私とこいつは、冒険者なの。

 私がミミ、こいつがポルナレフ。

 あなたは、どうしてこんな所に?」


「あっ! 

 じゅ、獣人……」


 娘は、やっとそれに気づいたようだ。


「安心して。

 私たちは、あなたの悲鳴を聞いて駆けつけただけよ」


 ミミが言うと、娘は少し安心したようだ。


「助けてくれてありがとう。

 私は、メリンダ。

 ご覧の通り、ダークエルフよ」


 ミミは、ダークエルフという種族について聞いたことがなかった。


「私たち、うちのリーダーから、この場所に来るように言われてたの」


「あっ!」


 やっと立ちあがったポルが、空を指さしている。

 ミミがそちらを見ると、見慣れた白銀色の機体が、こちらに近づいてくる。

 彼女は、体の力が抜け、へたり込んでしまった。


 点ちゃん1号は、広場のまん中に着地した。


 ◇


 機体の側面をドア型に開き、俺は外へ出た。


「シローさん!」


 ポルが、こちらに駆けてくる。


「ポル、ミミ、元気そうだね」


 俺が言うと、二人とも涙を浮かべている。


「何かあったの?」


 座り込んでいたミミが立ちあがる。


「何かあったの、じゃないわよ! 

 もう少しで死ぬところだったんだから!」


「狼型魔獣の群れに襲われたんです」


 ポルが、説明してくれる。


「そいつらは?」


「ポン太が巨大熊に変身して追いはらったわ」


 なるほど、『西の島』南部に生息する大熊に変身したんだな。いい判断だ。


「ポル、よくやったな」


 俺はポルの頭を撫でてやった。彼は嬉しそうな表情をすぐにあらため、早口で報告する。


「それより、ボクたち二人、銀ランクになったんですよ!」


 ポルは、キラキラ目を輝かせている。


「おお! 

 それは、凄いな。

 俺より早いんじゃないかな。

 二人とも、よくやったね」


 ポルが泣きだしてしまったので、ミミがいつものように頭を撫でてやっている。


「で、君は誰だい?」


 俺は、ダークエルフの娘に話しかけた。


「私はメリンダといいます」


 なるほど、彼女が魔獣暴走事件の犯人か。そのことを問いつめるのは、後でいいだろう。


「じゃ、ベースキャンプに戻るから、これに乗ってね」


 まだ足元がおぼつかないメリンダを背負うと、ミミ、ポルの後を追い、点ちゃん1号に搭乗した。


「また、くつろぎグッズが増えてる……」


 ミミが呆れたように、室内を見まわす。

 王城の城下町で、マットやクッションを仕入れてきたからね。

 三人をソファーに座らせ、エルファリア特産のお茶を出してやった。


「うわー、美味しいなあ」

「うん、いい香りね」


 メリンダは、驚いた顔で室内を見回している。

 じゃ、点ちゃん、ベースキャンプに戻ろうか。


『(^▽^)/ はーい!』


 俺は治癒魔術の点を付与しメリンダの傷を治しつつ、進路をベースキャンプへ向けた。


 ◇


「ルルさん、コルナさん、リーヴァス様、お久しぶりー!」」


 点ちゃん1号から降り、ベースキャンプに入ると、ミミがさっそく皆に挨拶している。


「この人は、誰?」


「ああ、チョイスっていって、家の事を色々やってもらってるんだ」


「は、初めまして」


 チョイスは、獣人を見慣れないのか、ちょっと引いている。


「ふーん」


 メリンダは二階の個室で休ませ、ミミとポルに、これまであったことを伝える。


「えっ!! 

 幻の『南の島』って本当にあったの?」

「謎の原住民を見つけたんですか!?」


 この世界のことを下調べしていた二人には、衝撃の事実だろう。


「君たちが救ったメリンダは、『南の島』の住人だよ」


「ふえ~、話が大きすぎて混乱します」


 ポルが彼らしい言葉を洩らした。


「で、次はどうするの?」


 ミミが尋ねてくる。


「うん、調査はここまでで十分なんだけど、ダークエルフの議会と接触しておこうかと思ってる」


「また、難しいことをやろうとしてるわね」


 まあ、そう言われても仕方がないところだ。

 点ちゃんがいなければ、まず不可能なミッションだろう。


 俺は、頭の中の計画を再確認するのだった。


 ◇


 次の日、体調が少し良くなったメリンダと話す事にした。

 本当は、同胞に見捨てられた彼女をそっとしておいてやりたいんだけどね。

 彼女が休んでいる部屋のドアをノックする。


「どうぞ」


 声からすると、気持ちの整理は着いているようだ。

 俺が部屋に入ると、彼女はベッドから上半身を起こしていた。


「ちょっと話せるかな」


「はい、何でしょう」


 彼女の横に椅子を持っていき、それに座る。


「『東の島』でエルフ王城を魔獣に襲わせたのは君だね?」


 単刀直入に尋ねる。


「ど、どうしてそれを!」


 言ってしまった後、メリンダは「しまった」という顔で、口元を押えている。


「心配しなくていい。

 確かに君がやったことは許されないことだが、一人の被害も出なかったからね」


「……」


 メリンダは、力なくうつむいている。まあ、そのことで処刑されそうになったんだもんね。


「毒でエルフ王の命を狙ったのも君かい?」


「え!? 

 わ、私ではありません」


「誰がやったか、心当たりがあるかい?」


「いえ、ありません」


 嘘は、ついてはいないようだ。

 まあね。王の命を狙うような仕事は、極秘任務だろうから。

 俺は、話題を変えることにした。


「君は『南の島』の住民だね。

 エルフの人たちが憎いの?」


 彼女は、しばらく黙った後で口を開いた。


「あなたは、『南の島』がどんな所か知っていますか?」


「いや、ほとんど何も知らない。

 その存在自体を、数日前やっと知ったくらいだからね」


「私たちが住む『南の島』は、決して豊かな土地ではありません。

 祖先が移住した当時は、病や飢えで多くの人が死んでいったそうです。

 今でも、やせた土地で取れるわずかな作物と海産物で、なんとか命をつないでいるのです」


 俺は、黙って彼女の言葉を聞くことにした。


「私の妹カリンダは、十歳になる前に死にました。

 家族のために、野の実を採りに出かけたところを、魔獣に襲われたのです」


 妹のことを思いだしたのか、メリンダは目に涙をためている。


「豊かな『東の島』なら、妹は死なずにすんだはずです」


 俺は、問題の根深さに、重い気持ちになっていた。


「追いだされた『東の島』に戻るために、できることをしようとしたんだね」


 それでも、魔獣をけしかけたことは、許されることでないが。


「ダークエルフは、エルフから『東の島』を奪いかえしたいの?」


「そこまでできるとは、正直思っていません。

 でも、学園都市世界からの援助が途絶えてから、皆が絶望的な気持ちになっています。

 自分たちが滅びるくらいなら、エルフを巻きこんでやりたいと思っているダークエルフは沢山いるでしょう」


「すると、『東の島』への大規模な攻撃も、あり得るってこと?」


「ええ、処刑が決まって私が牢に閉じこめられている時、看守たちが、そのようなことを話していました」


 これは丸顔の兵士に確認する必要があるな。


「君は、これからどうしたい?」


「……私には帰るところがありません。 

 あのまま魔獣に食べられた方が、幸せだったかも知れません」


「俺は君を慰められるような人間じゃないから、気の利いたことは言えない。

 ただ、命を救われたことに少しでも恩義を感じるなら、できることは沢山あるよ」


「……ありがとう」


 俺は、メリンダがなんとか立ちなおってくれるよう祈るのだった。

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