第29話 ミミとポルの冒険(下)


 ポルナレフは、『木の家』に帰ってくると、やっと自分が何をしたか理解した。


 ベッドにもぐりこんで、出てこようとしない。

 ミミが、呆れて毛布を剥がそうとするが、いつにない力で、毛布にしがみついている。


「恥ずかしー! 

 恥ずかしすぎる~!」


 まあ、それはそうだろう。 

 ギルドの本部長に、銀ランクを自慢した上に、おばあちゃん呼ばわりしたのだから。

 ミミも、また恥ずかしさがこみあげてきたが、ポルの姿を見て、なんとか自分を保つことができた。


「いつまでグズグズしてるの! 

 シローはもう、『西の島』らしいよ。

 本当は、『東の島』で追いつくつもりだったのに」


 ミミは、なんとかポルをベッドから出そうとする。


「あんた、このままだと、ありもしない『南の島』まで、シローに追いつけないかもよ」


 そこに、ノックの音がして、エレノアが入ってくる。


「あら、まだやってるのね」


「そうなんです。

 どうしても出てこなくて」


「ポルナレフ君、リーダーから連絡よ。

 すぐに、『西の島』の東海岸に向かってくれだって。

 これが、地図。

 なるべく早くってことだそうよ」


 ポルが、ベッドから飛びだす。


「分かりました! 

 急いで向かいます。

 ミミ、何グズグズしてるの! 

 急いで用意して」


「あー、もうこれだからねえ、ポン太は……」


 ミミは、ポルナレフの急変に呆れかえるのだった。


 ◇


 ミミとポルは、セント・ムンデの港に係留された美しい帆船の上にいた。


 帆船の名前は、『クイーン・エスメラルダ』

 ギルド一の高速艇だ。

 地球のスクーナー型の帆装に近いが、エルフの風魔術がより有効になるような角度に帆が張ってある。


 桟橋には、ミランダをはじめ、ギルドの面々が見おくりに来ている。

 銀ランクの冒険者に対しては異例の事だ。


「ミミ、ポルナレフ。

 存分に活躍しておいで」


 ミランダのよく通る声が潮風を越え、二人のところまで届く。

 二人は、ぴょこんとお辞儀すると、大きく手を振ってそれに応えた。

 船長のカズノが、ミランダと目を合わせて頷く。


 船は、『西の島』目指し、帆を上げた。


 ◇


 純白の帆に風をはらんだ『クイーン・エスメラルダ』は、滑らかに、そして、優美に海上を滑っていく。


 ポルは、帆船がこんなに美しものだとは知らなかった。

 総舵手やロープワークを担当する船員クルーの動きも、きびきびしていて気持ちがいい。

 ミミは、さっそく船員のアイドル的地位を手に入れたようだ。もらった食べ物を、両手いっぱいに抱えている。


 見張りをしている者が、鐘を鳴らした。船の上が、慌ただしくなる。

 船尾の方向から、大型の海生魔獣が近づいてくる。地球の『首長竜』という恐竜に似ている。

 ミミとポルは、気が気ではない。


 しかし、船長カズノは落ちついたものだった。風と帆の角度を合わせると、船員に合図をする。

 七、八人が、帆に向けて風魔術を唱える。


 船が、蹴飛ばされたような加速を見せる。魔獣は、あっという間に後方に姿を消した。


「かっこいいなー」

「うん、かっこいい」


 ポルとミミの会話を聞き、船員たちはすごく嬉しそうだ。

 加速がついた船は、矢のように海面を進んでいった。


 こうして、通常一週間以上掛かるところを彼らは、三日半で『西の島』に到着した。


 ◇


 船から降りる時、船員くるーは、みんな名残惜しそうに挨拶している。

 ミミは、サービスで船員全員の頬にキスをしていた。

 ポルは、それはやり過ぎだと思ったが、海の男たちが屈託なく笑っているのを見て、そんなことはどうでもよくなった。

 二人は、最後に船長のカズノと握手して船を降りた。


 降りた場所は岩場だったが、少し歩くと廃墟が広がっていた。

 どうやれば、これほどの破壊ができるのか。大きな瓦礫の塊が見つからないほど、町は徹底的に壊されていた。

 少し離れたがれきの下に、ちょこちょこ動く尻尾の先が見えたので、ミミが石を投げる。

 ぐわっと瓦礫の山が崩れ、一メートル以上あるネズミが姿を現す。

 それは幸いにも、こちらを攻撃することなく、別の瓦礫の下に潜りこんだ。


「ミミ、エレノアさんの注意聞いてなかったの? 

 普通の常識は、この大陸には通用しないんだよ」


 さすがのミミも、二人の命を危険にさらしたのに気づき、黙っている。


 二人は、地図の印を目標に内陸に進んでいく。

 地図とコンパスからすると、あと少しで目的地のはずだ。しかし、この「あと少し」が問題になりそうだった。


 なぜなら、そこからは、廃墟が終わり、森になっていたからだ。

 森の中を進むとなると、見通しも悪いし、周囲はもちろん、上も警戒しなけばならなくなる。銀ランクになりたての二人には、かなりハードルが高い。

 しかし、そうも言ってられない事になった。


 進行方向の森から、女性の悲鳴が聞こえたのだ。


 ◇


 ミミとポルは、危険もかえりみず、悲鳴目指し、森の中に駆けこんだ。


 森の中をそれほど進まないうちに、小さな広場に出る。

 円形の広場の地面は、最近作られたように滑らかだ。


 その中心に石柱が立っており、そこに誰かが縛りつけられていた。

 その周りを、狼型の魔獣が三匹取りかこんでいる。

 魔獣は、体長が人の身体くらいある。

 縛られた人の服に血が付いているのを見ても、すでに何回か攻撃をしかけたようだ。


 ミミは、ここは逃げるべきだと考えていた。

 どう考えても、二人で三匹の魔獣と戦うのは無理だからだ。

 しかし、ポルは、躊躇なく柱へ向けて走っている。

 ミミは、仕方なく彼の後を追った。


 柱の獲物に夢中の魔獣は、まだこちらに気づいてない。

 短剣を持ったポルが、魔獣に切りかかる。魔獣は、背を切られたが、傷が浅いのかあまり効いていないようだ。


 傷ついた魔獣が、ポルに飛びかかる。牙を剥いた狼が倒れたポルにのしかかった。ポルは、必死に魔獣の牙と自分の間に短剣を入れようとする。


 その魔獣の首筋をミミのカギ爪が引きさく、これはさすがに効いたようだ。

 首から血を流した魔獣は、唸り声を上げた後、力なく地面に横たわった。


 残る魔獣は、二匹だ。ミミが、何とかなりそうだと思った瞬間、片方の魔獣が遠吠えを放った。すぐに、森のあちこちから遠吠えが返ってくる。


 二人は、最悪の事態を予想した。

 そして、それがそのまま現実となってしまう。


 狼の群れが、森から姿を現したのだ。

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