第36話 神樹


 俺の家族、コルナ・コルネ姉妹、モリーネ姫は狐人領に着いた。


 俺は、コルネの許可を得て、点ちゃん1号を巨大な木の前に着陸させた。

 木の根元は、ぐるりと白壁の城が取りまいている。

 家族は、その偉容に目を奪われていた。

 以前に俺を案内してくれた、文官のホクトが城から出てくる。


「皆さま、ようこそ狐人領へ。

 このお城でご滞在下さい」


 ナルとメルは、ホクトが被っている帽子が気になるようだ。しゃがんだホクトが、二人に帽子を触らせてくれる。


 俺は、前に案内された客室に通された。この部屋も、すでに三度目だ。俺の家族とモリーネ姫のために、続き部屋を取ってくれている。

 荷物を置き、少しくつろぐと、大宴会場に案内される。円形の大空間だ。狐人とお客が交互に車座となるのが、ここの作法だ。

 子供二人は、ルルの左右に座っている。俺とリーヴァスさんは、コルナとコルネに挟まれて座った。

 驚いたことに、他の獣人族族長も座っている。


 ナルとメルは、熊人や猫人を、目をキラキラさせて見ている。大きなぬいぐるみだと思っているのかもしれない。

 あごから白いヒゲを垂らした、猫賢者の姿もあった。


 食事の前に、学園都市世界であったことを、大まかに話す。すでにおよそのことを知っていたおさたちも、食いいるように俺の話を聞いていた。


「シロー様、前回のことだけでなく、今回の事も大変なお世話になりました。

 我ら一同、感謝の言葉もございません」


 コルネがそう言うと、他の獣人も俺に頭を下げる。


「いや、今回のことは人族に非があることだから、人族の俺が協力するのは当たり前だよ」


 俺はそう言って、皆に頭を上げてもらった。


「まあ、それにしても、大変な働きだった。ニャ」


 猫賢者が、感心したように言う。


「獣人族として、何か感謝の意を表したいのだが」


 これは、山のように大きな熊人の長だ。


「せっかくこうして、集まったのだ。

 後で、非公式の獣人会議を開いてはどうだろう」


 新しく参加した、狸人族の長が、そう発言する。そんな場に引っぱりだされては敵わない。家族に町を案内するという理由で、辞退させてもらおう。


 食事が始まると、子供たちは食べるのに夢中になる。獣人世界における食文化の高さは、誇るべきものがある。

 お茶が出される段になると、座るのに飽きてきたナルとメルが、立ちあがってウロチョロしだした。熊人の長に横になってもらい、そのお腹の上でトランポリンしたり、猫賢者のヒゲを引っぱったり、やりたい放題している。

 さすがにこれは止めないと。そう思い、俺は立ちあがった。


 あれ? 

 何、これ?


 猫賢者が、ナルとメルに向かい平伏していた。


 ◇


「このようなところで、『伝説の智慧ちえ』にお目にかかれるとは」


 猫賢者が、よく分からないことを言っている。

 ナルとメルも、キョトンとしている。


「えー、これは、どういうことでしょう?」


 俺だけでなく、他の獣人の長も驚いた顔をしている。


「賢者様、これは一体?」


 コルネが問いかける。


「お前たち、頭が高い。ニャッ。

 このお二方ふたかたは、伝説の古代竜様じゃ」


 一瞬、場がシーンとなる。


「賢者様、ここで、そのボケはどうかと思いますよ」


 猫人族の長が、突っこんでいる。


「馬鹿者! 

 ボケであるものか。

 お前には、分からんのか!

 ニャニャニャッ!」


 こうなると、しょうがないかな。


「ナル、メル、おいで」


 俺は、二人をスペースがある方に呼びよせた。二人が、走ってくる。俺が耳打ちすると、二人の姿が一瞬で全長二メートルくらいのドラゴンに変わる。


「「「こ、これはっ!!」」」


 おさたちは驚いた後、揃って平伏した。

 熊人の長が、青くなっている。


「俺は、な、なんということを」


 二人を、お腹の上で遊ばせたことを言っているのだろう。

 いや、そこは、こちらが感謝すべきところだから。

 俺が合図すると、二人は少女の姿に戻った。


「皆さん、顔を上げてください。

 せっかく遊んでもらっていたのに、娘たちもガッカリしますよ」


 俺がそう言うと、皆やっと座りなおしてくれた。

 ナルとメルは、相変わらず、長たちにじゃれついている。


「どうか、今までと同じように接してやって下さい」


 俺が頼むと、みんなで二人の相手をしてくれた。ナルとメルは、遊んでもらって最高の笑顔だ。


 俺とルルは、顔を見合わせ、微笑みあった。


 ◇


 宴の後、俺とルルは、コルナに連れられ、城の奥に来ている。

 なぜか、モリーネ姫も一緒だ。


「コルナ、ここは?」


 そこは、しめ縄のようなものが張ってある部屋だった。

 奥の壁は、黒い布が張ってある。


「神樹様のお部屋じゃ」


 コルナが厳かな声で答える。俺とルルは、黒い布の前にひざまずくように指示される。

 コルナが、黒い布を左右に開く。そこには、恐らくは、巨木の一部分であろう木肌があった。その中心に、大きな顔のようなものがある。目は開いていないが、口のようなものもある。


 そのとき、おれは、頭の中に声のような「音」を聞いた。ルルも、ハッとしているから、同じ音が聞こえたようだ。

 神樹の声は、とてもゆっくりした、心地よいバイブレーションだった。


 俺は知らないうちに、体のあちこちにできていた、緊張の塊のようなものが、すうっと溶けていくのを感じた。

 ただ、神樹が何を話しているかは、理解できなかった。

 目を閉じたコルナが、いつもと違う、ひどくゆっくりした低い声を発する。


『お前たち三人と会えて嬉しいぞ』


 三人か。俺とルルとモリーネのことかな?


『違う。

 その娘と、お前と、お前の中の存在じゃ』


 え? 神樹様は、点ちゃんのことが分かるの?


『ああ、分かるぞ』


 点ちゃん、ご挨拶して。


『(^▽^)/ こんにちはー』


 相変わらず軽いな。


『フフフ、よいよい』


『d(≧▽≦)b ご主人様以外の人と初めて話せたーっ!』


 お! 嬉しいんだね、点ちゃん。激しくぴょんチカしてる。


『点の子よ。

 これからも、あるじをお守りするのじゃぞ』


『(^▽^)/ はーい』


『いつでも我と話せるように、点を付けるのを許そう』


『(^▽^) わーい、ありがとうー』


 うわっ、嬉しさの余り、点ちゃんがいっぱい点をつけちゃったよ。


『よい、気にするでない』


 神樹様は、寛大なお方のようだ。


『これから、エルファリアに行くのであろう。

 我が母なる存在にも伝えておこう』


 えっ! 神樹様より、さらに上の存在がいるの?


『そちら三人は、我々にとって、やがて救いとなる存在』


 救い?


『どうか、我々の未来を頼むぞ』


 うーん、どうもよく分からないけど。


『今は、それでよい。

 お前とその娘には、我らの加護を与えておこう』


 体の芯が、じわっと温かくなる。なんだろう、この感覚は。

 懐かしいような、もの哀しいような。


『明日は、我からエルファリアへ行くとよいぞ』


 コルナはそう言うと、ペタンと座りこんでしまった。モリーネが、コルナを介抱している。

 あ、そうだ。

 俺は、点魔法でパレット(板)を出す。


 みょんみょんピーン。


「加護」


 パレットに文字が出る。


古代竜の加護 物理攻撃無効

神樹の加護  未来予知(弱)


 パレットには、新しい加護が表記されている。

 神樹様にお礼が言いたかったけれど、コルナがこうなっては、また別の機会にするしかないな。


 俺は、加護のありがたがイマイチぴんときていなかった。

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