第31話  マスケドニアの奇跡


 俺たちは、ポータルを潜りぬけると、小さな島の遺跡に出た。


 そこには、軍師ショーカが待っていた。


「お帰りなさい!」


「ただいま、ショーカさん。

 例の資料、とても役に立ちましたよ」


「おお、シロー、そして勇者殿。

 帰ったか」


 ショーカの後ろから出てきたのは、マスケドニア王その人だった。俺はちょっと驚いたが、まずお礼を言った。


「陛下、この度のご援助、誠にありがとうございました。

 お陰で、このように、無事、勇者を連れかえることができました」


「こちらこそ、勇者を連れかえってくれて感謝している。

 例の準備も、出来ておるぞ」


「何から何まで、ありがとうございます。

 まだ、加藤には詳しいことを伝えておりません」


 これは、小声だ。


「そうか。

 では、とにかく急ぐかな」


 王が合図すると、紋章付きの船が近づいて来た。

 王、俺、加藤だけが、それに乗りこむ。


「シローさん。

 みなさんは、私が王宮へお連れしますのでご安心を」


「では、よろしくお願いします」


 船が出る前に、ショーカと言葉を交わした。


 岸に着いた俺たちは、王家の紋章が付いた馬車で、一路、王宮へと急いだ。

 王宮に着くなり、地下の部屋に進む。


「おい、ここはいったい?」


 部屋に着くと、加藤が当然の質問をしてきた。


「加藤、お前、西門での事件の後、三日ほど寝てたよな」


 ここで俺が言っている「西門での事件」とは、焼却の魔道具で、加藤とミツさんが襲われた事だ。


「ああ、そうだが、今さら何だ?」


「あの時、お前、頭にコブ作ってただろう」


「ああ、ここら辺に、大きなタンコブがあったな」


 加藤が、左後頭部を手で触る。


「あれな、俺が、背負ってたお前を放りだした時にできたんだ」


「えっ? 

 なんで、そんなこと?」


 加藤にとっては、訳が分からない話だろう。


「お前が気を失った後、俺は、あることに気づいて、お前を放りだしたんだ」


「あることって?」


「まあ、それは今から分かるよ……。

 舞子、入って来てくれ」


 戸口から、舞子が入ってくる。

 彼女の存在は、点ちゃんが教えてくれていた。


「舞子ちゃん! 

 どうしてここに?」


 加藤が尋ねる。

 彼女は、黙って部屋の隅にある、長い箱のようなものに近づいた。振りかえり、加藤の顔を見る。

 加藤が近づいて、箱を見おろす。

 箱には窓があり、ガラス越しに中が見えた。


「こ、これはっ!!」


 加藤が、絶句している。

 それはそうだろう。

 そこには、すでに埋葬したと思っていた、愛する人の顔があった。


「ミツ……」


「舞子、お願いできるかな」


「ええ、史郎君」


 自信に満ちあふれた彼女の姿は、本物の聖女だった。

 舞子の手から、箱の中へ光が流れだす。それは、普通の治癒魔術とは違う、金色の光だった。聖女だけが使える治癒魔術、「再生」だ。光は、十秒ほど続き、すーっと消えた。

 舞子が少しふらついたので、俺が肩を支えてやる。


「史郎君、ありがとう」


 頬を染めた舞子は、すぐに自分の足でしっかりと立った。


「加藤、そっちを持ってくれ」


 俺は、箱の足元へ行くと、蓋に手を掛けた。加藤が、用意できたのを見計らって、掛け声をかける。


「3、2、1、今だ」


 ぐっと力を入れると、かなりの重さの蓋が、持ちあがった。

 蓋を外すと、ミツの全身が現れた。彼女は白い布で覆われており、その布のあちこちは、氷で覆われていた。

 舞子が、再び手をかざすと、こんどは、普通の治癒魔術の光が、ミツの身体を覆った。


「すぐに体を温めてあげてください」


 舞子が指示を出すが、その必要は無かった。目が覚めたミツが、言葉もなく加藤と抱きあっていた。俺は、念のため、火属性を付与した点をミツに付け、体温くらいまで温度を上げておいた。

 俺たちは、しばらく、抱きあう二人を見守った。

 加藤が、やっとこちらを見て尋ねる。


「ボー、これは、どうなってる?

 夢じゃないのか?」


「ああ、夢じゃないぞ。

 お前が気を失ってすぐに、陛下に頼んでミツさんを凍らせてもらったんだ。

 一気に凍らせたら、死なないことがあるって知ってたからな。」


 その後は、点魔法で仮の容器を作り、ミツさんを保冷した。定期的に温度を管理しなければならないので、宮廷魔術師の負担はかなりのものだったはずだ。

 学園都市に行く前、舞子に、ミツさんの命がまだ繋がっていることを確認してもらった。

 今、ミツが蘇ったのは、まさに奇跡と言っていいだろう。


 しかし、もし、この件に関して、本当の奇跡があるとすれば、西門の事件で気を失っている加藤を背負った時に、ドラゴンの山で一瞬にして湖を凍らせた魔術の記憶と、マスケドニア王宮で食べた氷菓の記憶とが、結びついたことだろう。

 この国の魔術師にも、急速冷凍の魔術が可能かもしれない。そう気づいた俺は、背中の加藤を放りだし、王の元へ走ったのだ。


「良かったのう。

 本当に良かった」


 マスケドニア王が、涙ぐんでいる。

 俺たちは、奇跡の復活を遂げた少女を、優しく見守るのだった。

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