第30話 帰郷 - 点ちゃん2号登場 -


 俺と加藤は、学園都市世界をたちさる準備を始めていた。


 俺と加藤が学園を去ることを告げると、学長のターランはショックで倒れかけた。すぐに、スーシェ先生に支えられていたが、涙を流して残念がっていた。

 スーシェ先生と話して分かったことは、成績優秀者、それも超が付くほど優秀な者は、賢人となる可能性がある。

 この世界で、賢人の力は絶対だ。いや、絶対だった。だから、そういう生徒は、どこまでも優遇されていたそうだ。

 俺は、タイタニックの謎が解け、ちょっと納得した。       


 加藤退学の知らせには、多くの女子生徒が涙を流した。

 まあ、どこにいてもモテるヤツだよ、お前は。


 俺は、学園を去る前に、仲間へのお土産として大量のタイタニック料理を確保した。


 ◇


 その後、俺と加藤は共生会きょうせいかいに立ちよった。

 この共生会は、政府の肝入りで作られた、人族と獣人の橋渡しをする組織だ。トップと副会長には、それぞれ、ダンとドーラが就任している。


「おい、もう帰るのかよ」


 ダンは、俺を肩を掴んで、ちょっと寂しそうに言った、


「忙しいときに、悪いな。

 こちらにも、いろいろ事情があってな」


「まあ、お前さんたちがいなけりゃ、この世界は、地獄のような場所のままだったわけだからなあ。

 無理は言えんよな」


「本当に、お世話になったわ。

 獣人を代表して、お礼を言わせて欲しいの」


 ドーラはそう言うと、俺と加藤に向かい、深々と頭を下げた。


「ドーラさん、やめてください。

 俺たちは、自分がやりたいことをしただけですよ」


「なるほどねぇ。

 コルナが、言ってたことも頷けるな」


 ダンがあごを撫でながら、感心したように言う。


「コルナが、何って?」


 何のことか分からない俺は、聞きかえした。


「ま、それは、いいだろう。

 それよりな、俺たちに、あの、その……」


 言葉に詰まったダンに、ドーラが助け舟を出す。


「フフフ、頼りないパパね」


「えっ!?

 パパっていうと……もしかして?」


「そう、私たちの子供ができたの」


「おお! 

 そりゃ、めでたいな!」


 加藤が、ダンの背中をバンバン叩いている。お前、誰かに似てるぞ。


「それでね、シロー。

 この子に、あなたの名前をもらいたいのよ」


「え?

 俺の名前って?」


「ホープ=シロー=サイトウ。

 いいかしら?」


「それは構いませんが、俺の名前なんかでいいんですか?」


「あなたの名前だから、いいんじゃない。

 絶望的な状況をくつがえし、獣人を救った英雄の名前だもの」


「え、英雄……。

 それは、ちょっと」


「ははは。

 ボー、観念しろ。

 それだけの働きはしてるぞ」


「加藤、お前までそんなことを言うなんて」


「シロー、なに情けない顔してんだ。

 獣人の移送を手伝ってくれるんだろう?」


 その話は、俺たちが帰ると決めてすぐ、ダンと打ちあわせてあった。


「ああ。

 人数は、それほど連れてかれないけどな」


「それでも、助かるぜ。

 今、共生会うちは、とにかく人手不足だからな」


 ダンが持っているシートが、音を立てる。彼は、送られて来たデータを読むと、そのままシートを俺に渡してきた。

 そこには、学園都市が新しく掲げる憲章が書いてあった。

 送り主は、メラディス首席だ。


 「獣人憲章」

 ・全ての獣人を、元の故郷へ帰す。

 ・武器および魔道武器の、他世界への輸出を禁ずる。

 ・獣人世界には、関税無く生活魔道具を販売する。

 ・「時の島」中央の森を再生する。


 最後の項目は、その後の調査で、獣人世界の森が学園都市による木の伐採で消失したと判明したことで、つけ加えられた。

 何年後か、何十年後かには、その森でウサ子たちの姿が見られるかもしれない。

 俺は、その光景を思いえがくと嬉しくなった。


 憲章には書かれていないが、捕えられていた獣人の生活は、学園都市が援助する。

 また、獣人捕獲に関わった者は、首輪を着けられ、獣人世界で村の復興や森の再生に協力させられることが決まった。

 この首輪は、記憶を失わせる機能はないが、敵意や差別意識を持つたびに、弱い電流が流れるようになっている。

 骨の髄まで差別意識で染まった連中だから、初めの内は、さぞや苦労するに違いない。

 とにかく、一応の区切りはついたな。


 それにしても、執政部は思いきった決断をしたものだ。

 魔道具の輸出に頼っているこの世界がそれを制限すると、生活水準がかなり下がることが予想される。それでも、この憲章を作らねばならなかったところに、学園都市の苦悩が見えた。


「シロー、いつでも戻って来な。

 歓迎するぜ」


「ああ、こちらも世話になったな。

 残った獣人たちのこと、頼むぞ」


 ダンと俺は、挨拶を交わすと固く握手した。


「じゃ、またな。

 次は、三人に会いに来るよ」


 俺がそう言うと、ダンは赤くなり、黙ってしまった。


「ええ、この子と一緒に歓迎するわ」


 ドーラがお腹に手を当てて、そう言った。


 俺と加藤は、共生会を後にした。


 ◇


 ポータルを渡る前夜、俺たちは、ギルドから貸しだされている住居で小さな打ちあげパーティをした。

 食事は、勿論、タイタニック料理だ。

 食事の前、みんなの顔を見渡す。加藤、コルナ、ミミ、ポル。 一人も欠けずに、目標を達成できた。

 俺は、運命の神に感謝した。


「かんぱーい!」


 ミミの合図で始まったパーティは、和やかな楽しいものだった。


 途中で、モリーネとコルナが、部屋の隅でコソコソ何か話していたが、まあ、ガールズトークということで、放っておいた。


 ◇


 出発の日、朝早くから荷物を積みこみ準備をする。


 何に積みこむかって?

 新しく完成した、点ちゃん2号だよ。


 これは、大型バスを想像してくれると分かりやすい。

 ただ、タイヤが着いていない。

 車体には、『付与 重力』が施されていて、三十センチほど宙に浮いている。


 これを点で牽引するわけだが、実験段階では、スピードが出過ぎて困った。その辺をなんとか調整して、低速で走行できるようにした。

 低速って言っても、すぐに時速三百キロくらいになるから、注意が必要だ。


 全員が乗りこんだのを確認した俺は、家の中に戻る。

 居心地がいい家だった。

 俺は、家に感謝の気持ちを伝え、指輪でカギを閉めた。


 ◇


 途中、獣人を保護している政府施設に立ちよる。


 二十名の獣人を、移送することになっている。これは、政府からパーティ・ポンポコリンへの指名依頼として受けた。

 施設の前では、荷物を持った獣人たちが、すでに待っていた。

 俺は、シートで全員の名前をチェックすると、点ちゃん2号に乗ってもらった。


 肩を叩かれ振りかえると、驚いたことにメラディス首席が立っていた。


「首席、おはようございます。

 今日は、どうしてこちらに?」


「英雄のお帰りと聞き、改めてお礼に参りました」


 あなたまで、そうきますか。


「首席、『英雄』は、やめていただきたい」


「まあ、呼び方はいいのですが、今回の事では、この世界を救っていただき、本当にありがとうございました」


「ははは。

 適当にやりたいことをやってただけなんで、気にしないで下さい」


「勇者様も、ありがとうございました。

 どうか、お元気で」


「あー、また、泳ぎに来ますよ」


「泳ぎに?」


「加藤、もう時間が無いから。

 それでは、メラディス首席もお元気で」


 どこで泳いだか聞かれたら、点ちゃん1号の話をするはめになるからね。ここは、スルーしておこう。


 ◇


 ギルドまでの道中、点ちゃん2号に驚いた通行中のカプセルが急停止して、かなり町に迷惑を掛けた。


 ポルは、今回輸送される二十名に入っているお母さんと並んで座り、談笑している。お母さんの反対側には、ミミが座っており、なにかと世話を焼いている。

 モリーネは、コルナとうち解けたようで、話に花を咲かせている。

 隣の加藤は、いびきをかいて寝ていた。まあ、昨夜は、打ち上げパーティで遅くまで起きていたからね。


 点ちゃん2号は、程なくギルドに到着した。

 荷物を下ろし終えたとたん姿を消した乗り物に、獣人たちは驚いていた。

 ポータルがある部屋は、俺たちと二十名の獣人で、すし詰め状態だった。

 人をかき分け、ギルドマスターのマウシーがやって来た。


「では、シロー様。

 お気をつけて」


「世話になったね。

 元気でね」


 そのとき、空中から「ぺっ」と何かが飛びだし、マウシーの額にくっついた。例の口髭だ。

 あれ、点ちゃん。もう、おひげはいいの?


『(・ω・)ノ うん、もう飽きちゃったー』


 ああ、そうなの。


『(・ル・)』


 おっ! 確かに。 お髭を極めてるね。


『(^ル^)ゞ へへへ』


 マウシーは、なぜか、自分のおでこに貼りついた口ひげに気づいていないようだ。

 周囲の獣人が、彼を見てクスクス笑っている。

 まあ、緊張しているよりはいいよね。


 最初に、加藤がポータルを潜る。

 次に、コルナとモリーネが、踏みこむ。

 ポルは、ミミとお母さん、二人と手を繋いで入っていく。


 獣人が全員渡ったのを見届け、俺はポータルを踏んだ。

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