第29話 秘密施設の落とし物 


 秘密基地を行政機関前の広場に下ろした後、俺はその内部を隅々まで調べた。


 点ちゃんが、爆発物を処理したとき、いくつかの隠し部屋が見つかっていたからだ。これだけ厳重に隠されていた秘密施設が、さらに隠さねばならない秘密とは何か。

 隠し部屋のほとんどは、記録されたデータの保管に使われていたが、一つだけ別の目的で使われている部屋があった。

 そこには、カプセルが一つだけ安置されていた。

 透明なシールドの下に浮かぶ顔は、彼が今までに見たことのない種族のものだった。そして、見たことがないほど美しかった。

 ほっそりした骨格。白い肌。すっと伸びた鼻筋。金色に流れる髪。何より特徴的なのが、その耳の形だった。

 槍のように、横に突きだしている。


 俺は、アリスト王城の禁書庫で、その外見の種族についての記述を見たことがあった。


 エルフ。


 エルファリアという世界の住人だ。

 俺は、熟慮の末、自分がこのエルフを保護することにした。

 この社会がもう少し落ちついているなら、政府なり適切な機関なりに預ければよかっただろう。しかし、今、この世界は混乱の極みにある。彼らに異種族を任せるのは不安だった。

 そのため、一旦アリストに連れかえり、その後エルファリアに送ることにしたのだ。


 エルファリアへのポータルは、確か獣人世界グレイルにあったはずだ。

 つまり、学園都市世界から、パンゲア(アリスト)、グレイルを経由し、エルファリアへと移送することになる。


 俺は、アリストのギルドで、信頼できるパーティにエルフ護送を依頼してもいいと考えていた。


 ◇


 裁判後、一か月がたった。


 それぞれの仕事にも目処が立ったので、俺はエルフの目を覚ますことにした。すでに、点ちゃんが適した治癒魔術を選んでくれている。場所は、点ちゃん1号の中を選んだ。

 ここのところ、退院した母親がいる宿泊施設に泊まっていたポルも、今日は参加している。


 邪魔が入らないよう、点ちゃん1号を上空へ。

 カプセル内のあちこちが光る。治癒魔術の光だ。

 カプセルの上蓋が、音もなく開く。

 白いもやが、外に出てくる。

 その中で、エルフの少女が半身を起こしていた。

 少し、ぼーっとしているようだ。


 俺は、用意しておいた、冷たい香草茶を差しだした。

 少女の華奢きゃしゃな手が、重そうにそれを受けとる。

 口元に付け、少しだけ飲む。


「コホッ、コホッ」


 コルナが、慌ててエルフの背中をなでている。


「こ、ここは、どこです?」


 エルフの少女が発した言葉は、独特のイントネーションがあり、まるで歌の様だった。


「あなたは、現在、アルカデミアという世界の学園都市に居ます。

 その秘密施設の中に隠されるように、このカプセルが置いてありました」


 俺は、彼女が入っているカプセルを指さした。


「ここは、エルファリアではないのですね」


「ええ、別の世界です」


 少女は、何か考えているようだった。


「あなた方は?」


 俺は、詳しい事情は後回しにして、まず名前だけを紹介していくことにした。ミミ、ポル、コルナ、加藤と紹介し、最後は、自分自身の番となる。


「改めて、初めまして。

 俺は、シローと言います」


「えっ!

 あなたが、シロー……」


 いかにも、俺のことを知っているような口ぶりは、なぜだろう。そういえば、どこかで同じことが、あった気がする。


「私は、モリーネ。

 助けてくれて、ありがとう」


 毅然とした態度は、おそらく身分の高さから来るのだろう。背筋がすっと伸びた姿勢が、余計にそう思わせる。


「なぜここに連れて来られたか、分かりますか?」


 俺が尋ねると、モリーネは答えを躊躇ためらっている様だった。


「……分からないわ」


 何か隠している様子だ。

 俺は、この場では、そこをつつかないことに決めた。


「ところで、あなたは、エルファリアにお帰りになりますね?」

 

 即答すると思ったが、彼女はしばらく考えた後、こう言った。


「あなたと一緒なら」


 コルナが何か言うかと思ったけれど、彼女は黙ってモリーネを見ていた。


 モリーネは、当然という顔で、俺の前に手を出す。

 俺が、その手を取ると、ゆっくりとカプセルから出てきた。

 立ちあがると、彼女の美しさが、さらに際立った。

 白いワンピース越しにも分かる、滑らかな体の曲線、波打つ金髪、整った顔立ち。それは、美を体現しているかの様だった。


 思わず見とれていたポルの足を、ミミが踏んづけている。

 まあ、これは、しょうがないよね。


 俺は、モリーナにソファーをすすめると、この世界の紹介をすることにした。

 点ちゃん1号の壁を、透明にする。

 彼女は、それほど驚いていないようだ。


「これが、学園都市世界です。

 あの山脈から東の、白く光っている部分が学園都市で、山脈の西側は、人が住まない原生林となっています」


 上空から見ても、原生林のまん中あたりに、秘密基地があった跡が見えた。


「あの、穴のように見える場所に、秘密施設がありました」


 彼女は、小さく頷いた。


「美しい世界ですね」


 歌うような声がささやく。


 俺は、彼女が隠している秘密が何なのか、思いを巡らすのだった。

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