第7部 再生

第28話  母


 学園都市は、異様な雰囲気に包まれていた。


 自分たちの豊かな生活が、獣人の犠牲の上に成り立っていることが分かった今、これまでと同じように過ごせるわけがない。


 パルチザンは、最後の仕事として、獣人の真実を市民に説明する役目と、秘密基地で見つかった獣人の保護を行っていた。

 そんな時、学園都市の長、メラディス首席から、ダンとドーラに呼びだしがかかった。


 二人が、行政府へ赴くと、そこでは新しい執政官達と各獣人種族の代表が、テーブルを囲んでいた。


「今日、お集まりいただいたのは、新しい学園都市の構想を、話しあいたかったからです」


 メラディス首席は、落ちついた声で話しはじめた。


「我々は、知を重視するあまり、大切な事を無視してきたようです。

 これからの学園都市の方向をどうするか、具体的な案を頂けたらと思います」


 一人の老人が、話しはじめる。

 彼は、式典の会場で最初に映像に登場した犬人、まさにその人だった。


「まず、ワシらを故郷に帰してくれ。

 ワシの人生は、虚しく過ぎてしもうた。

 だが、せめて骨は故郷ふるさとうずめたい」


「それは、勿論です。

 我々は、皆さんを獣人世界にお返しするのはもちろん、向こうでの生活についても責任を持つつもりです」


 真摯な表情で、メラディスが話す。


「そのためには、獣人と我々の橋渡しをする組織が必要だと考えます」


 これは、若い執政官だ。


「しかし、人族の既存のシステムを信用することは出来ません」


 厳しい顔をした、猫人族の女性が発言する。


「もし、人族と我々の橋渡しをする役を選ぶなら、パルチザンの方々以外考えられません」


 これは、狸人族の女性だ。

 執政部の面々は渋い表情だが、獣人側からすれば、これは当然の意見だろう。

 メラディスが、ダンとドーラの方を向いて話しかける。


「どうでしょう。

 パルチザンの方々に、その仕事をお願いできませんでしょうか」


「そうですね。

 我々の仲間にも獣人がいます。

 一度彼らを獣人世界に帰し、それから改めて、ということであれば協力できるかもしれません」


 ダンは、言葉を選んで慎重に答えた。


「私は、その考えに賛成です。

 ダンや他のパルチザンの人たちと一緒に生活してきたので、人族の中にも信用できる人がいることは、分かっていますから」


 ドーラの言葉を聞いたメラディスは、しばらく黙ったままだった。

 彼女が目を閉じると、すっと涙が頬を伝った。


「あなた方を、こんな目に遭わせた人族を……」


 メラディスは、それ以上言葉が出せなかった。


「そうじゃの。

 世話をしてもらえるなら、ぜひ、パルチザンの方々に頼みたいの」


 最初に発言した、犬族の老人が頷いた。


「では、ダンさんには、人族と獣人の橋渡しをする、新しい組織をお願いしたい」


 メラディスが頭を下げる。

 獣人達も全員頷いている。

 ダンは、自分に掛かってくる重責に体が固くなったが、その手にドーラが触れると、すっと力が抜けた。


「分かりました。

 パルチザンの人員で、出来るところまでやってみましょう」


 この後、議題は、獣人に対する補償に移っていった。


 ◇


 会議が終わり、ダンとドーラは、並んで街を歩いていた。


 ドーラが、ふと足を止める。


「ん? どうした?」


 ダンがドーラを見ると、彼女は微笑んでいた。


「ここ、覚えてない?」


 ダンが、周囲を見渡す。 何の変哲もない、ビルとビルの谷間である。しかし、どこか見覚えがある気もする。


「あっ、あの時の……」


 ダンが、やっと思いだした。

 彼のカプセルが、ドーラをはねた場所だった。


「全ては、ここから始まったのね」


 ドーラは、感慨深げだ。


「ここで、あなたに会わなければ……」


「ドーラ、後悔してるのか?」


「馬鹿ね。

 ここで、あなたに会わなければ、今の私は無かったのよ」


「そ、その……俺と一緒にいるのが、嫌じゃないのか?」


「ははは。

 そんなこと心配してたの?」


 ドーラの笑い声は、どこまでも透明で明るかった。


「そりゃ、するさ。

 なにせ俺は、この顔に、この体だからな」


「私はね、あなたが黒髪の勇者じゃなくても、気持ちは変わらないわ」


「そ、そうか?」


「それより、お腹が減ったわ。

 どこかで食事しましょう。

 今までは、堂々と町を歩けなかったからね」


「そうだな、そうするか」


「二人分だから、しっかり食べないと」


「二人分? 

 俺のも食べるのか?」


「馬鹿っ。

 どうして、こう鈍感なの?」


 ドーラが笑いながら、自分のおへその下あたりに両手を当てる。

 さすがに、ダンも気づいたらしい。


「お、おい! 

 それって!?」


「ええ、あなたと私の赤ちゃん。

 新しい命よ」


 ダンは一瞬ポカーンとしたが、うつむいてブルブル震えだした。


「ど、どうしたの、ダン?」


 ドーラが心配になって、声を掛ける。


「やったーっ!!」


「えっ!?」


 突然、両手を上げて叫びだしたダンに、ドーラが驚く。


「やったーっ!!」


 ダンは、ドーラの周りをぐるぐる回り、両手を突きあげている。

 最後に、ぎゅっと彼女を抱きしめた。


「愛してるよ、ドーラ!」


「ふふふ、ずっと前から知ってたわ」


 道行く人々は、呆れた顔をしてそれを見ていたが、やがて拍手を始めた。ダンは、両手を突きあげて、それに応えている。


「もう、恥ずかしいじゃない」


 ドーラは、ダンの背中に隠れる格好だ。


「幸せになんなさい」


 見知らぬ老婦人が、声を掛けてくれる。


「うらやましいぜ!」


 スーツ姿の若い男性が、拍手している。


「いいなー。」


 女子学生は、笑顔で拍手しながら、うらやましそうだ。


 その後も、見も知らぬ人々の祝福が、ビルの谷間に響いた。それは、獣人であることも人族であることも超えた、幸せな光景だった。

 祝福を浴びながら、ドーラは、お腹の子供の名前を考えていた。


『ホープ』


 希望を表すその言葉は、きっと種族を越える、新しい可能性になるはずだ。


 ◇


「ポル、今日の予定はどうなってる?」


 史郎に尋ねられたポルナレフが、不思議そうな顔をする。

 裁判の後は、捕らえられていた獣人の子供たちの世話で忙しく、暇など無い。史郎も、そのことは、分かってるはずだからだ。


「いつもの様に、病院に行く予定ですが」


「ああ、それは、ミミが代わりにやることになってる。

 今日は、俺につきあってくれ」


「ギルドの依頼ですか?」


「まあ、そのようなもんだ」


 二人は、政府から貸しだされた、二人乗りのカプセルに乗りこんだ。


「どこに行くんです?」


「まあ、着いてからのお楽しみだ」


 史郎が、こういう勿体ぶった言い方をする事はあまりないから、ポルナレフは落ちつかなかった。

 カプセルは、やがて大きなビルの前で停まった。


「ここは?」


「まあ、いいから。

 人に会う約束があるんだ」


 ポルナレフは、きっと相手が政府関係者だと思った。裁判後、シローは、ありとあらゆる分野の政府関係者から引っぱりだこだった。

 ちなみに、学園都市の全ての教育機関は、二十日間の休校となっている。それが、事件が社会に与えた衝撃の大きさを物語っていた。


 ビルに入ると、ポルナレフは、自分の予想が間違っていると気づいた。そこが、病院だったからだ。


 史郎は、勝手知ったる様子で、どんどん廊下を進んでいく。

 エレベーターも、二回乗りかえた。

 おそらく、ビルのかなり上層だと思われる部屋の前で、史郎の足が停まる。

 彼は壁のパネルに触れ、声を掛ける。


「シローです。

 連れてきましたよ」


 ドアが横に滑り、入り口が開く。

 史郎は、ポルナレフを待たず、中に入っていく。

 病室は個室で、ドアを開けても外からベッドが見えないように、カーテンで仕切ってあった。

 カーテンを少し開け、中を覗きこんだ史郎が、小声で何か話している。彼は、頷くと、カーテンをゆっくり開けた。

 そこで目にしたものを、ポルナレフは、信じることができなかった。


「ポルナレフ……」


 ずっと聞きたかった声、ずっと見たかった顔、全てがそこにあった。


「か、母さん……」


 母は、やつれていたが、目にはしっかりした力があった。


「おいで」


 ポルナレフは、広げた腕の中に飛びこんだ。


「母さん、母さん……」


 史郎は、そっと部屋を出ていった。


「立派になったわね。

 冒険者になったんだって?」


 ポルナレフは、思いが余り、しゃべることができない。

 母の腕の中で、ただ頷くだけた。


「シローさんが、お前は立派な冒険者だって褒めてたよ。

 皆の役に立ってるって。

 私たちの解放でも、大活躍したそうじゃないか」


 ポルナレフの母は、彼の頭を優しく撫でている。


「私たちがいない間、どんなに苦労したろう」


 すがりついているポルナレフの手に、母の涙が落ちる。


「これからは、ずっと一緒だからね」


 母に撫でられるポルナレフの涙が枯れることは無かった。

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