第25話 裁判(下)
午後の部では、下級研究員、獣人の輸送に関係した者、獣人保護協会の者が、苛烈な追求を受けた。
彼らに関しては、なぜか、溢れるほどの証拠があった。
「上から、命令されただけなんです!
信じてください!」
どれだけ彼らが叫ぼうが、証拠の波がその声を押し流していった。彼らの命運は、尽きようとしていた。
そのとき、ドアを開け、一人の若者が原告席に走りよった。検事としての役割を与えられた官吏が、若者から何か耳打ちされている。
官吏は、それを聞くと、すぐに裁判長の所に走りよった。
耳打ちされた裁判長は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ちついた声で発言した。
「原告側からの希望で、重要な証人を出廷させます」
場内が少しざわついたが、鈴の音ですぐに静かになった。
法廷の後ろ脇のドアから出てきたのは、若い女性だった。
彼女は、研究者用ローブを身に着けていた。
「なっ!
あいつはっ!」
ブラムは、思わず声を発したが、すぐに口を袖で隠した。
証人席に立った女は、非常に落ちついていた。
彼女は、裁判長の方を、まっ直ぐ見ている。
「証人。
自分の名と、職業を述べなさい」
「はい。
名前は、ソネルといいます。
最近まで、獣人の捕獲にたずさわっていました」
大法廷は、一瞬シーンとなったが、次の瞬間、ものすごい騒ぎがまき起こった。
裁判長の鈴が効果を見せないので、警備の者が魔道具で静粛を呼びかけるほどだった。
しばらくして、やっと静けさが戻った。
裁判長が、ほっとした顔で続ける。
「獣人捕獲の命令は、どこから出ていましたか?」
「賢人会です」
賢人も、黙っていない。
「証拠があるのか!」
「出まかせを信じるな!」
裁判長が、また鈴を鳴らす。
「獣人の捕獲について、具体的に述べてください」
「はい。
まず、獣人の一種族、猿人族に魔道武器を渡すことで、彼らを手なずけました」
傍聴席の人々は、一言一句、彼女の言葉を聞き洩らさないように、身を乗りだしている。
「次に、猿人を使い、村単位で獣人を狩りました」
法廷は、音一つ無い。
「人体実験用に使う獣人は、優先して捕獲しました」
法廷内は、驚愕のあまり、誰も声を立てない。
裁判長も、新たな事実に戸惑っている。
「じ、人体実験とは、何をしたのでしょう」
「ありとあらゆることです。
血液を抜き取ったり、殺して、体組織の一部を、切り取ったりしました」
「な、何のために?」
余りのおぞましさに、裁判長の顔は青い。
「主に、魔道具の材料としてです」
「他にも?」
「ええ、衣類や、機械類、建築素材など、この町を構成するありとあらゆるものに、獣人素材が使われています」
ここに及んで、傍聴人席の人々も、顔が青くなっている。
それは、そうだろう。自分が着ている服、住んでいる家、使っている道具、それが死体の上に成りたっているのだ。
ソネルは、言葉を続ける。
「例えば、モーフィリンという薬があります。
これは、人の姿かたちを変える薬なのですが、狸人族の血から作られます」
「どうやって?」
驚きの余り、裁判長は、普段の口調に戻っている。
「首輪をつけ、記憶を制御した狸人を、特別なカプセルの中に入れます。
意識を失わせたあと、延々と血を抜きとるのです」
気が弱い者は、口を押えたり、頭を抱えてうつむいたりしている。余りのことに、精神が耐えきれないのだ。
やっと驚きから立ち直ったのだろう。法律を専門とする賢人が、冷静な声で反論する。
「狸人?
そんな種族がいるのか?
長いこと生きているが、学園都市で一度も見たことはない」
「それはそうです。
全員が、カプセルに入れられているわけですから」
「存在しない種族、存在しないカプセル。
そんなものが、何の証拠になる」
この言葉を聞いた裁判長が、静かだが強い口調で発言した。
「実は、重要な証人が、もう一人いるのです。
どうぞ、出てきてください」
その声を合図に、史郎が立ちあがる。
証人席まで進み、ソネルの横に立った。
「あなたの名前と種族を述べてください」
「名前は、ポルナレフです。
狸人です」
一瞬の静寂のあと、哄笑が響き渡った。ブラムだ。
「わはははははっ!
お前のどこが狸人だ!」
ソネルの証言で窮地に立たされたと思ったが、相手の思わぬ失策に、ブラムは笑いが止まらなかった。
史郎が、くるっと一回転する。
ポンッ
そこには、小柄な獣人の少年が立っていた。
哄笑していたブラムの口が、大きく開いたまま、さらにあごが下がった。
「改めて、紹介します。
狸人のポルナレフです。
ボクの一族は、ソネルさんが言うとおり、猿人族によって捕獲され、滅びてしまいました」
誰もが、じっとポルナレフを見つめていた。
「僕の父さんも、母さんも……」
彼の目から、涙が落ちる。しかし、それは傍聴人席を埋めつくす人々も同様だった。大法廷が、しばらくの間、すすり泣きに満ちた。
それを断ちきったのは、やはり、賢人の一人だった。
「君が、狸人だとしても、その他の証拠は?
狸人が、捕えられているというカプセルは?
証拠もないのに、いい加減な……」
しかし、彼は、裁判長の顔を見て、言葉を途切れさせた。彼女は、中空を見つめ、先ほどのブラムより、さらに顎を下げた形で口を開けていた。
賢人は、彼女の気が触れたのではないかと一瞬疑った。しかし、彼女が見ていたのは、法廷内ではなかった。
この大法廷は、政府が議会や式典を催す建物の向かいに建っている。二つの建物の間には、非常に広い空間がある。
その広場全部が
裁判長は、窓越しにそれに気づいて驚いたわけだ。
その巨大建造物は、半球を伏せた形をしていた。
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