第6部 賢人との対決

第24話 裁判(上)


 学園都市は、紛糾を極めた。


 まず、現政府の主要メンバーが、全て入れかえられた。

 新しい政府執行部は、リベラル派として名高い、メラディスという高齢の女性を中心に、獣人誘拐の調査を始めた。

 証拠は、いくらでもあった。首輪を外せば、その獣人が証言するから、獣人の数だけ、いや、首輪の数だけ証拠が集まった。


 獣人が集まって住める区画が確保された。彼らには、衣服や食べ物も支給された。多くの市民がボランティアとして、獣人の事に関わった。

 獣人保護協会は、そのほとんどの構成員が逮捕された。中には逃げようとした者もいたが、都市全体が彼らを許さなかった。

 治安維持隊の上層部も、総入れ替えとなった。まだ逮捕まではされてはいないが、それも時間の問題だろう。


 あと一週間で裁判が始まるが、そこでは賢人も被告として立たされることが決まっていた。


 ◇


「どうしてこうなった」


 ブラムは、余りの出来事に、得意の思考さえ十分に働かなかった。


「ケーシー、現在の状況を説明してくれ」


「今日、司法局が、五賢人の出廷を決めました」


「裁判長は、だれだ?」


「アローナです」


 あの女か。若いときは神童と呼ばれていたが、賢人に成れなかった落ちこぼれ。


「まあ、あいつなら、何とでも言いくるめられるだろう」


「しかし、これだけ証拠を揃えられると、反論が難しくなります」


「反論などせずともよい。

 責任を全部、下級研究者に押しつけてしまえばよいのだ」


「はい。

 そうなると、何としても、ソネル研究員を確保しておきたいところです」


「万一、あやつが見つからぬときは、他から人身御供を探してくればよい」


「しかし、これだけ探しても見つからないというのが、どうも納得できません」


「精度を上げて、もう一度調べてみよ」


「はい、そうします」


「とりあえず、身代わりの手配だけはしておいてくれ」


「分かりました。

 心当たりを、いくつか当たってみます」


「頼むぞ」


 夕暮れの色に染まった学園都市は、ブラムが一番好きな光景だ。

 けれども、今はその光景さえ、美しいと思う余裕はなかった。有罪になることはないが、賢人が裁判の席に引きだされるなど、あってはならないことだ。


 ブラムは、このような不祥事が、自分の代に起こったことを、心から残念に思うのだった。


 ◇


 裁判所は、先日、式典が開催された建物の近くにあった。


 例の、とてつもなく広い前庭に面した建物の一つだ。

 裁判の日、史郎は法廷の一角に座っていた。

 事件の重大性から、各分野の第一人者が、参考人として呼ばれていたからだ。彼は、ギルドの代表として招かれていた。

 加藤も、勇者としてその隣に席が与えられていた。


 傍聴席は立ち見が出るほどで、大法廷がぎっしり人で埋まっていた。この裁判の様子は、シートがあれば、リアルタイムで誰でも見られるようになっていた。


 原告の席には、勇者ダンや犬人ドーラの姿があった。

 被告人席には、賢人が五人、背もたれが無い、木製の丸椅子に座っている。


 裁判長は、高齢の女性で、落ちついた表情をしていた。

 地球では木づちを使うが、この世界では鈴を使うようだ。

 鈴の音が鳴り、ざわついていた法廷が静まる。


「獣人誘拐事件の裁判を始める」


 裁判長が、宣言した。


 まず、長期間にわたり獣人を誘拐し、それを指示してきた疑いが高いことが追及された。

 五人の賢人は、弁護人も立てず、自分で意見を述べる。


 史郎は、裁判の専門的なやり取りは、よく分からなかったが、五賢人が事件への関与を完全に否定していることだけは分かった。


 ◇


 ブラムは、心に余裕があった。


 なぜなら、彼らを追及している側が頼っている法そのものを作ったのが、彼の隣に座っている賢人だからだ。

 法の抜け道を突くことなど訳は無い。

 すでに、どうすれば無罪を勝ちとれるか、昨日までにシュミレーションは終わっていた。論理的に考えて、彼らが有罪になる確率はゼロだ。


 獣人輸送に関わった、下っ端の研究員が何人か犠牲になることも決まっていた。今しも、法律を得意分野とする賢人が、相手の追及を、論破したところだ。


 学園都市では、どんなに疑いが濃くても、証拠がなければ有罪にはできない。推定無罪の原則が、五賢人を鉄壁の城塞として守っていた。

 原告側の無念な顔が、彼らの勝利を予感させた。


 午前中の裁判が終わり、休憩となった。

 控室で談笑していた五賢人のところに、血相を変えたケーシーが駆けこんできた。


「ブラム様、た、大変です!」


 常に冷静な彼にしては珍しい。


「こんな時になんだ?」


 ケージーは、息を整えるのもそこそこに、緊急事態を告げた。


「あ、あの助手、あの女が、外に出ている可能性があります」


「な、何だと!」


「ある部屋の天井に穴を塞いだ後を見つけ、調べましたが、地上まで続いておりました」


 それが本当なら、大変な事である。

 しかし、たとえ地上に出ようが、そこは凶悪な魔獣が巣食う森である。大した魔術も使えない一人の女性が、生きのびられる訳はない。

 ブラムは、問題無しと結論づけた。


 さすがのブラムも、「人間は自分に都合がよいものしか見えない」、という認知的整合性の罠からは、逃れられなかった。

 地下から地上へ抜ける穴を掘る能力を考えるなら、彼女が生きのびている可能性は、十分あるはずだ。

 裁判に勝てるという油断が、彼の慢心を誘ったのかもしれない。あるいは、地下基地の全てを抹消した場合の損失が、判断を誤らせたのかもしれない。


 とにかく、裁判は、午後の部へと移っていく。

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