第21話 中央政府


 学園都市世界では、各地区にかなりの自治権が与えらている。


 それらの地区を取りまとめているのが、中央政府だ。この機関は、学園都市中央に位置する行政区に置かれており、行政や金融をコントロールしている。

 その管轄下にある『治安維持隊』は、この行政区にある本部から、各地区へ派遣されている。


 この日、中央政府の首席は、ある学園から思わぬ知らせを受けていた。「首席」というのは、学園のシステムに因んでつけられた名称だ。


「黒髪の勇者だと!?」


 初老の首席クエントは、報告に驚いていた。


「なぜ勇者が?」


「身分を隠して、一生徒として行動していたそうです」


「見つかったのは、どの学園だ?」


「『トリビーナ』です」


 ふん、『トリビーナ学園』か。学長ターランの得意気な顔が、ありありと思いうかんだ。

 勇者を学園になど独占させてなるものか。


「至急、政府として正式に招待してくれ」


「どういう名目にしましょう?」


 ベテランの秘書だけあって、招待の目的など形式的なものだと分かっている。


「そうだな……もうすぐ、都市成立三百年祭ではなかったか?」


「はい、半年後に予定しております」


「予定など、どうにでもなるだろう。

 それを名目にしろ」


「分かりました」


 秘書が出ていくと、クエントは、これからのことに思いをはせていた。『賢人会』が出張ってくるまでに、勇者とのパイプをなるべく太くしておかなければ。


 日頃から、彼は政府が賢人会から小間使いのような扱いを受けるのを、快く思っていなかった。学識が何より重んじられる伝統があるにしても、賢人会はやり過ぎである。

 いかに、ヤツらからの干渉を減らしていくか。勇者の存在は、その第一歩になるかもしれない。


 クエントは、この状況を、自分に与えられたチャンスだと考えていた。


 ◇


 パルチザンの本部では、やっと装備類の点検を終え、一息ついたダンが食事をしていた。

 彼の右腕ともいえるラジ、そして、愛しいドーラが同じテーブルに着いていた。


「ボス、獣人の人数ですが、あと少し増やせませんかね」


 ラジの話は、今回の計画で働く、非戦闘員としての獣人に関するものだ。


「戦闘力がある獣人を何人か入れたら、十分な数が確保できるでしょう」


 ダンは、それを聞き、少し間をおいて発言した。


「いや、やはり、女性、子供、老人に絞ろう」


「シローの言いなりになる必要はありませんぜ」


 確かに彼が言うことも、もっともだ。パルチザンは、史郎の部下ではないのだから。


「彼は、信頼できるわ」


 こういう話題で、ドーラが割りこむのは珍しい。


あねさん、どうして、そう思われるので?」


 ドーラは、微笑みながら答えた。


「人族は、私たち獣人を自分たちより劣ったものと思っているの。

 どんなに取りつくろっても、その考えがどこかに出てしまうものなのよ」


 彼女は、ラジの目を正面から見つめた。


「でもね。

 シローには、それが全く無かったの」


 犬人族は、人族が思いもしない感覚で他人を捉えている。

 それでも、史郎の偏見は察知できなかった。


「生まれつき、そういう環境で育ったのか、家族に獣人がいるのか。

 それは、分からないけど、あれほど獣人に対する偏見がない人族は、見たことがないわ」


 ドーラの手放しの称賛は、ダンの嫉妬心を掻きたてるほどだった。


「ここは、あいつの言う通りやってみようぜ」


 ダンがシローを信頼しているのは、彼の計画がどれほど完成度が高いか知っているからだ。


「シローの計画だ。

 小さなことにも、意味があるに違いねえ」


 ラジは、あまり人を褒めない二人が、シローを高く評価するのが不思議だった。そして、狐人の少女が言いのこしたセリフを思いだしていた。


『英雄』


 まさか、彼が本当の英雄だとは思わないが、もしかすると、今回の計画はうまくいくかもしれない。

 そう思うと、ラジは心が躍るのだった。


 ◇


 ギルドが提供してくれている住居にその男性が訪れたのは、これから暗くなろうかという時刻だった。 

 現在ギルドの獣人世界調査に協力していることになっている手前、俺やコルナは部屋から出られない。結局、加藤が対応することになった。

 俺は部屋の中で、点ちゃんを通し、加藤とお客の様子を見ている。


 部屋の一角に置いてあるテーブルに、二人が着く。


「夜分、恐れいります。

 私、こういう者でして」


 白いローブを着た男が、テーブルの上に名刺大の小型シートを置く。

 加藤がそれを手に取ると、カードの上にその男性の顔と、職業、名前が浮かびあがった。


「首席付き秘書のロイさんですか。

 どういったご用件で?」


 ロイは、咳払いすると姿勢を整えた。


「首席から、勇者様を学園都市成立祭へご招待するよう、申しつかってきました」


「成立祭?」


「ええ、今年はこの都市が出来てから、ちょうど三百年の節目に当たるのです。

 そこで、それを祝う式典が一か月に渡り、催されます」


「なるほど。

 で、具体的に、どうすればいいのかな?」


「一週間後に、成立祭を開始する式典が開かれます。

 それに、ご出席いただきたいのです」


「う~ん、そういう場は、どうもねえ。

 苦手なんだよな」


「そうおっしゃらずに、どうかお願いします」


 ロイは、机につくほど頭を下げている。


「まあ、友達と一緒でいいなら、行こうかな」


 加藤は、あらかじめ俺と決めておいたセリフを言った。


「おお! 

 来て下さいますか!」


「ああ。

 中央区までは遠いみたいだから、そこは、よろしくお願いしますよ」


「はい。

 当日は、乗り物をご用意させていただきます。

 では、一週間後、昼前にお迎えに上がります」


「分かったよ」


 ロイは何度も礼を言い、帰っていった。

 奥の部屋から、俺とコルナが出ていく。


「今ので、良かったか」


「ああ、助演男優賞くらいはやれるな」


「ははは。

 そこは、主演男優賞と言えよ」


「さて、加藤も名演技を見せてくれたことだから、次はこっちの番だな」


「ボー、学園都市の人全員に真実を知らせるなんてこと、ホントにできるのか?」


「まあ、そこは、なんとかなるだろう。

 一週間後と決まったんだから、準備を万全にしなくちゃな」


「お兄ちゃん、ホントに大丈夫?」


「コルナまで疑うのか?」


「お兄ちゃんが直接関わるところは、大丈夫だと思うけど。

 今回は、パルチザンも、参加するんでしょ?」


「まあ、そこは、ダンを信用するしかないけどね」


「どうせ、お兄ちゃんのことだから、万一の時にも、手を打ってあるとは思うけど」


 コルナのやつ、俺の考えを見透かしているな。長いこと、一緒にいるからかな。

 

『(*'▽') ご主人様どんかーん!』


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